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私と彼の八年間 2

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「おいっ! 中村!」
「長谷川……」

 私は俊に進学のことは伝えないまま、卒業した後はもう二度会わないつもりでいた。
 だがそんな私を引き止めるかのように、学校の門から出ようとしていたところを俊に呼び止められる。

「お前、県外の大学に行くって……本当なのかよ」
「……誰に聞いたの? そうなの。来週には引っ越す予定」
「お前、なんで今まで黙ってたんだよ!?」
「特に深い意味はないよ。最後は笑ってさよならしたかったから」
「そんな大事なこと、勝手に決めるなよ!」

 その時の俊の顔は、いつになく険しく怒っているかのようだった。

「ごめん。気まずい感じになりたくなくて、言えなかった。……ほんとごめんね」
「……別に怒りたいわけじゃない」
「長谷川は大学でもサッカー続けるんだもんね? 色々大変だろうけど頑張って。私も向こうで頑張る」
「なあ、一回黙って」
「……え?」

 すると俊は私の腕をグイッと引っ張ると後頭部に手をやり、キスしてきたのだ。
 グッと押しつけるような強引なキスは、慌てた顔の俊によってすぐに終わりを迎えた。

「っ……ごめん」
「え、何……何なの急に……」
「このままさよならだと思ったら、つい体が勝手に……本当にごめん」
「いや、そんなに謝らなくても……びっくりはしたけど」
「俺、お前が好きだよ中村」

 キスが気まずくて俯いていた私は、突然の俊の告白にハッと顔を上げる。

「ずっと言いたかったけど、こういうの慣れてなくて……嫌われるのが怖くて言えなかった」
「え、私……? でも私以外にも仲のいい子たくさんいたよね……?」
「あんなに毎日連絡とって休みの日も二人で会ったりしてたのはお前だけだよ」
「でも、私地味だよ……? 長谷川と釣り合わないかも」
「ばーか。そんなの考えたこともねーよ」

 それから俊はポンポンと私の頭を撫でたあと、家まで送ってくれた。

「俺ら、付き合ってるってことでいい?」
「……長谷川が良ければ」
「なんだよそれ。俺はお前が好きだし、お前も俺のこと好きなんだろ? 両思いじゃん」
「そうか、私たち両思いなのか」

 なんだか面白くなってしまって、私はクスリと笑う。
 そんな私を見て俊はむっと唇を突き出した。

「そこ笑うとこじゃねーだろ」
「ごめん、なんだか信じられなくて」
「じゃあ、これからよろしくな……葵」

 唐突に呼ばれた下の名前に、息が止まりそうなほど胸がぎゅっと苦しくなる。

「こ、こちらこそ……」
「俊って呼んで」
「い、いきなりはちょっと恥ずかしくて……」
「いいから、呼んで」
「……俊」

 こうして私たちは晴れて恋人同士になった。
 互いの家の行き来には新幹線を使って3時間の遠距離ではあったが、長期休暇の度に交代でそれぞれの家を訪れた。
 会えない距離を埋めるように、電話やメッセージなどの連絡もこまめに取り合った。
 そんなことをしながらなんとか大学生活四年間の遠距離生活を乗り越えたのである。
 俊は不器用だけど優しくて、言葉が少し足りないところがあってもその態度で彼の気持ちを教えてくれた。
 慣れない環境の中辛いことがあっても、彼の支えで乗り越えることができたと言っても過言ではない。

 無事に彼は県内の大学を卒業し、サッカーを続けながらとある企業の営業職に就職した。
 私はというと、卒業を機に県内に戻って同じく会社員の道へ。
 そしてそれをきっかけに私たちは同棲を始めたのだ。
 婚約もしていないのに同棲なんて、と両親には難色を示されたが必死に説得をして何とか許可をもらうことができた。
 今まで遠距離で会えない時間が続いていた分、俊と同じ屋根の下で暮らすことができて私はそれだけで幸せだったのだ。

 だが時は残酷でそんな幸せも次第に薄れていく。
 営業という仕事柄会食が多く帰りが深夜になることも多い俊と、ほとんど毎日定時上がりの私との間にすれ違いが生まれ始めた。
 料理を作って待っていても、無情にも外で済ませてきたと告げられる日々。
 それでも最初の頃は事前に連絡を寄越してくれていたし、言葉の節々にも申し訳なさがあった。
 だが今では当たり前のように淡々とその事実を告げられる。
 しかも事前の連絡は気が向いた時だけで、むしろ事後報告の方が多くなっていく。
 時間にゆとりのある私が家事を淡々とこなすだけの毎日は虚しい。
 せっかく二人きりになれる休日も、最近は仕事の付き合いや友人たちとの飲み会に出掛けて行ってしまうことがほとんどだ。
 つまり、俊はほぼ家にいないも同然で、同じ家に暮らしているというのに顔を合わせることはほとんどない。

 付き合って八年の月日が経ち、十八歳だった私たちは二十六歳になった。
 社会人も四年目を迎えて色々と慣れ始めた頃である。
 これほど長く付き合っていれば『結婚』の二文字が頭をよぎることもあった。
 しかしここ数年の俊の態度は、まだまだ私たちは結婚からは程遠いのだということを思い知らせてくる。
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