【R-18】敗戦国の元侯爵令嬢は、公爵と国王に溺愛される

桜百合

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最終章

懐かしい人

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 カリーナが城を去ってから半年が過ぎた。
 メアリーの伝で住み込みで働き始めた商店は、小さいながらも日々繁盛している。
 裕福な暮らしではないが、日々充実した生活を送っていた。

 リンドの行方は相変わらずわからなかった。
 アレックスの口調では無事に生きている様であったが、どこで何をしているのかもわからない。

 もしかしたら自分の事などどうでも良くなってしまったのかもしれないと不安になることもあったが、そんな時はリンドから貰った首飾りを見て気持ちを奮い立たせた。

 
 あれからアレックスとは一度も会っていない。
 アレックスへの罪悪感に押し潰されそうになる日もあったが、自分が幸せになることがアレックスにとっての幸せだという言葉を思い出し、強く生きようと決めた。

 (リンド様、あなたは一体どこで何をしていらっしゃるのですか……あなたが恋しい……)

 仕事終わりの夜、ルビーの首飾りを見つめながらリンドに問いかけるのがカリーナの日課となっていた。


 そんなある日のこと。
 カリーナの働く商店に、1台の豪奢な馬車が停まった。
 商店とは似ても似つかないその光景に、商店の女将は目を白黒させる。

「カリーナちゃん、あんたに用があるって言ってるんだが……貴族様とお知り合いなのかい?」

 働き先の女将は本当に良い人で、カリーナは何から何まで世話を焼いてもらっていた。

「いえ……そのようなお知り合いは……」
「ローランド辺境伯様からの使いだと聞いたよ。知ってるかい? 」


 ローランド辺境伯。
 思いがけない懐かしい名前に、カリーナの時が止まる。
 リンドと初めて参加した舞踏会での思い出が蘇る。


 女将には簡単に事情を話して少しの間店を抜ける許可をもらうと、商店の入り口につけられた馬車の元へと向かった。

「カリーナ様……で、ございますか?  」

 馬車の前で待機していた御者らしき男がそう問いかける。

「私はローランド辺境伯様の命にて、あなた様をお連れする様にと言われております。ローランド辺境伯様のお屋敷へ行かれたことは?」

『いいえ』と、カリーナは首を振る。
 ローランド辺境伯はカリーナが城にいた頃に後ろ盾となってくれた関係だが、実際にそこまで交流があったわけではない。

「ここから二時間ほど馬を走らせたところにお屋敷がありますので、ぜひご乗車いただきたい 」

 言葉だけでは怪しげな誘いだが、馬車につけられた紋章がローランド辺境伯の所有物である事を物語っている。
 カリーナは『わかりました』とだけ答えて馬車に乗り込んだ。



 御者の言う通り、商店からローランド辺境伯の屋敷までは馬車を二時間ほど走らせる必要があった。
 昼過ぎに出発したものの、途中の悪天候等もあり無事に到着したのは夕刻を過ぎた頃だ。
 ローランド辺境伯の屋敷は、華美ではないものの荘厳な雰囲気を醸し出す立派な造りであった。

 到着するや否や、カリーナは応接間に通される。

 (一体なぜローランド辺境伯が……? 確かシークベルト公爵領はローランド辺境伯の管轄に入るとアレックス様が仰っていた。まさか公爵家に何かあったのでは?)


 突然の誘いにカリーナは戸惑う。
 と、その時だった。
 重厚な扉が開き、ローランド辺境伯が一人でこちらへ歩いてくる。

 カリーナは慌てて立ち上がり頭を下げた。
 辺境伯はカリーナの姿を目に捉えると、満足そうに頷き、座る様に促す。

「久しぶりだな。カリーナ嬢。最後にあったのはあなたの後ろ盾となることが決まった時であったかな?」

 栗色の短髪には少し白いものが混じる様になっていたが、その微笑みは以前と変わらぬ包み込む様なものであった。

 (お父様が生きていらっしゃったら、こうだったのかしら……)

 カリーナはローランド辺境伯と対面するたびにいつもそう思っていた。

「お久しぶりでございます。その節は大変お世話になりましたのに、勝手にお城を出る様な真似を致しまして……申し訳ありません」

 深々と頭を下げて謝罪する。

「私にはわかっていたよ。カリーナ嬢は王妃にはならないとね」

 叱責が飛んでくるものと覚悟していたが、返ってきた言葉は予想外のものであった。

「えっ……今なんと……?」
「あなたと国王様の間には、確かに愛はあった。だが一方通行の愛だ。あなたと国王様の思う愛はそれぞれ違っていた。国王様のそれが燃える様な愛だとしたならば、あなたの場合は情に近いものであろうか」

