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第2章

それぞれの想い①

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「カリーナ、どこへ行ったのかと探していたぞ。ここにいたのか」

 アレックスがホッとした様子で駆け寄る。
 城の中にある小さな庭園。
 ここはアレックスがカリーナのために作らせた庭園である。
 四季折々の花々が咲き乱れるこの庭園は、カリーナの最もお気に入りの場所だ。
 お妃教育で疲れた時などは、よく1人でここに立ち寄る。

「アレックス様。ドレス選びに疲れてしまって……少しこちらで休憩をとろうかと」

「確かにあのドレスの量は尋常ではなかったな。メアリーの執念が伺える」

 アレックスが笑いながらそう言った。
 カリーナが城に来てからもうすぐで1年になる。


 無事にお妃教育を終え、いよいよ結婚式を迎えるための準備で忙しい。
 今日もメアリーに朝から部屋中にドレスを並べられ、飽き飽きしていたところだ。

 城の皆ともすっかり打ち解けた。
 カリーナは、王妃として生きる覚悟をようやく決めることができた。 
 アレックスもあれ以来下手な嫉妬を起こすことなく、いつも通りだ。
 以前と変わらずカリーナのことを最優先に考えてくれている。

 時折心苦しそうな表情を浮かべる時があり、それがカリーナには気になるが、本人は聞いても答えてはくれない。
 そのことを除けば、全てが順調に進んでいた。

 
 カリーナがリンドの手紙を燃やしたあの日から数ヶ月後、リンドとシルビア公爵家令嬢マリアンヌの婚約が発表された。
 新たな国王夫妻が誕生した後に、式を挙げる予定だと言う。

 カリーナはその知らせをメアリーの口から耳にしたが、寂しさは感じたものの、以前のような苦しみは感じなかった。
 カリーナの中で無理矢理蓋をしたリンドの存在は、過去のものになりつつある。

 結局シークベルトの屋敷を出てから一度もリンドの顔を見ることができていないことも、リンドのことを忘れるためには良い理由になった。
 もし今も一目顔を合わせたなら、気持ちが戻ってきてしまうかもしれない。

 それくらいに過去のリンドへの思いは強かった。本気だったのだ。だがこの1年でカリーナも精神的に成長した。アレックスは心からカリーナを愛してくれている。
 その愛に触れると、カリーナも幸せで満たされた気持ちになれるのだ。
 リンドの時の様な激しい恋慕ではないものの、アレックスに対して愛おしさを感じる様になっていた。

「もうすぐだな。ようやくだ、ようやくカリーナを本当の意味で私のものにできる」

 アレックスが後ろからカリーナを抱きしめる。

「ええ。私はちゃんと王妃様になれるかしら」

 カリーナが茶目っ気たっぷりに問いかけると、アレックスは微笑んだ。

「もちろんさ。何があっても私が支えると誓おう」

 2人の間には穏やかな時間が流れていた。



 時を同じくしてシークベルト公爵家。

「リンド様はどこへ行かれたのですか? もう何日もお会いできておりませんわ」

 リンドの婚約者、シルビア公爵家令嬢マリアンヌが、困惑の表情を浮かべて立ち尽くしていた。

「大変申し訳ありません……そろそろお戻りになる頃だとは思うのですが……」

 執事のトーマスは申し訳なさそうに肩をすくめる。

 マリアンヌは最近感じていた、リンドに避けられているのではと。
 リンドの婚約者となってから3ヶ月。
 それまでは週に1度はシルビア家を訪問して、共に過ごす時間を持ってくれていた。

 しかし婚約を結んでからと言うもの、めっぽう足が遠のいており、痺れを切らしてマリアンヌが直接シークベルト家を訪問したというわけだ。

 マリアンヌは幼い頃よりリンドに想いを寄せていた。
 初めてリンドと出会ったのはマリアンヌが6歳、リンドが10歳の頃である。

 父が催した舞踏会に、亡きシークベルト前公爵と共に参加していたリンドを見つけて、一目惚れしたのだ。

 いつかは彼と一緒になりたいと父のシルビア公爵に訴えかけ、ようやく父の許可を勝ち得たとほぼ同時期に、リンドがアルハンブラの元侯爵令嬢を囲うつもりではないかという噂が流れ始める。

 相手の女性がどのような人なのかはわからない。
 ただ非常に美しく魅力的な女性だということだった。

 すでに他の女性に気持ちがあるリンドの元に、大切な娘を嫁がせることを不安に思った父は、婚約の話を保留にした。

 マリアンヌは絶望した。
 人生でただ1人、初めて好きになった男性と結ばれることができないなんて、と。

 しかし、例の元侯爵令嬢が国王に見染められ、新たな婚約者候補として城へ入ることが決まったのだ。

 国王の婚約者候補には既に姉が決まっていたが、姉には昔から慕っている男性がおり、マリアンヌもその事を知っていた。

 姉は婚約者候補から外されたが、そのお陰で父の許可を得て、かねてより想いを寄せていた侯爵と結婚することが決まり、万々歳である。

 そして、その令嬢がシークベルト公爵家を出たことで、シルビア家との婚約には何の支障も無くなった。
 ようやく勝ち取った3ヶ月前の婚約である。

 だがしかしマリアンヌは、リンドの心が自分にはない事を薄々感じていた。
 一緒にいる時のリンドは優しい。
 まるで自分に気があるかの様に耳元で囁き、腰に手を当ててエスコートしてくれる。

 だが、その心はどこか別の場所に置いてきている様な、どこか遠い目をしている様な、そんな気がするのだ。

「ただいま戻った、……と、マリアンヌ嬢? いかがしましたか?今日はお会いする予定の日ではないはずですが……」

 いつの間にかリンドが城から屋敷へと戻ってきた様だ。
 マリアンヌの姿を見ておや、と一瞬目を丸くしたが、すぐに元の顔に戻る。

「お久しぶりですわ、リンド様。婚約してからというもの、ろくに顔を合わせる機会もないんですもの。私寂しくなってしまって……」

 マリアンヌは甘えた声を出して、擦り寄る様にリンドの元へ行き腕を組もうとするが、サラリとかわされる。

「申し訳ない。執務が滞っていまして。だがシークベルト公爵家は国王の補佐をしてこそ、今の立場を確立できております。同じ公爵家出身のあなたならば、お分かりいただけますでしょう」

 やんわりと拒絶されたことをマリアンヌは思い知る。

「それは……ええ、わかっておりますわ。私その様なつもりではありません……」
「わかってくだされば良いのです。あなたも近いうちにシークベルト家の者となります。そのお覚悟をお持ちください」

 しゅんと下を向いて涙目になるマリアンヌを横目に、リンドは颯爽と自室へと戻っていったのだった。


 
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