13 / 38
13
しおりを挟む「ルーシー、本当に今日の付き添いは私でいいのかい? 」
ガタガタと揺れる王城へと向かう馬車の中で、シルク公爵マークは眉を下げながら尋ねた。
「ええ。構いませんわ。どうせエスコートと言っても、大したこともしていませんし」
正面に座るルーシーは涼しげな表情だ。
あれからルナは週に一度のブライトの面会を断り続け、最後にブライトと会ってから一ヶ月が経過していた。
ブライトからは手紙も時折届いていたものの、開封すらしていない。
「どうせいつもの挨拶と近況報告でしょう」
と机の隅に追いやっていた。
ブライトの事を意識しない一ヶ月は本当に気楽であった。
恋人らしい事をしなければ……と悶々と悩んでいた日々が嘘のようである。
それと同時に、やはり自分はブライトに対してカイルに抱いたような恋心を抱く事はできないのだと痛感させられた。
一度恋心を知ってしまったからには、好きではない相手とは結婚できない。
そんな時、夜会の案内状が届いた。
ブライトの実家のビスク公爵家が主催する舞踏会である。
もちろん当たり前のようにブライトからはエスコートするという通達が来ていたが、ルーシーは断った。
代わりに父マークを連れて行くと。
ブライトからは抗議の手紙が来るかと思いきや、意外にもあっさりと引き下がったことに驚いた。
そんな経緯があって、今こうして父娘が向かい合って馬車に座っているのだ。
「私はブライトと結婚してお父様達のような仲睦まじい夫婦になれる気がしません」
「まだ結婚もしていないのに、わかるわけないだろうそんな先のこと。それに、お前達の結婚はアデール国の悲願だ」
「以前から思っていたのですけど」
父の発言を受けてピシャリとルーシーが声を発する。
思ってもいなかったルーシーの反応にマークは反射的にピクリと姿勢を正した。
「アルマニア公爵家が王家に対して反抗的だという件は事実なのですか? わざと治安を悪化させて自らの武器の売上を伸ばそうとしているという噂も? 私にはそうは思えません」
「ルーシー、本当にお前はここ最近一体どうしてしまったんだね? ブライト君も心配していたぞ」
「彼にだけは心配されたくありませんわね。それよりお父様、質問に答えてくださいませ」
マークはおずおずと娘の顔を見ると、ハーっと大きくため息をついた。
「実は私も前々からその噂に対しては疑いの目を持っていた。以前アルマニア公爵とお会いした事があるが、国を蔑ろにするようなお方には到底見えなかった。だがここ数年国王はもっともな理由を付けてアルマニアを敵対視している。ただの一公爵家が、王家に歯向かうわけにもいかんだろう……。私も苦しい立場なのだよ、わかっておくれ……」
「……お父様も色々と考えておられたのですね」
正直意外であった。
父マークは極度のお人好しのため、何も考えずに国王の見方をしているのかと思っていた。
父なりに色々と考え悩んでいたとは。
「あのねルーシー、これでも私は公爵であり、治療省のトップなんだよ」
マークは非難めいた目でルーシーに抗議する。
「ともかく、今私達が考えたところでこの情勢は変わる事はない。お前はブライト君とのことを考えなさい」
「考えたところで何も変わらないのだけどね」
これ以上何を言っても無駄だとわかったマークは、呆れた顔をして口をつぐんだ。
ビスク公爵家の夜会に参加するのは久しぶりだ。
ルーシーは元々社交の場に出る事が好きではない。
そのため前回のように王家が主催する大きな舞踏会には参加するが、個々の家が開催する夜会への参加は滞りがちであった。
だが今回は仮にも婚約者の実家の夜会である。
さすがに欠席するわけにはいかない。
父マークにエスコートされて階段を降り、大広間へ進んでいくとブライトの姿が見えた。
参加者に一人一人挨拶をしている様子。
チラリ、と目があった気がしたが、すぐに目を逸らされてしまう。
ーー何よ、意気地なしね。
自分から拒絶しておいてなんだが、少しはブライトが追いかけてきてくれるものだと思っていた。
だが相変わらず素っ気ない態度のままだ。
やはらブライトもルーシーに対して恋の情熱を持ち合わせてはいないのだろう。
「ルーシー、私はビスク公爵にご挨拶をしてくるよ。お前は体調不良ということにしてあるから、適当に過ごしていなさい」
父はそう言うと、一人で大広間の中央へと進んでいった。
婚約者の実家なのだから、ルーシーも挨拶に向かうのが普通である。
だがマークが裏で手を回したのか、ルーシーはあまり体調がよろしくないことになっているようだ。
10
お気に入りに追加
534
あなたにおすすめの小説
【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人
白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。
だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。
罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。
そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。
切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》
侯爵令嬢リリアンは(自称)悪役令嬢である事に気付いていないw
さこの
恋愛
「喜べリリアン! 第一王子の婚約者候補におまえが挙がったぞ!」
ある日お兄様とサロンでお茶をしていたらお父様が突撃して来た。
「良かったな! お前はフレデリック殿下のことを慕っていただろう?」
いえ! 慕っていません!
このままでは父親と意見の相違があるまま婚約者にされてしまう。
どうしようと考えて出した答えが【悪役令嬢に私はなる!】だった。
しかしリリアンは【悪役令嬢】と言う存在の解釈の仕方が……
*設定は緩いです
【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。
海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】
クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。
しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。
失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが――
これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。
※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました!
※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。
【完結】美しい人。
❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」
「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」
「ねえ、返事は。」
「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」
彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
ガネス公爵令嬢の変身
くびのほきょう
恋愛
1年前に現れたお父様と同じ赤い目をした美しいご令嬢。その令嬢に夢中な幼なじみの王子様に恋をしていたのだと気づいた公爵令嬢のお話。
※「小説家になろう」へも投稿しています
頑張らない政略結婚
ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」
結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。
好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。
ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ!
五話完結、毎日更新
悪役令嬢になりそこねた令嬢
ぽよよん
恋愛
レスカの大好きな婚約者は2歳年上の宰相の息子だ。婚約者のマクロンを恋い慕うレスカは、マクロンとずっと一緒にいたかった。
マクロンが幼馴染の第一王子とその婚約者とともに王宮で過ごしていれば側にいたいと思う。
それは我儘でしょうか?
**************
2021.2.25
ショート→短編に変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる