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「久しぶりだね、ルーシー。 僕が留学に行く前に会って以来だから、1年ぶりかな? 」
そう言って笑う男性は、ブライト・ビスク。
ルーシーの婚約者となるビスク公爵家の嫡男だ。
1年前より隣国へ魔力学習のため留学していたのだが、今回の件で予定を早めてアデール国へと戻ってきたらしい。
父からの突然の婚約打診から1日。
予定通り幼馴染であるブライトが、シルク公爵家に挨拶へと訪れた。
だが挨拶も早々に、後は若い二人で……と中庭へ放り出されてしまい、今に至る。
……相変わらず見目麗しいこと。
薄茶色の長髪を後ろで一つにまとめ、猫のような垂れ目が庇護心を掻き立てる見た目のお陰で、社交界でも人気の的だ。
ブライトにとってシルク公爵家は幼い頃から何度も訪れている場所だ。
そのため慣れた様子で中庭のベンチに腰掛ける。
いつもなら気にせず隣に座るのだが、なぜか今回は隣に座る気になれず、ルーシーは立ったままブライトに話しかけた。
「久しぶり、ブライト。相変わらず色々と眩しいわね」
「それを言うなら君もだ、ルーシー。 あまり顔を出さないと言うのに、社交界では君の話題でもちきりだよ」
「嘘ばっかり。 あなたこそ舞踏会の度に令嬢たちが列を成してダンスの順番を待っているそうじゃない? 」
軽口をたたき合う二人の間には色恋立ったものは全く見られない。
もちろんお互い容姿に優れており、異性の憧れの的であるという認識はあるが、それとこれは別なのだ。
「今回の件はビックリしたわ。まさかあなたと結婚だなんて」
「そう? 僕はここ数年のアルマニア公爵家の様子で何となく気付いていたよ。確実に彼らは力を増やしているからね 」
「さすがは知能魔法の得意なビスク公爵家の嫡男ね。でもブライト、あなたはそれでいいの? 好きでもない相手と結婚なんて。 まあ確かに貴族ですもの、恋愛結婚なんて無理な事はわかっているけれど」
「別に。異論はないよ。元々結婚への期待なんかしてないからね。むしろ昔から気心知れた君となら下手に気負わずに済む。愛だの恋だのは苦手だ」
サラリとそう言ってのけるブライトに、ルーシーは拍子抜けする。
元から飄々としているブライトだが、結婚に対してもここまでとは思わなかった。
それほど異性として意識されていないのかとも思うが、それは自分も同じなので致し方ない。
「まあ何はともあれ、君は近い未来に僕の妻になる。これからよろしくね、ルーシー」
「ええ、こちらこそブライト」
普通なら抱擁でも交わすのだろうが、二人は硬く握手を交わす。
その時、一瞬ブライトの表情に曇りが見えた気がしたが、再び見返した時にはいつもの彼であった。
「……とは言っても、本当にここまで何も無いとは思わなかったわ」
婚約が整ったことを報告するため王城へと向かう馬車の中で、ルーシーはつい本音が漏れる。
婚約が決まってから1週間経つが、ブライトとの関係で特に変わった事はない。
手紙は至って事務的な内容に、友達に宛てて書くような近況報告のみ。
色恋めいた内容は皆無だ。
よく花束や贈り物が送られてくる、なんて話も聞いていたがそんな事もない。
もちろん、恋人らしい事は何一つしていない。
手を繋いだのはあの時の握手が最後である。
「ルーシー、婚約が決まったからとは言えお前は公爵令嬢だぞ。結婚前に子どもができるような真似はよしてくれ……」
馬車で正面に座る父は、そんなルーシーの様子を見て顔を青くしながら心配する。
「そんな心配するだけ無駄ですわ。手も繋いでませんし、このままだと半年なんてあっという間に過ぎそうです」
別に特別ブライトと恋人らしい事がしたいわけでは無いのだが、ここまでお互いに興味がない相手との結婚生活が想像つかないのである。
今後ブライトと閨を共にし、子をもうけることなどできるのだろうか。
「ブライト君もこれまでただの幼馴染だったお前に対して、どう接して良いのか緊張しているのだろう。結婚生活が始まれば、すぐに慣れるさ」
「さあどうかしら」
「とりあえずお前達の婚約を報告すれば、国王も少しは気持ちに余裕ができるだろう。ここのところだいぶ神経をすり減らしていらっしゃるようだからな」
「なぜ陛下がそこまでアルマニア公爵家の事で気を揉むのか、私にはわかりません。自国に優れた一族がいるということは、周辺諸国に対して強みになりますのに」
現に、アルマニア公爵家が王家に対して牙を剥いた事は一度もなく、反抗的な姿勢も見られない。
諸国との潤滑な武器の輸出入はアデール国にとってもプラスのはず。
「その辺りのことは私にもよくわからないのだが……陛下には陛下なりに思うところがあるのだろう」
ルーシーの父であるマーク・シルクはお人好しで、押しが弱く丸め込まれがちだ。
これでもかなりの魔力の持ち主で、アデール国の治療省のトップを務めている。
公爵としてはやや頼りないところがありつつも、ルーシーにとっては優しい良い父親なのだが。
父マークと母シルビアは、貴族同士には珍しく恋愛結婚だったと聞く。
正式には見合い相手の母に一目惚れした父が、猛アタックの末に結婚したと言うことらしい。
そのお陰もあって今も夫婦仲は円満そのものだ。
そんな両親をそばで見てきたからこそ、今のブライトとの関係性に疑問を感じてしまうのかも知れない。
「でもブライトと私は政略結婚ですもの」
「何か言ったかい? 」
「いいえ、何でもありません」
