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第2章

それぞれの想い③

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 懐かしいカリーナからの手紙には、見慣れた筆跡が並ぶ。

 『親愛なるシークベルト公爵様
 突然のお手紙をお許しください。
 まずはご婚約、おめでとうございます。

 あなた様とシークベルト公爵家で過ごした日々を懐かしく思います。
 奴隷であった私が、今こうして国王様の隣に並べるのはあなた様のお陰です。

 実はあなたに謝らなければならないことがございます。
 シークベルト公爵家を出てお城へ向かう際に、公爵様からいただいたルビーの首飾りを内緒で持ってきてしまいました。

 少しでもあなたと言う存在がいたことを示す証拠が、手元に欲しかったのです。お許しください。

 ですが私も歳を重ね、いよいよ王妃となるべく時が近づいて参りました。
 シークベルト公爵家を出てからの1年間で、私はようやく強い心を身に付けました。

 もうこの首飾りがなくとも大丈夫です。
 ようやくこちらをお返しできます。

 私は王妃として、バルサミア国をより良い国にするため、アレックス様と力を合わせて参ります。

 公爵様もマリアンヌ様と共に、シークベルト公爵家を盛り上げていってください。

 最後に。
 あなた様のお幸せを陰ながら祈っております。
        カリーナ・アルシェ』

 心が掴まれた様に苦しい。
 滲んだ涙で前がよく見えない。

 カリーナがあの首飾りを持って、城へ向かったことは知らなかった。
 首飾りを付けて美しく着飾った、あの日のカリーナの姿が脳裏に焼き付いている。
 手紙と共に首飾りを送ってきたということは、もうリンドとの関係も終わりだという、カリーナなりの意思表示であろう。

 その事実がリンドに重くのしかかる。
 それと同時に、どうしてもその事実を受け入れたくなかった。
 カリーナとの関係を終わらせたく無い。
 なんと自分は愚かであったのだろうか。

 自分にはカリーナさえ側にいてくれれば、それでよかったと言うのに。
 その事実を認めるのが遅かったばかりに、大切な物を永遠に失ってしまった。

 マリアンヌと共に並ぶ未来は想像できない。
 リンドの隣にいて欲しいのはいつだってカリーナだ。

「リンド様……」

 いつのにか、背後に執事のトーマスが控えていた。
 リンドはうっすらと目に浮かんでいた涙を指で押さえ、平然を装う。

「トーマスか、いかがした」 

「今ならまだ間に合います」

 以前もどこかで聞いたことのあるようなセリフだった。

「……それはどう言う意味だ」

「私達が気づいていないとお思いですか、公爵様。あなた様の心はカリーナ様の元にある。違いますか?」

 屋敷の者達にカリーナへの思いを気づかれていることは、薄々勘づいていた。
 特にトーマスには、あの馬車を見送った日にも同じことを言われたのだった。

「何をバカな事を……今俺がカリーナの元へ行き愛を乞うたなら、シークベルト公爵家は取り潰しだ。それに今更、カリーナから愛を得ることができるとは思えない」

 それに、とリンドは続ける。

「マリアンヌはどうする。俺の勝手で彼女を、シルビア公爵家を、振り回してしまった」

「ではこのままマリアンヌ様と結婚して、何事もなかったかのように過ごして行く自信はおありなのですか、公爵様。マリアンヌ様の隣で笑って過ごすことができるのですか。このままマリアンヌ様を娶ることこそ、マリアンヌ様にとって失礼だとはお思いになりませんか。そして何より、私たちはあなた様がお辛い顔をしているのを見るのが辛いのです。私も含め屋敷の者達一同、公爵様のお幸せを1番にお祈りしております」

 カリーナの元へ行くことは、王妃に求愛すると言うことと同じ。
 王家への反逆罪だ。

 下手すればリンドは処刑、シークベルト公爵家は取り潰しになる。屋敷で働く者たちは路頭に迷うであろう。

 取り潰しにならなかったとしても、マリアンヌとの婚約を破棄したことで、シルビア公爵家との仲も冷え切ったものになることは、わかりきっている。

「俺は……そのようなこと……」

 「もしもあなた様に公爵家を捨てる覚悟がおありなら、私共も生涯をかけてついて参ります」

「トーマス……」

 長年シークベルト公爵家に仕えているトーマスだが、普段はその感情が読めない男である。
 ここまでトーマスが感情的になることは珍しい。
 その分彼も本気なのだと言うことが伝わってきた。

「トーマス……すまない」

 そう言ってリンドがトーマスを見ると、トーマスは全てを悟ったようだった。

「いいえ。それでこそ、我が公爵様です」

 トーマスは微笑み頷くと、リンドに外套を渡す。
 もう、後戻りはできない。
 だが人生をかけた恋に挑みたい。
 リンドは机の上のルビーの首飾りを持ち、早足で部屋を出て行ったのだった。



「リンド様は出て行かれたのですね」

 リンドを見送ったトーマスの後ろから、マリアンヌが問いかけた。

「マリアンヌ様……」

 トーマスが振り返ると、マリアンヌは俯きながらハンカチを握りしめて立っていた。
 マリアンヌに見られていたことは想定外であったが、もう後には引けない。

 どちらにせよ、リンドにはマリアンヌとの未来は考えられないのだ。
 執事として誰よりも近くでリンドを支えてきたトーマスだからこそ、わかる。

「あのお方の元へ行かれたのですね」

 マリアンヌには、リンドの行き先がわかっている様だった。
 顔もわからないリンドの恋焦がれる女性は、一体どんな人なのか。

「なぜ私ではダメなのでしょうか……こんなに、ずっとリンド様だけをお慕いしていたというのに……」

 堰を切ったように涙が零れ落ちる。
 マリアンヌは人前で声を出して泣いたのは初めてだった。

「マリアンヌ様……申し訳ありません。責任はこの私めにございます。リンド様のお気持ちには気付いていましたが、見て見ぬフリをしてここまで来てしまいました。結果的にマリアンヌ様を傷つけてしまった事、お詫び申し上げます……」

 トーマスは平身低頭で謝罪する。


「頭をお上げくださいませ。私はその様な事、求めてはおりません。誰のせいでもないのです……」

 謝罪をしてもらったところで、リンドの気持ちがマリアンヌに向くことはないだろう。
 この先もずっと。

 リンドの真っ直ぐで不器用なところが好きだった。
 叶うならば、その愛を一身に受けたかった。

「お姉様が羨ましい……」

 マリアンヌの姉ルアナは、かねてより想いを寄せていた侯爵と無事に結婚し、領地で幸せに暮らしている。
 自分も同じような人生を送ると信じて疑わなかったのに。

 帰って父には何と説明しようか。
 まだリンドが例の侯爵令嬢とうまくいくとは限らない。
 だが、リンドが王妃となる予定の女性に横恋慕したということがわかれば、シークベルト家に処分が下るだろう。
 そうなれば父であるシルビア公爵はリンドとの婚約を破棄するに違いない。

「屋敷に帰るのが気が重いわ……当分お父様にはこの事は話せそうにないわね……」

 マリアンヌは重い足取りで馬車に乗り込み、シルビア公爵家の屋敷へと帰って行った。
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