上 下
15 / 39
第1章

舞踏会

しおりを挟む
 シーベルト侯爵家からそう遠くはない距離にあるシルビア公爵家。
 三大公爵家の名にふさわしく、立派で荘厳な雰囲気を醸し出している。
 リンドの後に続き大広間へ続く階段を一段ずつ降りていくと、すでに広間で歓談していた出席者たちが一斉にこちらに注目する。

 三大公爵家きっての美男子、リンド・シークベルトが女性をエスコートして出席するなんて。
 あのお方は一体どちらの方なの?
 独身の令嬢達の中には、ショックで気分が悪くなってしまう者もいた。 

 あら、でも公爵様のお色を身につけていないわ。
 お2人は恋人とは違うのでは?
 
 リンドがエメラルドを身につけるのに難渋を示した理由を思い知る。

 (……公爵様というのはこれほどまでに注目を集めるほどのお方なのね。確かに、ここで私との仲を勘違いされては困るはずだわ)

 一方カリーナの方はというと、貴族の殿方が上から下へと品定めをするように、自らに視線を注いでいるのを感じていた。
 
 あちらの令嬢はどちらの出身だ?
 見ろ、あの妖艶な魅力を。
 あのような目で見つめられてはたまらないな。

「見るがいい。皆がカリーナに注目している」

 そんなカリーナの思いを知ってか知らぬか、リンドはカリーナに小声で囁く。

「私だけではありません。ご令嬢達はあなたに夢中ですわ、リンド様」

 無意識に角の立つ言い方をしてしまったことに気付いたが、平然を装ってそのまま大広間へと進む。


「これはこれはシーベルト公爵。あなたが参加してくださるとは。娘も喜びますぞ」

 シーベルトがまず挨拶に向かったのは、舞踏会の主催者であるシルビア公爵の元だ。

「シルビア公爵、お久しぶりです。さすがはシルビア家。非常に素晴らしい舞踏会ですな。ルアナ嬢にもお祝いの言葉を述べたいところではありますが……」

 ルアナ嬢とは、いつかの講義で耳にした、国王アレックスの婚約者候補と噂されている令嬢のうちの1人だ。

「ルアナは今アレックス様のところにご挨拶に伺っておりましてな。直に戻ってくるでしょう」

 カリーナがチラと目をやると、大広間の奥の方に人だかりができている。
 きっとあそこに国王がいるのであろう。
 シルビア公爵の元を離れると、今度は数人の貴族男性に取り囲まれた。

「シーベルト公爵、お目にかかれて光栄です。こちらの美しい方をご紹介いただいても?」

 金髪碧眼の男性がカリーナの方をぼうっと見つめながら、リンドに話しかける。

「これはミザリー侯爵。お久しぶりですな。カリーナ、ご挨拶を」

 リンドに背中をそっと押され、カリーナは前に出る。
 事前の講義で挨拶の仕方やマナーは一通り学んできた。

「お初にお目にかかります。カリーナ・アルシェと申します」

 アルシェ、という名を耳にすると、男はおやっとした顔をした。

「アルシェとは、もしやかのアルハンブラで栄えていたアルシェ侯爵の御令嬢では?」

「その通り、五年前の戦争にて敗れ彷徨っていたところを、奴隷として我が家が引き取りました」

「それはそれは。シーベルト公爵様に引き取られるとは運の強いお方だ。ゆくゆくはいずれかの御貴族の元に嫁がせるのですか?」

「ええ、そうですね。そう考えております。カリーナ、参ろうか」

「これはこれは、もう行ってしまわれるとは。残念です。ではカリーナ嬢、またの機会に」


 カリーナは頭を下げて、リンドと共にミザリー侯爵と呼ばれた男性の元から足早に立ち去る。

「いいのですか? あのように終わらせてしまって」

「あれは大した地位も財産もない侯爵家だ。それに浪費家で借金も抱えていると言う噂。そなたをやるには勿体ない。見ろ、あそこにいる方だ。あれはローランド辺境伯で、国王一族と繋がりもある有力貴族だ。私の狙いはあのお方だ」

 リンドの指差す方には、栗色の短髪が目立つ中年の男性がいた。
 でっぷりと前に出た腹が、年齢を物語っている。

「あのお方……かなりお年を召されているのでは?」

「ローランド辺境伯は今年六十になるはずだ。先妻に二年前に先立たれて、今は独り身だ。そなたのことも大事にしてくれるはずだと思っている」

「六十……私の父よりも遥かに年上のお方ですわ」

「致し方ない。将来有望な若者は、すでに貴族のご令嬢と婚姻や婚約を結んでいる者が多い。そのような者に愛人など勧めては、相手の家との関係に亀裂が入る」

「……そうなのですね」

「納得いかぬ顔をしているな。勘違いするでないぞ、そなたは奴隷であったのだ。辺境伯など雲の上のお方だ」

 わかってはいるが、面と向かってそう言われると辛いものがある。

「……申し訳ありません」

「わかれば良いのだ。さあ、挨拶に参ろう」

 リンドは二人で睦み合っていた時とは別人のように冷酷だ。
 その変化に対応できるほどカリーナは強くない。
 舞踏会開始早々、カリーナは心が挫けそうになるのであった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

