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 「ルーシー、本当に今日の付き添いは私でいいのかい? 」

 ガタガタと揺れる王城へと向かう馬車の中で、シルク公爵マークは眉を下げながら尋ねた。

 「ええ。構いませんわ。どうせエスコートと言っても、大したこともしていませんし」

 正面に座るルーシーは涼しげな表情だ。

 あれからルナは週に一度のブライトの面会を断り続け、最後にブライトと会ってから一ヶ月が経過していた。
 ブライトからは手紙も時折届いていたものの、開封すらしていない。

 「どうせいつもの挨拶と近況報告でしょう」

 と机の隅に追いやっていた。
 ブライトの事を意識しない一ヶ月は本当に気楽であった。
 恋人らしい事をしなければ……と悶々と悩んでいた日々が嘘のようである。

 それと同時に、やはり自分はブライトに対してカイルに抱いたような恋心を抱く事はできないのだと痛感させられた。
 一度恋心を知ってしまったからには、好きではない相手とは結婚できない。

 そんな時、夜会の案内状が届いた。
 ブライトの実家のビスク公爵家が主催する舞踏会である。
 もちろん当たり前のようにブライトからはエスコートするという通達が来ていたが、ルーシーは断った。
 代わりに父マークを連れて行くと。

 ブライトからは抗議の手紙が来るかと思いきや、意外にもあっさりと引き下がったことに驚いた。
 そんな経緯があって、今こうして父娘が向かい合って馬車に座っているのだ。

 「私はブライトと結婚してお父様達のような仲睦まじい夫婦になれる気がしません」

 「まだ結婚もしていないのに、わかるわけないだろうそんな先のこと。それに、お前達の結婚はアデール国の悲願だ」

 「以前から思っていたのですけど」

 父の発言を受けてピシャリとルーシーが声を発する。
 思ってもいなかったルーシーの反応にマークは反射的にピクリと姿勢を正した。

 「アルマニア公爵家が王家に対して反抗的だという件は事実なのですか? わざと治安を悪化させて自らの武器の売上を伸ばそうとしているという噂も? 私にはそうは思えません」

 「ルーシー、本当にお前はここ最近一体どうしてしまったんだね? ブライト君も心配していたぞ」

 「彼にだけは心配されたくありませんわね。それよりお父様、質問に答えてくださいませ」

 マークはおずおずと娘の顔を見ると、ハーっと大きくため息をついた。

 「実は私も前々からその噂に対しては疑いの目を持っていた。以前アルマニア公爵とお会いした事があるが、国を蔑ろにするようなお方には到底見えなかった。だがここ数年国王はもっともな理由を付けてアルマニアを敵対視している。ただの一公爵家が、王家に歯向かうわけにもいかんだろう……。私も苦しい立場なのだよ、わかっておくれ……」

 「……お父様も色々と考えておられたのですね」

 正直意外であった。
 父マークは極度のお人好しのため、何も考えずに国王の見方をしているのかと思っていた。
 父なりに色々と考え悩んでいたとは。

 「あのねルーシー、これでも私は公爵であり、治療省のトップなんだよ」

 マークは非難めいた目でルーシーに抗議する。

 「ともかく、今私達が考えたところでこの情勢は変わる事はない。お前はブライト君とのことを考えなさい」

 「考えたところで何も変わらないのだけどね」

 これ以上何を言っても無駄だとわかったマークは、呆れた顔をして口をつぐんだ。

 ビスク公爵家の夜会に参加するのは久しぶりだ。
 ルーシーは元々社交の場に出る事が好きではない。
 そのため前回のように王家が主催する大きな舞踏会には参加するが、個々の家が開催する夜会への参加は滞りがちであった。

 だが今回は仮にも婚約者の実家の夜会である。
 さすがに欠席するわけにはいかない。

 父マークにエスコートされて階段を降り、大広間へ進んでいくとブライトの姿が見えた。
 参加者に一人一人挨拶をしている様子。
 チラリ、と目があった気がしたが、すぐに目を逸らされてしまう。

 ーー何よ、意気地なしね。

 自分から拒絶しておいてなんだが、少しはブライトが追いかけてきてくれるものだと思っていた。
 だが相変わらず素っ気ない態度のままだ。
 やはらブライトもルーシーに対して恋の情熱を持ち合わせてはいないのだろう。

 「ルーシー、私はビスク公爵にご挨拶をしてくるよ。お前は体調不良ということにしてあるから、適当に過ごしていなさい」

 父はそう言うと、一人で大広間の中央へと進んでいった。
 婚約者の実家なのだから、ルーシーも挨拶に向かうのが普通である。
 だがマークが裏で手を回したのか、ルーシーはあまり体調がよろしくないことになっているようだ。
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