婚約者がいるのに、好きになってはいけない人を好きになりました。

桜百合

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 マークとルーシーは、最後の賭けとして二人同時に治癒魔法をかけることを決めた。
 既にその力を使い果たしつつあったルーシーにはかなりの負担であったが、たとえ命を失ってでもカイルの命を救いたいルーシーは果敢に挑む事にした。

 「いいか、カイル君の両隣にそれぞれ魔法陣を描いてその中に立つんだ。一斉に彼に向けて魔力を注げ」

 いつになく真剣な表情のマークが告げる。

 「わかりましたわ、お父様」

 「ただくれぐれも無理はするな。彼が助かってお前が命を落としては意味がない。そんなことをして彼が生き残っても嬉しくはないはずだ」

 ルーシーは頷いたが、実際は命をかける覚悟である。
 そんな事を父に話したら止められてしまうので黙っていたのだが。

 マークが横たわるカイルの両隣に、人一人入る大きさの魔法陣を描いた。
 二人はそれぞれの位置につく。

 「いいか、一、二の、三の合図で行くぞ」

 「はい。いつでも大丈夫ですわ」

 「では。一、二の、三!! 」

 マークのルーシーは一斉に手をかざしてカイルへ治癒魔法を使って魔力を注ぐ。
 途端にカイルの周囲が発光して、体中の黒い斑点が範囲を狭めていく。

 「いいぞ、その調子だ! 」

 光はどんどん大きくなっていくが、その分マークとルーシーに負担がかかる。
 ルーシーはどんどん手足に力が入りづらくなるのを感じる。

 「……くっ、ルーシー大丈夫か!? 」

 「ええ、なんとか……けれどもだいぶ魔力を消耗しているみたいですわ……」

 すると、徐々に光が小さくなっていき、少しずつ黒い斑点が増え始めてしまった。

 「っこれは……」

 マークは必死に魔力を増やすが、それでは不十分らしく状態は変わらない。

 「カイル様っ……!! 」

 次の瞬間、ルーシーは魔法陣を出てカイルのそばへ駆け寄り、口付けた。

 「なっ……ルーシー!? 」

 父マークは娘の口付ける姿に父として少なからずショックを受けたものの、すぐに正気を取り戻し魔法をかけ続ける。

 (カイル様、お慕いしておりますあの日から。まだまたあなたに伝えられていない事がたくさんあるのです。私を置いて行かないで……)

 ルーシーはありったけのカイルへの想いを口付けを通して送ると同時に、魔力も注入する。
 口付けから魔力を注ぐ方法は未知の経験であったが、体が勝手に教えてくれた。

 すると、冷ややかであったカイルの唇に僅かばかりの温もりを感じるようになった。
 その事に気づいたルーシーは、より一層魔力を込めて祈りを強める。

 マークも状況を理解したようで、渾身の力で治癒魔法を駆使した。

 すると、カイルの体が内側から発光し始め、パン!という音と共に黒い斑点が一斉に消えたのである。
 苦し気であった表情も安らかなものへと変化し、規則正しい呼吸音が響く。

 「なんとか危機は脱したようだ。良くやったな、ルーシー……っておい、ルーシー! しっかりしろ! おい、誰か来てくれ! 」



  ルーシーは夢を見ていた。
 カイルが自分を迎えに来てくれる夢。
 アルマニアの次期当主夫人として、屋敷に迎えられる夢。
 そこには三人の子ども達と家族と楽しく笑う姿があった。

 この幸せな夢から覚めたくない、とルーシーは思っていたが、どこかでルーシーを呼ぶ声がする。
 初めは聞こえないふりをしていたルーシーだが、その声はどんどん大きくなっていく。

 なぜだかその声を聞くと胸が苦しくなるのだ。
 胸が苦しくて、早く楽になりたくて、その声の元へ行かざるを得なくなる。
 声の方へ方へと歩いていくうちに、誰かに抱きしめられた気がした。

 そしてルーシーは目が覚めた。

 目を開けると、上には見慣れた天井が見える。
 ということは、ここは自分の部屋なのだろう。
 ふと体に重みを感じて、横になったまま下へ目をやると、椅子に座ったままうつ伏せでルーシーに覆いかぶさるように眠る男性の姿があった。

 はっとルーシーの息が止まる。

 すると何かの気配に気付いたのであろうか、その男性はゆっくりと体を起こして目を開けた。

 「カイル……様」

 そこには愛しい人の姿があった。
 カイルはルーシーが覚醒している事を確認すると目を大きく見開き、すぐに彼女を強く抱きしめた。

 「ルーシー……! 目が覚めたのか」

 「か、カイル……様……く、くるし」

 ずっと横になっていたからであろうか、ルーシーはかなり体力を消耗していたらしく、強い抱擁で潰れそうになる。

 「す、すまんっ……! 」

 カイルは申し訳なさそうな顔をして慌てて離れた。
 だがその表情は晴れ渡り嬉しそうだ。

 「カイル様、もうお身体は大丈夫なのですか? 」

 全身にあった黒い斑点は、表に出ている限りは見当たらない。
 青白かった顔色もすっかり血色を取り戻したようだ。

 「ああ、私はこの通り元気だ」

 「良かった、カイル様……」

 ルーシーの目から涙がボロボロと溢れ、その様子を見たカイルが再び慌てる。

 「な、泣くなっ……ほら……」

 愛おしそうに自らの手で彼女の涙を拭うと、触れるか触れないかの優しい口付けを送った。

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