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第2章
それぞれの想い②
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マリアンヌの事は嫌いではない。
……はずだった。
由緒正しきシルビア公爵家の令嬢で、見目麗しい。
シークベルト公爵夫人としてリンドの隣に並ぶにふさわしい女性である。
彼女とならば、より一層シークベルト公爵家を盛り上げていけるだろうと見込んで、婚約を了承した。
だが婚約してからは、彼女の機嫌伺いにシルビア公爵家を訪れる足が遠のいた。
なぜだろうか。
婚約した途端に馴れ馴れしく接してくる様になった彼女の態度に、嫌悪感があった。
婚約者なのだから当たり前なのかもしれないが、甘えた声で話しかけられ腕を組まれそうになると、なぜか無意識に拒否してしまう。
マリアンヌが自分を想ってくれていたことは、以前からわかっていた。
自分がその想いを、シークベルト家のために利用したということも。
我ながらひどい男だとは思っている。
心ではそうわかっているのに、体が勝手に拒否をする。
自分で決めたことだというのに、なぜマリアンヌを受け入れられないのか。
なんだこの様は。
リンドは自分に腹が立つ。
絶対に自分では認めたくないが、分かりきった答えが心の中にあるからだ。
リンドは未だにカリーナのことを忘れられていない。
毎晩寝る前にはカリーナとの逢瀬を思い出して、欲望を吐き出していた。
あの時のカリーナの髪や肌の感覚が忘れられずに、知らず知らずのうちにマリアンヌと比較している自分に気づく。
マリアンヌはカリーナとは正反対の見た目である。
カリーナが妖艶な美女であったら、マリアンヌは可憐な美少女だ。
同じ様に美しくとも、マリアンヌの美しさはリンドの好むそれではない。
知らず知らずのうちに、カリーナがリンドの理想になっていたのだ。
……ではなぜカリーナが屋敷を出る際に引き止めなかったのか。
リンドは今でもあの時の自分を恨んでいる。
格好が悪くとも、力づくでも引き止めれば良かった、と。
そして、アレックスに見舞いに行ってくれと頼まれた時に、それを断ったことも。
所詮器の小さい男だったのだ。
今更この俺が、そんなことできるわけがないだろう。
どの面を下げて会いに行けば良いのか。
そんなことばかり頭をよぎった。
だがそんな事は今思えばちっぽけなことだったのだ。
時が経つにつれてカリーナとの距離は開き、リンドもマリアンヌと言う婚約者を得て、後戻りできなくなった。
(今の俺を見てみろ。この有様だ)
カリーナを忘れることができないあまり、マリアンヌに対してもおざなりになってしまっている。
カリーナ以外に触れられるのを体が拒む。
このままでは婚約の継続どころか、結婚生活を営むことができるのかも怪しい。
跡継ぎなどもっての外だ。
「カリーナ……君に触れたい……」
静まり返った部屋に、リンドの呟く声が響く。
と、その時だった。
何気なく机に目をやったリンドは、朝屋敷を出る時には存在していなかった封筒に気づく。
差出人は書いていない。
不審に思い、そばに置いてあった果物ナイフで封を開けて中を見ると、見覚えのあるルビーの首飾りと白い便箋が。
そして開いた便箋に書いてある差出人を見た瞬間、リンドは言葉を失った。
「カリーナ・アルシェ……」
そう、手紙の差出人はカリーナであった。
「メアリー、カリーナはどこだ? また例の中庭か? 」
「先程少しお休みになりたいとおっしゃっていたので、恐らくそうだと思います」
国王アレックスは、最愛の人カリーナを探す。
長い間寝込んでしまっていたが、ここ数ヶ月は元の様子を取り戻し、お妃教育にも精力的に取り組んでいる。
だがしかし、最近は気がつくと中庭で物思いにふけっているような様子が見受けられ、アレックスにはそれが心配であった。
元はと言えば、リンドの元から半ば強引に城へと連れて来させた様なもの。
カリーナの気持ちは元々リンドの元にあったのだ。そう簡単に忘れられるはずがない。
そんなことは百も承知だ。
一時は嫉妬で狂った様になり、カリーナを困らせてしまったが、今は決してそんなことはしていない。
カリーナが床に臥せってしまった時に、リンドに見舞いを勧めた気持ちは、本心からくるものだった。
カリーナが少しでも元気になるなら、と。
だが結局断られてしまった。
リンドも結局はカリーナのことを本気で愛していたのだろうということを、悟った。
