3 / 38
3
しおりを挟む
「久しぶりだね、ルーシー。 僕が留学に行く前に会って以来だから、1年ぶりかな? 」
そう言って笑う男性は、ブライト・ビスク。
ルーシーの婚約者となるビスク公爵家の嫡男だ。
1年前より隣国へ魔力学習のため留学していたのだが、今回の件で予定を早めてアデール国へと戻ってきたらしい。
父からの突然の婚約打診から1日。
予定通り幼馴染であるブライトが、シルク公爵家に挨拶へと訪れた。
だが挨拶も早々に、後は若い二人で……と中庭へ放り出されてしまい、今に至る。
……相変わらず見目麗しいこと。
薄茶色の長髪を後ろで一つにまとめ、猫のような垂れ目が庇護心を掻き立てる見た目のお陰で、社交界でも人気の的だ。
ブライトにとってシルク公爵家は幼い頃から何度も訪れている場所だ。
そのため慣れた様子で中庭のベンチに腰掛ける。
いつもなら気にせず隣に座るのだが、なぜか今回は隣に座る気になれず、ルーシーは立ったままブライトに話しかけた。
「久しぶり、ブライト。相変わらず色々と眩しいわね」
「それを言うなら君もだ、ルーシー。 あまり顔を出さないと言うのに、社交界では君の話題でもちきりだよ」
「嘘ばっかり。 あなたこそ舞踏会の度に令嬢たちが列を成してダンスの順番を待っているそうじゃない? 」
軽口をたたき合う二人の間には色恋立ったものは全く見られない。
もちろんお互い容姿に優れており、異性の憧れの的であるという認識はあるが、それとこれは別なのだ。
「今回の件はビックリしたわ。まさかあなたと結婚だなんて」
「そう? 僕はここ数年のアルマニア公爵家の様子で何となく気付いていたよ。確実に彼らは力を増やしているからね 」
「さすがは知能魔法の得意なビスク公爵家の嫡男ね。でもブライト、あなたはそれでいいの? 好きでもない相手と結婚なんて。 まあ確かに貴族ですもの、恋愛結婚なんて無理な事はわかっているけれど」
「別に。異論はないよ。元々結婚への期待なんかしてないからね。むしろ昔から気心知れた君となら下手に気負わずに済む。愛だの恋だのは苦手だ」
サラリとそう言ってのけるブライトに、ルーシーは拍子抜けする。
元から飄々としているブライトだが、結婚に対してもここまでとは思わなかった。
それほど異性として意識されていないのかとも思うが、それは自分も同じなので致し方ない。
「まあ何はともあれ、君は近い未来に僕の妻になる。これからよろしくね、ルーシー」
「ええ、こちらこそブライト」
普通なら抱擁でも交わすのだろうが、二人は硬く握手を交わす。
その時、一瞬ブライトの表情に曇りが見えた気がしたが、再び見返した時にはいつもの彼であった。
「……とは言っても、本当にここまで何も無いとは思わなかったわ」
婚約が整ったことを報告するため王城へと向かう馬車の中で、ルーシーはつい本音が漏れる。
婚約が決まってから1週間経つが、ブライトとの関係で特に変わった事はない。
手紙は至って事務的な内容に、友達に宛てて書くような近況報告のみ。
色恋めいた内容は皆無だ。
よく花束や贈り物が送られてくる、なんて話も聞いていたがそんな事もない。
もちろん、恋人らしい事は何一つしていない。
手を繋いだのはあの時の握手が最後である。
「ルーシー、婚約が決まったからとは言えお前は公爵令嬢だぞ。結婚前に子どもができるような真似はよしてくれ……」
馬車で正面に座る父は、そんなルーシーの様子を見て顔を青くしながら心配する。
「そんな心配するだけ無駄ですわ。手も繋いでませんし、このままだと半年なんてあっという間に過ぎそうです」
別に特別ブライトと恋人らしい事がしたいわけでは無いのだが、ここまでお互いに興味がない相手との結婚生活が想像つかないのである。
今後ブライトと閨を共にし、子をもうけることなどできるのだろうか。
「ブライト君もこれまでただの幼馴染だったお前に対して、どう接して良いのか緊張しているのだろう。結婚生活が始まれば、すぐに慣れるさ」
「さあどうかしら」
「とりあえずお前達の婚約を報告すれば、国王も少しは気持ちに余裕ができるだろう。ここのところだいぶ神経をすり減らしていらっしゃるようだからな」
「なぜ陛下がそこまでアルマニア公爵家の事で気を揉むのか、私にはわかりません。自国に優れた一族がいるということは、周辺諸国に対して強みになりますのに」
現に、アルマニア公爵家が王家に対して牙を剥いた事は一度もなく、反抗的な姿勢も見られない。
諸国との潤滑な武器の輸出入はアデール国にとってもプラスのはず。
「その辺りのことは私にもよくわからないのだが……陛下には陛下なりに思うところがあるのだろう」
ルーシーの父であるマーク・シルクはお人好しで、押しが弱く丸め込まれがちだ。
これでもかなりの魔力の持ち主で、アデール国の治療省のトップを務めている。
公爵としてはやや頼りないところがありつつも、ルーシーにとっては優しい良い父親なのだが。
父マークと母シルビアは、貴族同士には珍しく恋愛結婚だったと聞く。
正式には見合い相手の母に一目惚れした父が、猛アタックの末に結婚したと言うことらしい。
そのお陰もあって今も夫婦仲は円満そのものだ。
そんな両親をそばで見てきたからこそ、今のブライトとの関係性に疑問を感じてしまうのかも知れない。
「でもブライトと私は政略結婚ですもの」
「何か言ったかい? 」
「いいえ、何でもありません」
たわいも無い会話を続けるうちに、どうやら馬車が王城へ到着したようである。
