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第1章

舞踏会

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 シーベルト侯爵家からそう遠くはない距離にあるシルビア公爵家。
 三大公爵家の名にふさわしく、立派で荘厳な雰囲気を醸し出している。
 リンドの後に続き大広間へ続く階段を一段ずつ降りていくと、すでに広間で歓談していた出席者たちが一斉にこちらに注目する。

 三大公爵家きっての美男子、リンド・シークベルトが女性をエスコートして出席するなんて。
 あのお方は一体どちらの方なの?
 独身の令嬢達の中には、ショックで気分が悪くなってしまう者もいた。 

 あら、でも公爵様のお色を身につけていないわ。
 お2人は恋人とは違うのでは?
 
 リンドがエメラルドを身につけるのに難渋を示した理由を思い知る。

 (……公爵様というのはこれほどまでに注目を集めるほどのお方なのね。確かに、ここで私との仲を勘違いされては困るはずだわ)

 一方カリーナの方はというと、貴族の殿方が上から下へと品定めをするように、自らに視線を注いでいるのを感じていた。
 
 あちらの令嬢はどちらの出身だ?
 見ろ、あの妖艶な魅力を。
 あのような目で見つめられてはたまらないな。

「見るがいい。皆がカリーナに注目している」

 そんなカリーナの思いを知ってか知らぬか、リンドはカリーナに小声で囁く。

「私だけではありません。ご令嬢達はあなたに夢中ですわ、リンド様」

 無意識に角の立つ言い方をしてしまったことに気付いたが、平然を装ってそのまま大広間へと進む。


「これはこれはシーベルト公爵。あなたが参加してくださるとは。娘も喜びますぞ」

 シーベルトがまず挨拶に向かったのは、舞踏会の主催者であるシルビア公爵の元だ。

「シルビア公爵、お久しぶりです。さすがはシルビア家。非常に素晴らしい舞踏会ですな。ルアナ嬢にもお祝いの言葉を述べたいところではありますが……」

 ルアナ嬢とは、いつかの講義で耳にした、国王アレックスの婚約者候補と噂されている令嬢のうちの1人だ。

「ルアナは今アレックス様のところにご挨拶に伺っておりましてな。直に戻ってくるでしょう」

 カリーナがチラと目をやると、大広間の奥の方に人だかりができている。
 きっとあそこに国王がいるのであろう。
 シルビア公爵の元を離れると、今度は数人の貴族男性に取り囲まれた。

「シーベルト公爵、お目にかかれて光栄です。こちらの美しい方をご紹介いただいても?」

 金髪碧眼の男性がカリーナの方をぼうっと見つめながら、リンドに話しかける。

「これはミザリー侯爵。お久しぶりですな。カリーナ、ご挨拶を」

 リンドに背中をそっと押され、カリーナは前に出る。
 事前の講義で挨拶の仕方やマナーは一通り学んできた。

「お初にお目にかかります。カリーナ・アルシェと申します」

 アルシェ、という名を耳にすると、男はおやっとした顔をした。

「アルシェとは、もしやかのアルハンブラで栄えていたアルシェ侯爵の御令嬢では?」

「その通り、五年前の戦争にて敗れ彷徨っていたところを、奴隷として我が家が引き取りました」

「それはそれは。シーベルト公爵様に引き取られるとは運の強いお方だ。ゆくゆくはいずれかの御貴族の元に嫁がせるのですか?」

「ええ、そうですね。そう考えております。カリーナ、参ろうか」

「これはこれは、もう行ってしまわれるとは。残念です。ではカリーナ嬢、またの機会に」


 カリーナは頭を下げて、リンドと共にミザリー侯爵と呼ばれた男性の元から足早に立ち去る。

「いいのですか? あのように終わらせてしまって」

「あれは大した地位も財産もない侯爵家だ。それに浪費家で借金も抱えていると言う噂。そなたをやるには勿体ない。見ろ、あそこにいる方だ。あれはローランド辺境伯で、国王一族と繋がりもある有力貴族だ。私の狙いはあのお方だ」

 リンドの指差す方には、栗色の短髪が目立つ中年の男性がいた。
 でっぷりと前に出た腹が、年齢を物語っている。

「あのお方……かなりお年を召されているのでは?」

「ローランド辺境伯は今年六十になるはずだ。先妻に二年前に先立たれて、今は独り身だ。そなたのことも大事にしてくれるはずだと思っている」

「六十……私の父よりも遥かに年上のお方ですわ」

「致し方ない。将来有望な若者は、すでに貴族のご令嬢と婚姻や婚約を結んでいる者が多い。そのような者に愛人など勧めては、相手の家との関係に亀裂が入る」

「……そうなのですね」

「納得いかぬ顔をしているな。勘違いするでないぞ、そなたは奴隷であったのだ。辺境伯など雲の上のお方だ」

 わかってはいるが、面と向かってそう言われると辛いものがある。

「……申し訳ありません」

「わかれば良いのだ。さあ、挨拶に参ろう」

 リンドは二人で睦み合っていた時とは別人のように冷酷だ。
 その変化に対応できるほどカリーナは強くない。
 舞踏会開始早々、カリーナは心が挫けそうになるのであった。

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