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 「何だって!? もう一度、言ってくれルーシー」

 翌日、シルク公爵邸へと戻ったルーシーは早速父親とブライトを呼び出してことの顛末を伝えた。

 「……つまり、お前はもう純潔を失ってしまったと言うことか? おおルーシー何て事……」

 マークは天を仰ぐように見つめた後、両手で顔を抱えている。
 気の弱い父のことだ、想像以上にショックを受けていることだろう。

 ちらりとブライトの方に目をやると、彼はいつもと変わらず澄ました顔でこちらを見て立っていた。
 まるでそんなこと何でもないとでも言うように。

 「……ですのでお父様、私はもう清らかな身体ではありません。ブライト様にも相応しくありませんので、婚約を破棄していただくようお願い致します」

 ブライトの視線は見て見ぬふりをして、ルーシーは深々と頭を下げた。

 「よりによって相手がアルマニア公爵の息子だとは……これは陛下を交えてややこしい事になりそうだ」

 マークはますます頭を抱えた。

 「では婚約破棄を認めていただけるのですね? 」

 「認めるも何も、お前がもうアルマニアの息子に純潔を捧げてしまった以上は、そうするしかなかろう」

 「ありがとうございます」

 「ブライト君、この度の娘がしでかしたこと本当に申し訳ない。父親として謝罪させてくれ。シルク家が今後もビスク家を支援させてもらう事には変わりはない。君が望むなら然るべき令嬢を探させてもらおう」

 マークはブライトの方を向き、頭が地面に着くのではないかと言うほど深々と頭を下げた。
 ブライトの対応によってはシルク家とビスク家に亀裂が入るかもしれない程のことを、ルーシーはしでかしたのだ。

 ルーシーももちろん事の重大性はわかっており、マークに引き続き頭を下げて謝罪した。

 「ブライト様……本当に申し訳ありませんでした。私はあなたには相応しくありません。あなたの怒りが収まらないのなら、私をシルク家から追放してくださって結構です」

 「……ルーシー!! 」

 「お父様は黙っていてくださいませ。私はそれほどの事をしでかしたのです。自分のした事の責任は取りますわ」

 カイルは迎えに行くと約束してくれたが、それがどれだけ先になるのか、はたまた本当に可能なのかはわからない。

 ビスク家の怒りが収まらず、父であるマークとシルク公爵家に迷惑がかかることだけは避けたかった。
 最悪修道院送りになっても構わないと思っている。

 
 「……僕がそんなことすると思う? 心外だな。これでも幼馴染だろう」

 ブライトは数秒の沈黙の後こう言った。

 「でも私はあなたを裏切るような真似をしたのよ。何か罰を与えてちょうだい。でないと私の気が済まないわ」

 謝罪の時くらいは丁寧な言葉遣いを心がけようと思っていたが、拍子抜けしたせいかついいつもの口調になってしまう。

 「じゃあ、婚約破棄してからも僕と幼馴染の関係でいてもらうよ。それでいい? 」

 「……え? 逆にあなたはそれで良いの? 」

 まさかのブライトの返答にルーシーは唖然とする。
 シルク公爵家を取り潰す、くらいの勢いで怒られると思いきや。
 ルーシーはブライトを裏切ったと言うのに、彼は彼女と今後も幼馴染として関係を続けたいと言うのか。

 「何でも罰を受け入れてくれるんだろ? 今後も僕の幼馴染として関わり続けてもらうのが罰だよ。たとえどんなに気まずくても、ね」

 「……あなたがそれを望むのなら」

 「カイルと上手く行くかはわからないけど、ルーシーが幸せになる事を祈ってるよ」

 「ブライト……本当にごめんなさい」

 泣くのは卑怯だとわかっているが、勝手に涙腺が緩んでしまう。

 もう少し彼と分かり合えるように努力すれば良かったのかもしれない。
 自分だけが辛いと思っていたが、ブライトもブライトでルーシーへの叶わぬ想いに苦しんでいたのだ。

 もちろんブライトとの事が無ければカイルと出会い恋をすることもなかったのだが、幼い頃から共に過ごしてきた幼馴染への申し訳なさが溢れ出す。

 「やめてくれよ。泣きたいのはこっちなんだからさ」

 呆れたようなブライトの声と表情に、思わず昔の彼を思い出した。
 思わず笑い出しそうになってしまい、慌てて下を向いて口をつむぐ。

 「笑っててよ。いつもの君みたいに」

 ルーシーが顔を上げると、憑き物が取れたような晴れやかな顔で微笑むブライトの姿が。

 「っブライト……ありがとう、ごめんなさい」

 「だから謝るなって」

 「……そうだったわ」

 二人は目を合わせて微笑んだ。
 不安そうに二人を見つめていた父マークは、何が起こっているのかよくわかっていなそうであったが、とりあえず円満に解決しそうであるとわかると、安心したように椅子に座り込んだ。
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