そう言って笑う男性は、ブライト・ビスク。
ルーシーの婚約者となるビスク公爵家の嫡男だ。
1年前より隣国へ魔力学習のため留学していたのだが、今回の件で予定を早めてアデール国へと戻ってきたらしい。
父からの突然の婚約打診から1日。
予定通り幼馴染であるブライトが、シルク公爵家に挨拶へと訪れた。
だが挨拶も早々に、後は若い二人で……と中庭へ放り出されてしまい、今に至る。
……相変わらず見目麗しいこと。
薄茶色の長髪を後ろで一つにまとめ、猫のような垂れ目が庇護心を掻き立てる見た目のお陰で、社交界でも人気の的だ。
ブライトにとってシルク公爵家は幼い頃から何度も訪れている場所だ。
そのため慣れた様子で中庭のベンチに腰掛ける。
いつもなら気にせず隣に座るのだが、なぜか今回は隣に座る気になれず、ルーシーは立ったままブライトに話しかけた。
「久しぶり、ブライト。相変わらず色々と眩しいわね」
「それを言うなら君もだ、ルーシー。 あまり顔を出さないと言うのに、社交界では君の話題でもちきりだよ」
「嘘ばっかり。 あなたこそ舞踏会の度に令嬢たちが列を成してダンスの順番を待っているそうじゃない? 」
軽口をたたき合う二人の間には色恋立ったものは全く見られない。
もちろんお互い容姿に優れており、異性の憧れの的であるという認識はあるが、それとこれは別なのだ。
「今回の件はビックリしたわ。まさかあなたと結婚だなんて」
「そう? 僕はここ数年のアルマニア公爵家の様子で何となく気付いていたよ。確実に彼らは力を増やしているからね 」
「さすがは知能魔法の得意なビスク公爵家の嫡男ね。でもブライト、あなたはそれでいいの? 好きでもない相手と結婚なんて。 まあ確かに貴族ですもの、恋愛結婚なんて無理な事はわかっているけれど」
「別に。異論はないよ。元々結婚への期待なんかしてないからね。むしろ昔から気心知れた君となら下手に気負わずに済む。愛だの恋だのは苦手だ」
サラリとそう言ってのけるブライトに、ルーシーは拍子抜けする。
元から飄々としているブライトだが、結婚に対してもここまでとは思わなかった。
それほど異性として意識されていないのかとも思うが、それは自分も同じなので致し方ない。
「まあ何はともあれ、君は近い未来に僕の妻になる。これからよろしくね、ルーシー」
「ええ、こちらこそブライト」
普通なら抱擁でも交わすのだろうが、二人は硬く握手を交わす。
その時、一瞬ブライトの表情に曇りが見えた気がしたが、再び見返した時にはいつもの彼であった。
「……とは言っても、本当にここまで何も無いとは思わなかったわ」
婚約が整ったことを報告するため王城へと向かう馬車の中で、ルーシーはつい本音が漏れる。
婚約が決まってから1週間経つが、ブライトとの関係で特に変わった事はない。
手紙は至って事務的な内容に、友達に宛てて書くような近況報告のみ。
色恋めいた内容は皆無だ。
よく花束や贈り物が送られてくる、なんて話も聞いていたがそんな事もない。
もちろん、恋人らしい事は何一つしていない。
手を繋いだのはあの時の握手が最後である。
「ルーシー、婚約が決まったからとは言えお前は公爵令嬢だぞ。結婚前に子どもができるような真似はよしてくれ……」
馬車で正面に座る父は、そんなルーシーの様子を見て顔を青くしながら心配する。
「そんな心配するだけ無駄ですわ。手も繋いでませんし、このままだと半年なんてあっという間に過ぎそうです」
別に特別ブライトと恋人らしい事がしたいわけでは無いのだが、ここまでお互いに興味がない相手との結婚生活が想像つかないのである。
今後ブライトと閨を共にし、子をもうけることなどできるのだろうか。
「ブライト君もこれまでただの幼馴染だったお前に対して、どう接して良いのか緊張しているのだろう。結婚生活が始まれば、すぐに慣れるさ」
「さあどうかしら」
「とりあえずお前達の婚約を報告すれば、国王も少しは気持ちに余裕ができるだろう。ここのところだいぶ神経をすり減らしていらっしゃるようだからな」
「なぜ陛下がそこまでアルマニア公爵家の事で気を揉むのか、私にはわかりません。自国に優れた一族がいるということは、周辺諸国に対して強みになりますのに」
現に、アルマニア公爵家が王家に対して牙を剥いた事は一度もなく、反抗的な姿勢も見られない。
諸国との潤滑な武器の輸出入はアデール国にとってもプラスのはず。
「その辺りのことは私にもよくわからないのだが……陛下には陛下なりに思うところがあるのだろう」
ルーシーの父であるマーク・シルクはお人好しで、押しが弱く丸め込まれがちだ。
これでもかなりの魔力の持ち主で、アデール国の治療省のトップを務めている。
公爵としてはやや頼りないところがありつつも、ルーシーにとっては優しい良い父親なのだが。
父マークと母シルビアは、貴族同士には珍しく恋愛結婚だったと聞く。
正式には見合い相手の母に一目惚れした父が、猛アタックの末に結婚したと言うことらしい。
そのお陰もあって今も夫婦仲は円満そのものだ。
そんな両親をそばで見てきたからこそ、今のブライトとの関係性に疑問を感じてしまうのかも知れない。
「でもブライトと私は政略結婚ですもの」
「何か言ったかい? 」
「いいえ、何でもありません」
たわいも無い会話を続けるうちに、どうやら馬車が王城へ到着したようである。
39
お気に入りに追加
550
あなたにおすすめの小説