「カリーナ? いるのかい? 」
カリーナの部屋の前から声をかけるが、返事はない。
だが部屋のドアが少し開いている。
アレックスは悪いと思いながらも、カリーナの部屋にそっと入った。
案の定、カリーナはいなかった。
その代わりにアレックスの目に入ってきたのは、机の上にある宝箱から僅かに覗く、ルビーのついた首飾りであった。
あれは自分がカリーナに用意したものではない。
アレックスは首飾りを宝箱から取り出す。
中央にルビーがはめられた首飾りは、ルビーを取り囲むようにダイヤモンドで装飾されていて豪華絢爛なデザインである。
……あいつだ。リンドだ。
アレックスは直感でそうわかった。
自分と同じ瞳の色の宝石を送る勇気はなかったが、その分贅を凝らした首飾りを作らせたのであろう。
不器用な従兄弟の想いが手に取ったようにわかる。
カリーナはリンドが作らせた首飾りを、シークベルト家から持ってきていたのだ。
この宝箱にそっと隠して。
以前宝箱の中に何が入っているのかと聞いたところ、亡き母の形見のエメラルドの首飾りが入っているだけだと答えたカリーナ。
アレックスの手前、答えづらかったのであろう。
カリーナがこの首飾りを付けていたことは一度も無い。
だが、アレックスの胸がざわめく。
「……君はまだ、リンドに想いを寄せているのか?」
アレックスは1人呟くと、ルビーの首飾りを宝箱を戻した。
そしてカリーナの部屋を後にする。
リンドはシルビア公爵家のマリアンヌと婚約した。
だがリンドも心ここにあらずと言った感じで日々を過ごしている様子。
「私が2人を引き離したのか……?」
答えの出ない問いがアレックスを追い詰める。
私があの時カリーナと出会わなければ、今頃二人は……
アレックスはそんな疑念を振り払うように、足早に中庭へと急ぐ。
中庭に到着すると、そこには見慣れた愛しい人の後ろ姿があった。
一目姿を見るだけで、ホッとする。
「カリーナ、どこへ行ったのか探したぞ。ここにいたのか」
カリーナはゆっくり振り返りアレックスの顔を見ると、ニッコリと微笑んだ。
今日も黒髪は艶めき、何とも美しい。
(ああ。この笑顔をなんとしても守りたい。彼女が誰を想っていても良い。彼女が笑っていてくれれば)
カリーナの笑顔を守ろう。
アレックスはそう心の中で誓ったのであった。
……はずだった。
由緒正しきシルビア公爵家の令嬢で、見目麗しい。
シークベルト公爵夫人としてリンドの隣に並ぶにふさわしい女性である。
彼女とならば、より一層シークベルト公爵家を盛り上げていけるだろうと見込んで、婚約を了承した。
だが婚約してからは、彼女の機嫌伺いにシルビア公爵家を訪れる足が遠のいた。
なぜだろうか。
婚約した途端に馴れ馴れしく接してくる様になった彼女の態度に、嫌悪感があった。
婚約者なのだから当たり前なのかもしれないが、甘えた声で話しかけられ腕を組まれそうになると、なぜか無意識に拒否してしまう。
マリアンヌが自分を想ってくれていたことは、以前からわかっていた。
自分がその想いを、シークベルト家のために利用したということも。
我ながらひどい男だとは思っている。
心ではそうわかっているのに、体が勝手に拒否をする。
自分で決めたことだというのに、なぜマリアンヌを受け入れられないのか。
なんだこの様は。
リンドは自分に腹が立つ。
絶対に自分では認めたくないが、分かりきった答えが心の中にあるからだ。
リンドは未だにカリーナのことを忘れられていない。
毎晩寝る前にはカリーナとの逢瀬を思い出して、欲望を吐き出していた。
あの時のカリーナの髪や肌の感覚が忘れられずに、知らず知らずのうちにマリアンヌと比較している自分に気づく。
マリアンヌはカリーナとは正反対の見た目である。
カリーナが妖艶な美女であったら、マリアンヌは可憐な美少女だ。
同じ様に美しくとも、マリアンヌの美しさはリンドの好むそれではない。
知らず知らずのうちに、カリーナがリンドの理想になっていたのだ。
……ではなぜカリーナが屋敷を出る際に引き止めなかったのか。
リンドは今でもあの時の自分を恨んでいる。
格好が悪くとも、力づくでも引き止めれば良かった、と。
そして、アレックスに見舞いに行ってくれと頼まれた時に、それを断ったことも。
所詮器の小さい男だったのだ。
今更この俺が、そんなことできるわけがないだろう。
どの面を下げて会いに行けば良いのか。
そんなことばかり頭をよぎった。
だがそんな事は今思えばちっぽけなことだったのだ。
時が経つにつれてカリーナとの距離は開き、リンドもマリアンヌと言う婚約者を得て、後戻りできなくなった。
(今の俺を見てみろ。この有様だ)
カリーナを忘れることができないあまり、マリアンヌに対してもおざなりになってしまっている。
カリーナ以外に触れられるのを体が拒む。
このままでは婚約の継続どころか、結婚生活を営むことができるのかも怪しい。
跡継ぎなどもっての外だ。
「カリーナ……君に触れたい……」
静まり返った部屋に、リンドの呟く声が響く。
と、その時だった。
何気なく机に目をやったリンドは、朝屋敷を出る時には存在していなかった封筒に気づく。
差出人は書いていない。
不審に思い、そばに置いてあった果物ナイフで封を開けて中を見ると、見覚えのあるルビーの首飾りと白い便箋が。
そして開いた便箋に書いてある差出人を見た瞬間、リンドは言葉を失った。
「カリーナ・アルシェ……」
そう、手紙の差出人はカリーナであった。
「メアリー、カリーナはどこだ? また例の中庭か? 」
「先程少しお休みになりたいとおっしゃっていたので、恐らくそうだと思います」
国王アレックスは、最愛の人カリーナを探す。
長い間寝込んでしまっていたが、ここ数ヶ月は元の様子を取り戻し、お妃教育にも精力的に取り組んでいる。
だがしかし、最近は気がつくと中庭で物思いにふけっているような様子が見受けられ、アレックスにはそれが心配であった。
元はと言えば、リンドの元から半ば強引に城へと連れて来させた様なもの。
カリーナの気持ちは元々リンドの元にあったのだ。そう簡単に忘れられるはずがない。
そんなことは百も承知だ。
一時は嫉妬で狂った様になり、カリーナを困らせてしまったが、今は決してそんなことはしていない。
カリーナが床に臥せってしまった時に、リンドに見舞いを勧めた気持ちは、本心からくるものだった。
カリーナが少しでも元気になるなら、と。
だが結局断られてしまった。
リンドも結局はカリーナのことを本気で愛していたのだろうということを、悟った。
「カリーナ? いるのかい? 」
カリーナの部屋の前から声をかけるが、返事はない。
だが部屋のドアが少し開いている。
アレックスは悪いと思いながらも、カリーナの部屋にそっと入った。
案の定、カリーナはいなかった。
その代わりにアレックスの目に入ってきたのは、机の上にある宝箱から僅かに覗く、ルビーのついた首飾りであった。
あれは自分がカリーナに用意したものではない。
アレックスは首飾りを宝箱から取り出す。
中央にルビーがはめられた首飾りは、ルビーを取り囲むようにダイヤモンドで装飾されていて豪華絢爛なデザインである。
……あいつだ。リンドだ。
アレックスは直感でそうわかった。
自分と同じ瞳の色の宝石を送る勇気はなかったが、その分贅を凝らした首飾りを作らせたのであろう。
不器用な従兄弟の想いが手に取ったようにわかる。
カリーナはリンドが作らせた首飾りを、シークベルト家から持ってきていたのだ。
この宝箱にそっと隠して。
以前宝箱の中に何が入っているのかと聞いたところ、亡き母の形見のエメラルドの首飾りが入っているだけだと答えたカリーナ。
アレックスの手前、答えづらかったのであろう。
カリーナがこの首飾りを付けていたことは一度も無い。
だが、アレックスの胸がざわめく。
「……君はまだ、リンドに想いを寄せているのか?」
アレックスは1人呟くと、ルビーの首飾りを宝箱を戻した。
そしてカリーナの部屋を後にする。
リンドはシルビア公爵家のマリアンヌと婚約した。
だがリンドも心ここにあらずと言った感じで日々を過ごしている様子。
「私が2人を引き離したのか……?」
答えの出ない問いがアレックスを追い詰める。
私があの時カリーナと出会わなければ、今頃二人は……
アレックスはそんな疑念を振り払うように、足早に中庭へと急ぐ。
中庭に到着すると、そこには見慣れた愛しい人の後ろ姿があった。
一目姿を見るだけで、ホッとする。
「カリーナ、どこへ行ったのか探したぞ。ここにいたのか」
カリーナはゆっくり振り返りアレックスの顔を見ると、ニッコリと微笑んだ。
今日も黒髪は艶めき、何とも美しい。
(ああ。この笑顔をなんとしても守りたい。彼女が誰を想っていても良い。彼女が笑っていてくれれば)
カリーナの笑顔を守ろう。
アレックスはそう心の中で誓ったのであった。
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