2 / 32
私と彼の八年間 2
しおりを挟む
「おいっ! 中村!」
「長谷川……」
私は俊に進学のことは伝えないまま、卒業した後はもう二度会わないつもりでいた。
だがそんな私を引き止めるかのように、学校の門から出ようとしていたところを俊に呼び止められる。
「お前、県外の大学に行くって……本当なのかよ」
「……誰に聞いたの? そうなの。来週には引っ越す予定」
「お前、なんで今まで黙ってたんだよ!?」
「特に深い意味はないよ。最後は笑ってさよならしたかったから」
「そんな大事なこと、勝手に決めるなよ!」
その時の俊の顔は、いつになく険しく怒っているかのようだった。
「ごめん。気まずい感じになりたくなくて、言えなかった。……ほんとごめんね」
「……別に怒りたいわけじゃない」
「長谷川は大学でもサッカー続けるんだもんね? 色々大変だろうけど頑張って。私も向こうで頑張る」
「なあ、一回黙って」
「……え?」
すると俊は私の腕をグイッと引っ張ると後頭部に手をやり、キスしてきたのだ。
グッと押しつけるような強引なキスは、慌てた顔の俊によってすぐに終わりを迎えた。
「っ……ごめん」
「え、何……何なの急に……」
「このままさよならだと思ったら、つい体が勝手に……本当にごめん」
「いや、そんなに謝らなくても……びっくりはしたけど」
「俺、お前が好きだよ中村」
キスが気まずくて俯いていた私は、突然の俊の告白にハッと顔を上げる。
「ずっと言いたかったけど、こういうの慣れてなくて……嫌われるのが怖くて言えなかった」
「え、私……? でも私以外にも仲のいい子たくさんいたよね……?」
「あんなに毎日連絡とって休みの日も二人で会ったりしてたのはお前だけだよ」
「でも、私地味だよ……? 長谷川と釣り合わないかも」
「ばーか。そんなの考えたこともねーよ」
それから俊はポンポンと私の頭を撫でたあと、家まで送ってくれた。
「俺ら、付き合ってるってことでいい?」
「……長谷川が良ければ」
「なんだよそれ。俺はお前が好きだし、お前も俺のこと好きなんだろ? 両思いじゃん」
「そうか、私たち両思いなのか」
なんだか面白くなってしまって、私はクスリと笑う。
そんな私を見て俊はむっと唇を突き出した。
「そこ笑うとこじゃねーだろ」
「ごめん、なんだか信じられなくて」
「じゃあ、これからよろしくな……葵」
唐突に呼ばれた下の名前に、息が止まりそうなほど胸がぎゅっと苦しくなる。
「こ、こちらこそ……」
「俊って呼んで」
「い、いきなりはちょっと恥ずかしくて……」
「いいから、呼んで」
「……俊」
こうして私たちは晴れて恋人同士になった。
互いの家の行き来には新幹線を使って3時間の遠距離ではあったが、長期休暇の度に交代でそれぞれの家を訪れた。
会えない距離を埋めるように、電話やメッセージなどの連絡もこまめに取り合った。
そんなことをしながらなんとか大学生活四年間の遠距離生活を乗り越えたのである。
俊は不器用だけど優しくて、言葉が少し足りないところがあってもその態度で彼の気持ちを教えてくれた。
慣れない環境の中辛いことがあっても、彼の支えで乗り越えることができたと言っても過言ではない。
無事に彼は県内の大学を卒業し、サッカーを続けながらとある企業の営業職に就職した。
私はというと、卒業を機に県内に戻って同じく会社員の道へ。
そしてそれをきっかけに私たちは同棲を始めたのだ。
婚約もしていないのに同棲なんて、と両親には難色を示されたが必死に説得をして何とか許可をもらうことができた。
今まで遠距離で会えない時間が続いていた分、俊と同じ屋根の下で暮らすことができて私はそれだけで幸せだったのだ。
だが時は残酷でそんな幸せも次第に薄れていく。
営業という仕事柄会食が多く帰りが深夜になることも多い俊と、ほとんど毎日定時上がりの私との間にすれ違いが生まれ始めた。
料理を作って待っていても、無情にも外で済ませてきたと告げられる日々。
それでも最初の頃は事前に連絡を寄越してくれていたし、言葉の節々にも申し訳なさがあった。
だが今では当たり前のように淡々とその事実を告げられる。
しかも事前の連絡は気が向いた時だけで、むしろ事後報告の方が多くなっていく。
時間にゆとりのある私が家事を淡々とこなすだけの毎日は虚しい。
せっかく二人きりになれる休日も、最近は仕事の付き合いや友人たちとの飲み会に出掛けて行ってしまうことがほとんどだ。
つまり、俊はほぼ家にいないも同然で、同じ家に暮らしているというのに顔を合わせることはほとんどない。