 カリーナにとってそれは図星であっただめ、言葉を失う。

「あなたと最初にお会いしたあの舞踏会の日に、私が言った事を覚えていますかね?」


  『君は愛し愛された男性と立派な家庭を築きなさい』

 あの日ローランド辺境伯に言われた言葉が鮮明に蘇る。
 あの舞踏会で辺境伯にカリーナを引き取らせようと目論んでいたリンドは意表を抜かれ、その考えを改めたのだった。

「はい。覚えております。辺境伯様は、私に愛し愛された男性と一緒になるようにと仰っていました」
「その男性は、見つかったかね?」

 しんと静まり返った部屋に、ローランド辺境伯の低音が響き渡る。

「……っ……」

 カリーナは言葉に詰まる。
 もちろん、カリーナが愛し愛されたいのはリンドただ一人である。
 だがそのリンドは未だ音沙汰なく、所在も不明だ。

 愛し愛されたい、そう思っているのは今では自分だけではないのかと不安になり、明言が出来なかった。

「その様子だと、カリーナ嬢の中では見つかっておる様だな。……リンド君であろう?」

 ローランド辺境伯の口から聞くことは無いと思っていた名前が出た事で、カリーナは余計に混乱する。

「なぜ、あなた様がそれを……」
「なぜであろうのう。思えば初めて舞踏会でリンドにあなたを紹介してもらった時から、なんとなく気づいてはおりました。やはり、当たっておりましたな」

 辺境伯はしてやったりといった表情だ。

「確かに私はリンド様をただ一人かけがえのないお方として、お慕いしております。あのお方が行方知れずとなった今も、その思いは変わっておりません」

 ですが、とカリーナは続ける。

「あのお方と最後にお会いしてから半年以上経ちました。今どこで何をしているのか、全くわかりません。リンド様はもう私のことは忘れてしまったのかも知れせん……」

 話しているうちに惨めになり、段々と顔が俯きがちになった。
 瞬きする目には涙が光る。

「あなたは、彼の事をまだ想っているのですね? 」

 探る様な目つきで辺境伯が尋ねる。

「もちろんですわ。リンド様のことを思い出さない日はありません。何をするにもあのお方の顔が浮かびます……あのお方無しでは生きていけません……」

 耐えきれずカリーナは大粒の涙を流した。
 城を出てからの半年間、人前では心配をかけまいと弱音を吐かずに頑張ってきた。
 溜め込んだこれまでの思いが溢れ出す。

「彼は未だ行方が知れていないと聞くが……君はそれでも彼を信じているのかね」
「……お恥ずかしい限りですが、リンド様以外の方ではダメなのです。私の命がある限り、あのお方を信じて待ちますわ……」

 リンドを信じて待つことが、カリーナの生きる意味となっていた。

「……そうか。ようやく自分の道が定まったのだな」

 ローランド辺境伯はそう言うと、満足気に応接間を出て行った。
 かと思いきや、五分も経たぬうちに戻ってきたのである。
 カリーナは慌てて再び頭を下げ礼を取る。

 先程とは異なり、ローランド辺境伯の横には黒い騎士の制服らしき物を着た男が立っているが、頭を下げているため顔は見えない。

「顔をおあげなさい」

 諭す様な口調でローランド辺境伯に促され顔をあげたカリーナは、あっと息を呑んだ。

「なぜあなたがここに……」

 ローランドの隣にいたのは、騎士の制服に身を包み微笑むリンドであった。
 懐かしい輝く髪は以前よりも伸ばされ、後ろで一つに束ねられている。
 愛しいエメラルドの瞳は、以前よりも柔和になった表情によく溶け込んでいた。

「お前を迎えに来た。遅くなってすまないカリーナ」

 目の前のリンドの姿が涙でぼやけていく。

「ああっ! リンド様……」

 カリーナが涙と共にくしゃりと顔を歪めると、リンドが焦った様にカリーナの元へ駆け寄り、強く抱きしめた。

「待たせてすまなかった……信じて待っていてくれたこと、嬉しく思う」

 リンドはそう言ってカリーナの涙を拭う。
 公爵時代の様な華美な服装ではなかったが、シンプルな騎士の制服が非常によく似合う。
 カリーナはそんなリンドの姿が信じられない。

「私はおかしくなってしまったのかしら……」
「これは夢では無いのだよ、カリーナ。こっちを向いてくれ」

 リンドはカリーナの頬に手を寄せると、そっと触れるだけの口付けをした。

「これからは永遠にカリーナのそばにいる」

 真剣で真っ直ぐなエメラルドの瞳がカリーナを見つめる。
 夢にまで見たリンドが目の前にいる。
 それだけでカリーナは天に召される程の幸せだった。

「リンド様……お会いしたかった……」

 カリーナはリンドの背に両手を回し、その存在が二度と消えてしまわない様に、強く抱いた。



「……取り込み中のところすまないが、まずは色々と話を終えてからでいいかね」

 互いの世界に入り込んだ二人を、現実の世界に引き戻したのはローランド辺境伯だ。
 どこか生温い視線を辺境伯から感じながら、リンドとカリーナは並んでソファに腰掛けたのだった。




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