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しおりを挟む「もしもし、そこの美しいお方」
声をかけられた事で、ルーシーは物思いに耽っていた事に気がついた。
ハッとして顔を上げると、そこには見知らぬ貴族の男。
身なりからして恐らく子爵……せいぜい侯爵止まりだろう。
「ぜひあなたとお話がしたいのですが。中庭に出て涼みませんか」
「いえ、私は結構ですわ。婚約者もおりますし……」
この国では、婚約者がいると言うのに誘いをかけてくる不埒な男性も数多く存在する。
どうやらこの男もその仲間らしい。
ルーシーがブライトと婚約していると言う事実は、舞踏会に参加していれば嫌でも分かるはずだ。
「貴方のような美しい方はすぐに誰かのものになってしまいますね。結婚前に一度だけ、私にもチャンスを頂けませんか? 」
そう言うと男はルーシーの腰に手を回して、中庭の方へと歩いて行こうとする。
「ちょっ……おやめくださいませ。不敬ですわよ」
抵抗するが男の力には敵わない。
そのまま押し切られるように大広間を出て、廊下まで来てしまった。
「本当に離してくださいませ! 」
「マドモアゼル、照れた顔もなんで愛らしい」
全く人の話を聞いていない様子の男に、ルーシーもいよいよ焦り始める。
中庭へなど連れ込まれたら、何をされるかわからない。
婚約者以外の男性と二人きりでいるところを誰かに目撃されたら、それこそ醜聞である。
……と、その時であった。
「失礼。道を間違えていませんか? 大広間は反対方向ですぞ、サリバン子爵」
あれ以来ルーシーがずっと聞きたかった、懐かしい声が廊下に響き渡った。
「カイル……様? 」
「また君か、シルク公爵令嬢。どうやら君は狙われやすいらしいな」
そこにいたのはカイル・アルマニア、その人だった。
あの日と同じように鋭い目つきをしているが、今日は漆黒の服ではなく騎士団の制服を着用している。
「こ、これは騎士団長殿……」
「あなたはこの令嬢が誰かわかっているのか? 嫌がる女性を無理やり連れ出すなど言語道断だぞ。それなりの処分が下る事を覚悟するんだな」
「そ、そんな、私はただ中庭で話をしようとお誘いしただけです」
「もう話す事は何もない。下がれ!」
「はっはい!! 」
カイルにサリバン子爵と呼ばれていた男は、腰を抜かしたようにそそくさと退出して行った。
色男も騎士団長の前ではただの腰抜けだ。
「ところで」
サリバン子爵が完全に視界から消え去った事を確認すると、カイルはルーシーの方を向き直り尋ねた。
「君はなぜ転移魔法を使わない? シルク公爵家の者ならお手のものだろう? 」
「えっ……ああっ……転移魔法!! 」
すっかり頭から抜けていたが、シルク公爵家の得意とする転移魔法は、自分の身体をどこか違う場所へ移動できる。
先日の暴漢の際も、今回のサリバン子爵の件も、転移魔法を使用すれば良かったのだ。
慌てるルーシーの様子を見てカイルは一瞬目を丸くしたが、直ぐに元の鋭い目付きに戻った。
「……その様子だと、転移魔法の事は毛頭考えに無かったようだな」
「……はい。すみません……気が動転してしまって……」
「いや。謝る必要は無い。令嬢があのような場面に遭遇することは滅多に無いからな。気が動転するのも当然だろう。だが今後はいざと言う時に転移魔法を使う、という事を頭に置いておいた方が良さそうだ。君は狙われやすい」
狙われやすい、というのは遠回しにその容姿を誉めているのだろうか?
カイルの発言を無意識にプラスに捉えていることにルーシーは気付いた。
「あの……私からも質問してもよろしいですか? 」
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