付き合って八年の月日が経ち、十八歳だった私たちは二十六歳になった。
社会人も四年目を迎えて色々と慣れ始めた頃である。
これほど長く付き合っていれば『結婚』の二文字が頭をよぎることもあった。
しかしここ数年の俊の態度は、まだまだ私たちは結婚からは程遠いのだということを思い知らせてくる。
「長谷川……」
私は俊に進学のことは伝えないまま、卒業した後はもう二度会わないつもりでいた。
だがそんな私を引き止めるかのように、学校の門から出ようとしていたところを俊に呼び止められる。
「お前、県外の大学に行くって……本当なのかよ」
「……誰に聞いたの? そうなの。来週には引っ越す予定」
「お前、なんで今まで黙ってたんだよ!?」
「特に深い意味はないよ。最後は笑ってさよならしたかったから」
「そんな大事なこと、勝手に決めるなよ!」
その時の俊の顔は、いつになく険しく怒っているかのようだった。
「ごめん。気まずい感じになりたくなくて、言えなかった。……ほんとごめんね」
「……別に怒りたいわけじゃない」
「長谷川は大学でもサッカー続けるんだもんね? 色々大変だろうけど頑張って。私も向こうで頑張る」
「なあ、一回黙って」
「……え?」
すると俊は私の腕をグイッと引っ張ると後頭部に手をやり、キスしてきたのだ。
グッと押しつけるような強引なキスは、慌てた顔の俊によってすぐに終わりを迎えた。
「っ……ごめん」
「え、何……何なの急に……」
「このままさよならだと思ったら、つい体が勝手に……本当にごめん」
「いや、そんなに謝らなくても……びっくりはしたけど」
「俺、お前が好きだよ中村」
キスが気まずくて俯いていた私は、突然の俊の告白にハッと顔を上げる。
「ずっと言いたかったけど、こういうの慣れてなくて……嫌われるのが怖くて言えなかった」
「え、私……? でも私以外にも仲のいい子たくさんいたよね……?」
「あんなに毎日連絡とって休みの日も二人で会ったりしてたのはお前だけだよ」
「でも、私地味だよ……? 長谷川と釣り合わないかも」
「ばーか。そんなの考えたこともねーよ」
それから俊はポンポンと私の頭を撫でたあと、家まで送ってくれた。
「俺ら、付き合ってるってことでいい?」
「……長谷川が良ければ」
「なんだよそれ。俺はお前が好きだし、お前も俺のこと好きなんだろ? 両思いじゃん」
「そうか、私たち両思いなのか」
なんだか面白くなってしまって、私はクスリと笑う。
そんな私を見て俊はむっと唇を突き出した。
「そこ笑うとこじゃねーだろ」
「ごめん、なんだか信じられなくて」
「じゃあ、これからよろしくな……葵」
唐突に呼ばれた下の名前に、息が止まりそうなほど胸がぎゅっと苦しくなる。
「こ、こちらこそ……」
「俊って呼んで」
「い、いきなりはちょっと恥ずかしくて……」
「いいから、呼んで」
「……俊」
こうして私たちは晴れて恋人同士になった。
互いの家の行き来には新幹線を使って3時間の遠距離ではあったが、長期休暇の度に交代でそれぞれの家を訪れた。
会えない距離を埋めるように、電話やメッセージなどの連絡もこまめに取り合った。
そんなことをしながらなんとか大学生活四年間の遠距離生活を乗り越えたのである。
俊は不器用だけど優しくて、言葉が少し足りないところがあってもその態度で彼の気持ちを教えてくれた。
慣れない環境の中辛いことがあっても、彼の支えで乗り越えることができたと言っても過言ではない。
無事に彼は県内の大学を卒業し、サッカーを続けながらとある企業の営業職に就職した。
私はというと、卒業を機に県内に戻って同じく会社員の道へ。
そしてそれをきっかけに私たちは同棲を始めたのだ。
婚約もしていないのに同棲なんて、と両親には難色を示されたが必死に説得をして何とか許可をもらうことができた。
今まで遠距離で会えない時間が続いていた分、俊と同じ屋根の下で暮らすことができて私はそれだけで幸せだったのだ。
だが時は残酷でそんな幸せも次第に薄れていく。
営業という仕事柄会食が多く帰りが深夜になることも多い俊と、ほとんど毎日定時上がりの私との間にすれ違いが生まれ始めた。
料理を作って待っていても、無情にも外で済ませてきたと告げられる日々。
それでも最初の頃は事前に連絡を寄越してくれていたし、言葉の節々にも申し訳なさがあった。
だが今では当たり前のように淡々とその事実を告げられる。
しかも事前の連絡は気が向いた時だけで、むしろ事後報告の方が多くなっていく。
時間にゆとりのある私が家事を淡々とこなすだけの毎日は虚しい。
