婚約者がいるのに、好きになってはいけない人を好きになりました。

桜百合

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 「お父様のおっしゃっていた通り、本当に真っ暗ね。不気味だわ……」

 王城を離れ森のそばまでやってくると、辺り一面は暗闇に包まれる。
 人一人いないような静まり返った空間は非常に不気味だ。
 これは本当にマークの言う通り不届き者が潜んでいてもおかしくないのではないか。
 ルーシーは急に不安に襲われた。

 「ジョルジュ、できるだけ急いでちょうだい」

 手綱を握る御者にそう告げるが、返事がない。
 ルーシーが不審に思ったその瞬間、ガタン!と大きな音を立てて馬車が止まった。
 咄嗟のことで、ルーシーは馬車の中でよろめいてしまう。

 「っ!? 何事なの!? ジョルジュ? 大丈夫なの?  」

 慌てて馴染みの公爵家の御者の名を呼ぶが、やはり返事はない。
 父マークにつけてもらったはずの護衛達も一向に姿を現さない。
 その代わりに聞こえたのは見知らぬ男の声だった。

 「おっと……こりゃ上玉じゃねえか。公爵家の紋章だと思ったら、中に乗ってるのがお姫さんだとはなぁ」

 窓ガラスからこちらを覗くように顔を近付けてきたのは、意地汚い目付きの薄汚れた男。
 その手には光る短剣のようなものを持っており、一目で不届き者であるとわかった。

 御者であるジョルジュの返答がないということは、恐らく彼は襲われてしまったのだろう。

 「……っ離れなさい! 私を誰だと思っているの!? 」

 「んなことは今関係ねぇんだよ。ちょっと顔見せてみな。……こりゃ掘り出し物だな。あんたほどのベッピンさんなら高値で売れるだろう。でもその前にちょっとくらい味見してもバチは当たらねぇか」

 ニヤニヤと笑う男を見て、ルーシーは虫唾が走る。
 恐怖のあまり体は固まり身動きが取れない。

 『何があっても絶対に馬車の外に出てはならないよ』

 先程嫌というほど聞かされた父の言葉が蘇る。
 ここで馬車の扉を開けてはならない。
 ルーシーは父の言いつけを守り、ジッと馬車の中で時間が過ぎるのを待つ。

 「つれないお姫さまだな。こっちからいってやるよ」

 すると、ガシャン! と窓ガラスが割れる音がして、男が馬車に乗り込んできた。
 馬車の中にガラスの破片が散らばる。
 男はむんずとルーシーに近づき腕を掴んだ。

 「いや、こっちに来ないで! 離して! 」

 「まあ落ち着けって、可愛がってやるよ。力を抜くんだ」

 ルーシーの必死の抵抗も虚しく、男はルーシーの両手を押さえつけて上に跨ってきた。
 ドレスの胸元をグイッと無理矢理下に下げられると、豊かな膨らみが顕になりそうになる。

 「い、いやぁぁぁ!! やめて!! 触らないで! 」
 
 「こりゃいい身体だ。それにしても強情な女だな、いい加減こっち向けって」

 男に顔を掴まれ無理矢理唇を重ねられそうになり、ルーシーは咄嗟に男を蹴り飛ばしてしまった。
 ルーシーの力など大した事はないのだが、男は不意打ちでふらつく。

 「っいってぇな! お前調子に乗るなよ!?  可愛がってやろうかと思ったが、お前がその調子ならサッサと済ませてやるよ」

 ルーシーの想像以上の抵抗に怒りを顕にした男は、ルーシーのドレスを捲り上げて無理矢理下着の中に手を入れようとした。

 「や、やめて!! いやよ!! いやぁぁぁあ! 」

 と、その瞬間。
 銃声が鳴り響くと同時に、上に跨っていた男が後ろに倒れた。

 「な、なに? 何が起こったの? 」

 ヨロヨロとルーシーが起き上がり倒れた男を見ると、頭から血を流してこと切れているようだ。

 「ひ、ひぃっ……」

 ルーシーが悲鳴を上げようとしたその時、馬車の扉が開いてグイッと腕を引っ張られた。

 「大丈夫か? 怪我は? 」

 そう言ってこちらを見つめるのは、黒髪の短髪を後ろに撫で付けた鋭い目付きの美丈夫だ。

 「へ、平気ですわ……」

 ルーシーがその瞳にドギマギしながら慌てて乱れた胸元を直そうとすると、パサリと上着をかけられた。

 「あいつの仲間がまだうろついている。ここを離れた方が良いだろう」

 「え、ええ……でも私…… 」

 恐怖のあまり腰が抜けて歩けないルーシーの様子を見ると、男は軽々とルーシーを抱き上げて自らの馬に乗せたのであった。
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