慰み者の姫は新皇帝に溺愛される

苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。 皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。 ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。 早速、二人の初夜が始まった。

婚約者には愛する女がいるらしいので、私は銀狼を飼い慣らす。

王冠
恋愛
マナベルには婚約者がいる。 しかし、その婚約者は違う女性を愛しているようだ。 二人の関係を見てしまったマナベルは、然るべき罰を受けてもらうと決意するが…。 浮気をされたマナベルは幸せを掴むことが出来るのか…。 ※ご都合主義の物語です。 いつもの如く、ゆるふわ設定ですので実際の事柄等とは噛み合わない事が多々ありますのでご了承下さい。 R18ですので、苦手な方はお控え下さい。 また、作者の表現の仕方などで不快感を持たれた方は、すぐにページを閉じて下さい。

〈短編版〉騎士団長との淫らな秘め事~箱入り王女は性的に目覚めてしまった~

二階堂まや
恋愛
王国の第三王女ルイーセは、女きょうだいばかりの環境で育ったせいで男が苦手であった。そんな彼女は王立騎士団長のウェンデと結婚するが、逞しく威風堂々とした風貌の彼ともどう接したら良いか分からず、遠慮のある関係が続いていた。 そんなある日、ルイーセは森に散歩に行き、ウェンデが放尿している姿を偶然目撃してしまう。そしてそれは、彼女にとって性の目覚めのきっかけとなってしまったのだった。 +性的に目覚めたヒロインを器の大きい旦那様(騎士団長)が全面協力して最終的にらぶえっちするというエロに振り切った作品なので、気軽にお楽しみいただければと思います。

腹黒王子は、食べ頃を待っている

月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。

美貌の騎士団長は逃げ出した妻を甘い執愛で絡め取る

束原ミヤコ
恋愛
旧題:夫の邪魔になりたくないと家から逃げたら連れ戻されてひたすら愛されるようになりました ラティス・オルゲンシュタットは、王国の七番目の姫である。 幻獣種の血が流れている幻獣人である、王国騎士団団長シアン・ウェルゼリアに、王を守った褒章として十五で嫁ぎ、三年。 シアンは隣国との戦争に出かけてしまい、嫁いでから話すこともなければ初夜もまだだった。 そんなある日、シアンの恋人という女性があらわれる。 ラティスが邪魔で、シアンは家に戻らない。シアンはずっとその女性の家にいるらしい。 そう告げられて、ラティスは家を出ることにした。 邪魔なのなら、いなくなろうと思った。 そんなラティスを追いかけ捕まえて、シアンは家に連れ戻す。 そして、二度と逃げないようにと、監禁して調教をはじめた。 無知な姫を全力で可愛がる差別種半人外の騎士団長の話。

【R18】助けてもらった虎獣人にマーキングされちゃう話

象の居る
恋愛
異世界転移したとたん、魔獣に狙われたユキを助けてくれたムキムキ虎獣人のアラン。襲われた恐怖でアランに縋り、家においてもらったあともズルズル関係している。このまま一緒にいたいけどアランはどう思ってる? セフレなのか悩みつつも関係が壊れるのが怖くて聞けない。飽きられたときのために一人暮らしの住宅事情を調べてたらアランの様子がおかしくなって……。 ベッドの上ではちょっと意地悪なのに肝心なとこはヘタレな虎獣人と、普段はハッキリ言うのに怖がりな人間がお互いの気持ちを確かめ合って結ばれる話です。 ムーンライトノベルズさんにも掲載しています。

[R18]引きこもりの男爵令嬢〜美貌公爵様の溺愛っぷりについていけません〜

くみ
恋愛
R18作品です。 18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。 男爵家の令嬢エリーナ・ネーディブは身体が弱くほとんどを屋敷の中で過ごす引きこもり令嬢だ。 そのせいか極度の人見知り。 ある時父からいきなりカール・フォード公爵が婚姻をご所望だと聞かされる。 あっという間に婚約話が進み、フォード家へ嫁ぐことに。 内気で初心な令嬢は、美貌の公爵に甘く激しく愛されてー?

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

処理中です...