せっかく二人きりになれる休日も、最近は仕事の付き合いや友人たちとの飲み会に出掛けて行ってしまうことがほとんどだ。
つまり、俊はほぼ家にいないも同然で、同じ家に暮らしているというのに顔を合わせることはほとんどない。
付き合って八年の月日が経ち、十八歳だった私たちは二十六歳になった。
社会人も四年目を迎えて色々と慣れ始めた頃である。
これほど長く付き合っていれば『結婚』の二文字が頭をよぎることもあった。
しかしここ数年の俊の態度は、まだまだ私たちは結婚からは程遠いのだということを思い知らせてくる。
70
お気に入りに追加
612
あなたにおすすめの小説
王太子の子を孕まされてました
杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。
※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。
恋人に捨てられた私のそれから
能登原あめ
恋愛
* R15、シリアスです。センシティブな内容を含みますのでタグにご注意下さい。
伯爵令嬢のカトリオーナは、恋人ジョン・ジョーに子どもを授かったことを伝えた。
婚約はしていなかったけど、もうすぐ女学校も卒業。
恋人は年上で貿易会社の社長をしていて、このまま結婚するものだと思っていたから。
「俺の子のはずはない」
恋人はとても冷たい眼差しを向けてくる。
「ジョン・ジョー、信じて。あなたの子なの」
だけどカトリオーナは捨てられた――。
* およそ8話程度
* Canva様で作成した表紙を使用しております。
* コメント欄のネタバレ配慮してませんので、お気をつけください。
* 別名義で投稿したお話の加筆修正版です。
夫は私を愛してくれない
はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」
「…ああ。ご苦労様」
彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。
二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。
騎士の妻ではいられない
Rj
恋愛
騎士の娘として育ったリンダは騎士とは結婚しないと決めていた。しかし幼馴染みで騎士のイーサンと結婚したリンダ。結婚した日に新郎は非常召集され、新婦のリンダは結婚を祝う宴に一人残された。二年目の結婚記念日に戻らない夫を待つリンダはもう騎士の妻ではいられないと心を決める。
全23話。
2024/1/29 全体的な加筆修正をしました。話の内容に変わりはありません。
イーサンが主人公の続編『騎士の妻でいてほしい 』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/96163257/36727666)があります。
【R18】寡黙で大人しいと思っていた夫の本性は獣
おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
侯爵令嬢セイラの家が借金でいよいよ没落しかけた時、支援してくれたのは学生時代に好きだった寡黙で理知的な青年エドガーだった。いまや国の経済界をゆるがすほどの大富豪になっていたエドガーの見返りは、セイラとの結婚。
だけど、周囲からは爵位目当てだと言われ、それを裏付けるかのように夜の営みも淡白なものだった。しかも、彼の秘書のサラからは、エドガーと身体の関係があると告げられる。
二度目の結婚記念日、ついに業を煮やしたセイラはエドガーに離縁したいと言い放ち――?
※ムーンライト様で、日間総合1位、週間総合1位、月間短編1位をいただいた作品になります。
「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから
キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。
「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。
何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。
一話完結の読み切りです。
ご都合主義というか中身はありません。
軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。
誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる