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カイルに会いたいというルーシーの願いは、意外にもすんなりと叶えられる事になった。
ルナへの言葉通り、ルーシーは数日ほど静養した後にすっかり元の調子を取り戻した。
屋敷の者達はルーシーの心の傷を心配していたが、本人の至って問題なさそうな様子に皆安堵していた。
例の暴漢事件から1月ほどは父の希望もあって社交界への顔出しを遠慮していたが、今日の舞踏会へは出席することになっていた。
というのも、今夜の舞踏会の主催が王家だからである。
王太子エリックの婚約者である隣国の王女が貴賓として参加するため、盛大な舞踏会になるであろうと言われていた。
「ドレスはこちらでよろしいでしょうかね? 」
「私が主役では無いんだし、何でも構わないわ」
「そんなことおっしゃらないでくださいませ。今回の舞踏会はお嬢様とブライト様のお披露目も兼ねているとお聞きしましたよ? 」
「お披露目ねぇ……今更何をって感じだけれど」
ルナは煮え切らないルーシーの態度を無視して、勝手にドレスを持ってくる。
ルナが選んできたドレスは、薄紫色のイブニングドレスだった。
胸元には同じく紫色のアメジストが縫い付けられて、光に当たるとキラキラと輝く。
長い金髪は一つにまとめて上にあげられ、パールの髪飾りで留められていた。
シンプルだが、それがルーシーの美しさを引き立てる良い役目を果たしている。
「綺麗に支度できたね、ルーシー。馬子にも衣装って感じ」
気付けばドアが開き、ブライトが立っていた。
幼馴染であるためか昔からズケズケと物を申したり、勝手に部屋に入り込むところは全く変わっていない。
「ブライト様、お嬢様のお部屋に入るときはノックをしてくださいね」
ルナが呆れたように注意するが、ブライトには大して響いてない様子だ。
そしてそんなブライトの様子にルナも慣れきっている。
「ルナを困らせないでねブライト。それにあなたは素直に人を褒める事ができないのかしらね? 」
「困らせてるつもりはないけどね。そろそろ時間だし行こうか? 下に迎えの馬車を待たせてる」
「ええ、そうね」
ブライトとの会話はいつもこんな感じだ。
飄々として掴みどころが無く、本心では何を考えているのかがわからない、といったのが正直なところだ。
「今日は初めて君をエスコートすることになるけど。緊張してる? 」
そう、ルーシーは今夜の舞踏会で初めてブライトのエスコートを受ける。
二人が婚約を結んだという事を周囲にお披露目する絶好の機会なのだ。
「まさか! ただいつもと同じように振る舞うだけよ」
「それなら安心だな。ダンスの時に足は踏まないでくれよ」
笑いながらブライトが言う。
あの晩のことはブライトの耳にも入っているのであろうか。
何かフォローがあるかと思いながらも1月経つが、彼からは何も動きはない。
相変わらず手紙も素気なく、贈り物もない。
もちろん手も握っていないし、抱擁や口づけなどもっての外だ。
もしかしたら彼はあの晩の事を知らないのかもしれない。
この関係のまま、果たしてどのように夫婦生活を営んでいくのか。
今のルーシーにはその事が大きな悩みとなっていた。
そしてカイル・アルマニア公爵令息。
当たり前だがあの晩以降彼の姿を目にすることはなく、噂話すら耳にしたことはない。
ルーシーはあれ以来毎日カイルの事を思い出してはため息をついていた。
あの日の彼の仕草や表情、声色までがルーシーの記憶に深く根付き、忘れる事ができない。
だがあまりに彼の存在が無かったかのように日常が過ぎていくので、あの晩の事は幻だったのかと思う事さえある。
そんな時はクローゼットの隅に隠した彼のジャケットを手に取るのだ。
そうすればあの出来事は実際にあったことなのだと、思い知ることができるから。
果たしてカイルは今日の舞踏会に参加するのだろうか。
王家主催の国をあげての盛大な舞踏会だ。
アデール国随一の今をときめくアルマニア公爵令息が参加しないはずはないだろう。
彼にもう一度会えるかもしれない。
その事実に僅かな期待を持つルーシーであった。
ルナへの言葉通り、ルーシーは数日ほど静養した後にすっかり元の調子を取り戻した。
屋敷の者達はルーシーの心の傷を心配していたが、本人の至って問題なさそうな様子に皆安堵していた。
例の暴漢事件から1月ほどは父の希望もあって社交界への顔出しを遠慮していたが、今日の舞踏会へは出席することになっていた。
というのも、今夜の舞踏会の主催が王家だからである。
王太子エリックの婚約者である隣国の王女が貴賓として参加するため、盛大な舞踏会になるであろうと言われていた。
「ドレスはこちらでよろしいでしょうかね? 」
「私が主役では無いんだし、何でも構わないわ」
「そんなことおっしゃらないでくださいませ。今回の舞踏会はお嬢様とブライト様のお披露目も兼ねているとお聞きしましたよ? 」
「お披露目ねぇ……今更何をって感じだけれど」
ルナは煮え切らないルーシーの態度を無視して、勝手にドレスを持ってくる。
ルナが選んできたドレスは、薄紫色のイブニングドレスだった。
胸元には同じく紫色のアメジストが縫い付けられて、光に当たるとキラキラと輝く。
長い金髪は一つにまとめて上にあげられ、パールの髪飾りで留められていた。
シンプルだが、それがルーシーの美しさを引き立てる良い役目を果たしている。
「綺麗に支度できたね、ルーシー。馬子にも衣装って感じ」
気付けばドアが開き、ブライトが立っていた。
幼馴染であるためか昔からズケズケと物を申したり、勝手に部屋に入り込むところは全く変わっていない。
「ブライト様、お嬢様のお部屋に入るときはノックをしてくださいね」
ルナが呆れたように注意するが、ブライトには大して響いてない様子だ。
そしてそんなブライトの様子にルナも慣れきっている。
「ルナを困らせないでねブライト。それにあなたは素直に人を褒める事ができないのかしらね? 」
「困らせてるつもりはないけどね。そろそろ時間だし行こうか? 下に迎えの馬車を待たせてる」
「ええ、そうね」
ブライトとの会話はいつもこんな感じだ。
飄々として掴みどころが無く、本心では何を考えているのかがわからない、といったのが正直なところだ。
「今日は初めて君をエスコートすることになるけど。緊張してる? 」
そう、ルーシーは今夜の舞踏会で初めてブライトのエスコートを受ける。
二人が婚約を結んだという事を周囲にお披露目する絶好の機会なのだ。
「まさか! ただいつもと同じように振る舞うだけよ」
「それなら安心だな。ダンスの時に足は踏まないでくれよ」
笑いながらブライトが言う。
あの晩のことはブライトの耳にも入っているのであろうか。
何かフォローがあるかと思いながらも1月経つが、彼からは何も動きはない。
相変わらず手紙も素気なく、贈り物もない。
もちろん手も握っていないし、抱擁や口づけなどもっての外だ。
もしかしたら彼はあの晩の事を知らないのかもしれない。
この関係のまま、果たしてどのように夫婦生活を営んでいくのか。
今のルーシーにはその事が大きな悩みとなっていた。
そしてカイル・アルマニア公爵令息。
当たり前だがあの晩以降彼の姿を目にすることはなく、噂話すら耳にしたことはない。
ルーシーはあれ以来毎日カイルの事を思い出してはため息をついていた。
あの日の彼の仕草や表情、声色までがルーシーの記憶に深く根付き、忘れる事ができない。
だがあまりに彼の存在が無かったかのように日常が過ぎていくので、あの晩の事は幻だったのかと思う事さえある。
そんな時はクローゼットの隅に隠した彼のジャケットを手に取るのだ。
そうすればあの出来事は実際にあったことなのだと、思い知ることができるから。
果たしてカイルは今日の舞踏会に参加するのだろうか。
王家主催の国をあげての盛大な舞踏会だ。
アデール国随一の今をときめくアルマニア公爵令息が参加しないはずはないだろう。
彼にもう一度会えるかもしれない。
その事実に僅かな期待を持つルーシーであった。
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