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 ルーシーは父の言葉に甘えて、果実水を受け取り隅の方で皆の様子を眺める。
 さすがビスク公爵家だ。
 王家と同じ、とまではいかないが、豪華絢爛な舞踏会はその家の力の強さを表している。


 「…い、おい」

 トントンっと肩を叩かれて振り向くと、驚く人がそこに立っていた。

 「え……」

 「なんだよその顔。化け物見た様な顔じゃねーか」

 「なぜあなたがここに……カイル様」

 そう、そこにいたのはカイルだった。
 しかもいつもの騎士の制服ではなく、貴族の正装である。
 初めて見た不意打ちの正装姿に、ルーシーの胸は高鳴る。

 「ここにきたらルーシー嬢に会えるかと思ってな。警護以外で舞踏会に参加するのは本当に久しぶりだ」

 得意気に微笑むカイルの笑顔が眩しい。

 「でもなんでこんな隅にいるんだ?君の婚約者は向こうにいるだろう」

 「婚約のこと、ご存じなのですか? 」

 「そりゃそうだろう。シルク公爵家とビスク公爵家の婚姻なんて、国中大騒ぎの一大イベントだ」

 当たり前のはずであるのに、カイルに婚約が知られている事がショックだった。
 そしてその事を特に気に留めてもいない様子も。

 「……カイル様、今お時間よろしいですか? 少し席をはずしたいのです」

 「え……ああ、俺は構わないが……いいのか? 俺と二人でいるところを見られたら誤解されてしまうぞ」

 「大丈夫ですわ」

 ブライトと同じく、ルーシーも幼い頃よりビスク邸には何度も足を運んでいるため、屋敷の構造などはわかっている。
 舞踏会の時には、大広間を抜けて進んだ階段の踊り場には誰も立ち入ることはない、と言うことも知っていた。

 ルーシーはカイルを連れて大広間を出た。

 「……一体何の話なんだ? 」

 カイルが疑いの目をルーシーに向ける。

 「カイル様……私はブライト様とは結婚できません」

 ルーシーは、次にカイルに会うことがあったなら、自分の気持ちを彼に伝えようと決めていた。
 今日がその時なのである。

 「どうしたんだ、何か嫌なことでもあったのか? 」

 カイルは珍しく目を大きく見開いて驚いている。

 「いいえ……そもそも私はブライト様のことはただの幼馴染としか思えないのです。それは向こうも同じ事ですが……。以前は貴族同士の結婚なんて、と半ば諦めかけていました。ですが、本当の意味での人を愛すると言う事を知ってしまった今、好きでない人と結婚することはできないのです」

 「それは……どういう………」

 ルーシーはすうっと息を吸う。
 今日こそは、カイルに自分の思いの丈を全てぶつけよう。
 そう思っていたはずなのに、いざカイルを目の前にすると声が震えて涙が出てしまいそうになる。

 「落ち着け。ゆっくりでいい……」

 「カイル様、私はあなたに恋をしてしまいました」

 ヒュッとカイルの喉の辺りから音がしたような気がする。
 彼は瞳を揺らしながら、複雑そうな表情を浮かべていた。

 「ブライト様との婚約は破棄するつもりです。あなたのお側にいるお許しをいただけませんか……? 」

 最後の方はどんどん声が小さくなり、ルーシーは俯いてしまった。
 顔を上げてカイルの反応を確認するのが怖くてできない。

 「……ルーシー嬢。気持ちはありがたいが……」

 ダメだった、とすぐにわかった。
 恐る恐る顔を上げると、目の前には申し訳なさそうな顔をするカイルの姿が。

 「確かに君は魅力的だ。本当に素敵な女性だと思っているよ、君は何も悪くない。ただ……」

 「シルク公爵の娘だからですか……? 」

 「……そうだな。というより俺がアルマニア公爵家の人間だからと言った方が正しいか。アルマニアは王家から敵対視されている家だ。それに攻撃魔法や武器の輸出入など危険なことも多く行っている。俺の母も、父の元へ嫁いでから何度も暗殺されかけたと聞いた。だから俺は結婚はしないつもりなんだ。愛する人を危険な目になど合わせたくはないからな」

 カイルは真っ直ぐな瞳でルーシーを見つめてこう言った。

 「それに、まだ君はブライト殿の婚約者だ。シルク家にも、ビスク家にも、失礼な真似はできない……。決して君のことが嫌いだからとか、そう言った理由ではないことだけはわかってほしい」

 そう言われてしまっては、もう返す言葉もなかった。
 ルーシーはあっさりと振られてしまったのである。

 「……そんな……こちらこそ急にこんな事を言い出して申し訳ありませんでした……」

 ルーシーは涙が溢れそうになるが、必死に堪える。
 涙を流すような弱い姿は見せたくなかったのだ。

 もうこれでカイルと今までのように話したり会ったりすることはできない。
 自分の手で、彼との関係を壊してしまったのだ。
 その事実が何より重くのしかかる。

 「カイル様……」

 「ん? なんだ、ルー……っ」

 次の瞬間、ルーシーはカイルの顔を両手で優しく包み、そっと触れるか触れないかの口付けをした。
 ルーシーにとって初めての口付けであった。

 カイルは突然の事に目を見開く。
 ルーシーは唇をゆっくり離すと、カイルにこう告げた。

 「さようなら、カイル様」

 「ルーシー嬢! 」

 ルーシーは引き止めるカイルの声を背中に受けながら、二度と振り返る事無く彼の元を去ったのだった。
 もう彼とは二度と会うことは無いかもしれない。
 走り去るルーシーの目からは、光るものが溢れていた。
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