たわいも無い会話を続けるうちに、どうやら馬車が王城へ到着したようである。
そう言って笑う男性は、ブライト・ビスク。
ルーシーの婚約者となるビスク公爵家の嫡男だ。
1年前より隣国へ魔力学習のため留学していたのだが、今回の件で予定を早めてアデール国へと戻ってきたらしい。
父からの突然の婚約打診から1日。
予定通り幼馴染であるブライトが、シルク公爵家に挨拶へと訪れた。
だが挨拶も早々に、後は若い二人で……と中庭へ放り出されてしまい、今に至る。
……相変わらず見目麗しいこと。
薄茶色の長髪を後ろで一つにまとめ、猫のような垂れ目が庇護心を掻き立てる見た目のお陰で、社交界でも人気の的だ。
ブライトにとってシルク公爵家は幼い頃から何度も訪れている場所だ。
そのため慣れた様子で中庭のベンチに腰掛ける。
いつもなら気にせず隣に座るのだが、なぜか今回は隣に座る気になれず、ルーシーは立ったままブライトに話しかけた。
「久しぶり、ブライト。相変わらず色々と眩しいわね」
「それを言うなら君もだ、ルーシー。 あまり顔を出さないと言うのに、社交界では君の話題でもちきりだよ」
「嘘ばっかり。 あなたこそ舞踏会の度に令嬢たちが列を成してダンスの順番を待っているそうじゃない? 」
軽口をたたき合う二人の間には色恋立ったものは全く見られない。
もちろんお互い容姿に優れており、異性の憧れの的であるという認識はあるが、それとこれは別なのだ。
「今回の件はビックリしたわ。まさかあなたと結婚だなんて」
「そう? 僕はここ数年のアルマニア公爵家の様子で何となく気付いていたよ。確実に彼らは力を増やしているからね 」
「さすがは知能魔法の得意なビスク公爵家の嫡男ね。でもブライト、あなたはそれでいいの? 好きでもない相手と結婚なんて。 まあ確かに貴族ですもの、恋愛結婚なんて無理な事はわかっているけれど」
「別に。異論はないよ。元々結婚への期待なんかしてないからね。むしろ昔から気心知れた君となら下手に気負わずに済む。愛だの恋だのは苦手だ」
サラリとそう言ってのけるブライトに、ルーシーは拍子抜けする。
元から飄々としているブライトだが、結婚に対してもここまでとは思わなかった。
それほど異性として意識されていないのかとも思うが、それは自分も同じなので致し方ない。
「まあ何はともあれ、君は近い未来に僕の妻になる。これからよろしくね、ルーシー」
「ええ、こちらこそブライト」
普通なら抱擁でも交わすのだろうが、二人は硬く握手を交わす。
その時、一瞬ブライトの表情に曇りが見えた気がしたが、再び見返した時にはいつもの彼であった。
「……とは言っても、本当にここまで何も無いとは思わなかったわ」
婚約が整ったことを報告するため王城へと向かう馬車の中で、ルーシーはつい本音が漏れる。
婚約が決まってから1週間経つが、ブライトとの関係で特に変わった事はない。
手紙は至って事務的な内容に、友達に宛てて書くような近況報告のみ。
色恋めいた内容は皆無だ。
よく花束や贈り物が送られてくる、なんて話も聞いていたがそんな事もない。
もちろん、恋人らしい事は何一つしていない。
手を繋いだのはあの時の握手が最後である。
「ルーシー、婚約が決まったからとは言えお前は公爵令嬢だぞ。結婚前に子どもができるような真似はよしてくれ……」
馬車で正面に座る父は、そんなルーシーの様子を見て顔を青くしながら心配する。
「そんな心配するだけ無駄ですわ。手も繋いでませんし、このままだと半年なんてあっという間に過ぎそうです」
別に特別ブライトと恋人らしい事がしたいわけでは無いのだが、ここまでお互いに興味がない相手との結婚生活が想像つかないのである。
今後ブライトと閨を共にし、子をもうけることなどできるのだろうか。
「ブライト君もこれまでただの幼馴染だったお前に対して、どう接して良いのか緊張しているのだろう。結婚生活が始まれば、すぐに慣れるさ」
「さあどうかしら」
「とりあえずお前達の婚約を報告すれば、国王も少しは気持ちに余裕ができるだろう。ここのところだいぶ神経をすり減らしていらっしゃるようだからな」
「なぜ陛下がそこまでアルマニア公爵家の事で気を揉むのか、私にはわかりません。自国に優れた一族がいるということは、周辺諸国に対して強みになりますのに」
現に、アルマニア公爵家が王家に対して牙を剥いた事は一度もなく、反抗的な姿勢も見られない。
諸国との潤滑な武器の輸出入はアデール国にとってもプラスのはず。
「その辺りのことは私にもよくわからないのだが……陛下には陛下なりに思うところがあるのだろう」
ルーシーの父であるマーク・シルクはお人好しで、押しが弱く丸め込まれがちだ。
これでもかなりの魔力の持ち主で、アデール国の治療省のトップを務めている。
公爵としてはやや頼りないところがありつつも、ルーシーにとっては優しい良い父親なのだが。
父マークと母シルビアは、貴族同士には珍しく恋愛結婚だったと聞く。
正式には見合い相手の母に一目惚れした父が、猛アタックの末に結婚したと言うことらしい。
そのお陰もあって今も夫婦仲は円満そのものだ。
そんな両親をそばで見てきたからこそ、今のブライトとの関係性に疑問を感じてしまうのかも知れない。
「でもブライトと私は政略結婚ですもの」
「何か言ったかい? 」
「いいえ、何でもありません」
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