【完結】婚約解消ですか?!分かりました!!
たまこ
恋愛
大好きな婚約者ベンジャミンが、侯爵令嬢と想い合っていることを知った、猪突猛進系令嬢ルシルの婚約解消奮闘記。
2023.5.8
HOTランキング61位/24hランキング47位
ありがとうございました!
私達、政略結婚ですから。
黎
恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。
それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。

政略結婚で「新興国の王女のくせに」と馬鹿にされたので反撃します
nanahi
恋愛
政略結婚により新興国クリューガーから因習漂う隣国に嫁いだ王女イーリス。王宮に上がったその日から「子爵上がりの王が作った新興国風情が」と揶揄される。さらに側妃の陰謀で王との夜も邪魔され続け、次第に身の危険を感じるようになる。
イーリスが邪険にされる理由は父が王と交わした婚姻の条件にあった。財政難で困窮している隣国の王は巨万の富を得たイーリスの父の財に目をつけ、婚姻を打診してきたのだ。資金援助と引き換えに父が提示した条件がこれだ。
「娘イーリスが王子を産んだ場合、その子を王太子とすること」
すでに二人の側妃の間にそれぞれ王子がいるにも関わらずだ。こうしてイーリスの輿入れは王宮に波乱をもたらすことになる。

【完結】白い結婚はあなたへの導き
白雨 音
恋愛
妹ルイーズに縁談が来たが、それは妹の望みでは無かった。
彼女は姉アリスの婚約者、フィリップと想い合っていると告白する。
何も知らずにいたアリスは酷くショックを受ける。
先方が承諾した事で、アリスの気持ちは置き去りに、婚約者を入れ換えられる事になってしまった。
悲しみに沈むアリスに、夫となる伯爵は告げた、「これは白い結婚だ」と。
運命は回り始めた、アリスが辿り着く先とは… ◇異世界:短編16話《完結しました》

希望通り婚約破棄したのになぜか元婚約者が言い寄って来ます
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢ルーナは、婚約者で公爵令息エヴァンから、一方的に婚約破棄を告げられる。この1年、エヴァンに無視され続けていたルーナは、そんなエヴァンの申し出を素直に受け入れた。
傷つき疲れ果てたルーナだが、家族の支えで何とか気持ちを立て直し、エヴァンへの想いを断ち切り、親友エマの支えを受けながら、少しずつ前へと進もうとしていた。
そんな中、あれほどまでに冷たく一方的に婚約破棄を言い渡したはずのエヴァンが、復縁を迫って来たのだ。聞けばルーナを嫌っている公爵令嬢で王太子の婚約者、ナタリーに騙されたとの事。
自分を嫌い、暴言を吐くナタリーのいう事を鵜呑みにした事、さらに1年ものあいだ冷遇されていた事が、どうしても許せないルーナは、エヴァンを拒み続ける。
絶対にエヴァンとやり直すなんて無理だと思っていたルーナだったが、異常なまでにルーナに憎しみを抱くナタリーの毒牙が彼女を襲う。
次々にルーナに攻撃を仕掛けるナタリーに、エヴァンは…

手放したくない理由
ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。
しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。
話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、
「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」
と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。
同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。
大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

言いたいことはそれだけですか。では始めましょう
井藤 美樹
恋愛
常々、社交を苦手としていましたが、今回ばかりは仕方なく出席しておりましたの。婚約者と一緒にね。
その席で、突然始まった婚約破棄という名の茶番劇。
頭がお花畑の方々の発言が続きます。
すると、なぜが、私の名前が……
もちろん、火の粉はその場で消しましたよ。
ついでに、独立宣言もしちゃいました。
主人公、めちゃくちゃ口悪いです。
成り立てホヤホヤのミネリア王女殿下の溺愛&奮闘記。ちょっとだけ、冒険譚もあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる