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第1章

ローランド辺境伯

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「ローランド辺境伯様、お久しぶりです。お元気でしたか?」

 リンドの表情はにこやかで、凛とした声がよく通る。
 さきほどの侯爵の時の態度とは偉い違い様だ。

「リンド君か。久しぶりだが君は変わらんな。こちらは妻を亡くしてからと言うもの、領地に引き篭もりがちの生活だ」

 一昨年に最愛の妻を亡くしたという辺境伯は、それからというものの滅多に社交界に顔を出さなくなった。
 だが此度の舞踏会には国王も出席するとのことで参加したのだという。

「アレックス様のおかげでバルサミアも安泰だ。国王陛下が参加するのならば、一言挨拶せねばと思ってな」

 そう言うと、辺境伯は静かにグラスを傾ける。
 辺境伯という公爵よりも下の立場ながら、その血筋とこれまでの功績から、ローランドはバルサミアで絶大な力と富を持っている。
 かつては公爵にという声もあったが、辞退して今の立場を選んだという。

「ところで、そちらの女性は?」

 ここまで話したところで、ようやく隣にいるカリーナに気づいた様子だ。

「カリーナと申す娘です。カリーナ、挨拶なさい」

「カリーナ・アルシェと申します」

  先ほどと同じ様にカリーナは頭を下げ、リンドもカリーナを引き取るまでの経緯を説明する。

「ほお……アルハンブラの……。君は、さぞかし苦労をしたのではないかい?」

「えっ……」

 まさかの言葉に意表を突かれたカリーナは、思わず顔を上げてまじまじと辺境伯の顔を見つめる。
 リンドも目を僅かに見開いている様だ。

「例の戦争は非常に過酷であった。私は戦地に赴くことはなかったが、大勢の家臣を失った。アルハンブラの被害はそれ以上であったと聞く。よく生き延びた。言葉で表せぬ苦労も多かったであろう」

 バルサミアに来てから初めてかけられた労いの言葉であった。
 カリーナの心が温かく満たされていく。
 そして気づくと涙がこぼれていた。

「辺境伯様……」

 リンドの表情はわからないが、何も言葉を発さない。

「安心しなさい。心配せずとも、君を後妻にするために買ったりはしないさ。私の妻は生涯なくなったアンヌだけだ。それに、こんな老いぼれに君は勿体ない。君は愛し愛された男性と立派な家庭を築きなさい。それが戦争で亡くなった人々への弔いだと私は思うよ」

 ポンポンとカリーナの肩を叩き、辺境伯は微笑んだ。

「ローランド様……一体なぜ……」

 カリーナの隣にいるリンドは唖然としてその後の言葉が続かない。

「君がこのお嬢さんを私の後添えに勧めるつもりだというのは、すぐにわかったよ。これでも六十年生きているからね、君よりは人生の先輩だ。リンド君、君がシークベルト家のためを思って行動していることは非常に立派だ。だが、公爵家を思うが故に、人として大事な物を見失ってはならないよ」

「それは一体どういう……」

「答えは君次第だよ、リンド君。今後どんな選択をしても、それが君にとっての答えだ。もちろん、このお嬢さんの後ろ盾になってやることは一向に構わない。良い縁組ができるように力添えをしよう。ただ、君は本当にそれでいいのかい?」

 ローランド辺境伯はそう言い残すと、その場を離れた。

「あれが、ローランド辺境伯様ですのね」

 カリーナは見た目で判断してしまった自分が恥ずかしい。
 大らかで器が広くて、博識に富んだ素晴らしい男性だった。

「まるでお父様のようだったわ……」

 彼の様な男性が後ろ盾についてくれたならば、カリーナも安心してバルサミアでの立場を確立することができるだろう。
 なぜ彼がバルサミアで堅固な権力を握る事ができたのか、その理由を垣間見る事ができた気がした。

「辺境伯様は、本当に素晴らしいお人ですのね。見た目で判断してしまった私はまだまだですわ」

 リンドからの返答は無い。

「……リンド様?」

 カリーナがリンドの顔を覗き込むと、青白い顔色で見たこともない様な表情をしていた。

「お身体の加減がよろしくないのですか?」

「……いや、すまない。俺は国王に挨拶をしてくる。そなたも適当に過ごしていてくれ」

 そう言うが否や、リンドは足早にカリーナの元を立ち去ったのだった。
 
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