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第1章

リンド・シークベルト②

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 カリーナと初めて会ってから五年。
 あれから一度も顔を合わせたことはなかった。
 当初の目論見通り、最初の数年間は単なる奴隷として屋敷内の掃除などの雑務を担当してもらった。

 執事のトーマスからは事あるごとに報告を受けていたため、カリーナの行動は把握していた。
 トーマスは俺の考える計画を知る数少ない人間だ。

「同室の娘と一悶着あったようですが、無事に解決したようです」

 カリーナが奴隷として連れてこられた時にも感じたが、バルサミアとアルハンブラでは容姿にそれぞれ特徴がある。
 アルハンブラの特徴が強く出ているカリーナは、屋敷の中で嫌な思いをすることも多いだろう。

 ……俺と同じように。

 今でこそ言う者はいないが、私のエメラルド色の瞳はバルサミアでは非常に珍しい。
 この瞳を持つ者は私と国王であるアレックスくらいだ。

 アレックスの父である先代国王と俺の母親は姉弟である。
 母方の先祖がアルハンブラ出身だったらしく、偶然俺ら二人にその特徴がでたらしい。

 幼い頃は貴族の子ども達にバカにされ、いじめられたこともある。
 アレックスも同様だ。
 ただ彼の場合は王子という身分をひけらかすことなく、実力で周りの者を黙らせた。
 俺は彼のようになれているのだろうか、わからない。

「例の奴隷の娘ですが、非常に賢いですな。屋敷の中の雑務も完璧にこなしている様子。まだまだ子どもですが、以前に比べて女性らしさも出てきたということです」

 さすがは元侯爵令嬢。素質がある。
 期待通りの活躍をしてくれるかもしれない。

「そうか。では予定通り計画を進めたい。適任の者を探してくれ」

 子どもから女になる日が近づいてきたのだ。
 カリーナを後添えや愛人として買い取ってくれる貴族のリストを作成しなければ。
 男爵や子爵ではダメだ。
 せめて侯爵以上の有力貴族でないといけない。

 ただし、カリーナの事以外にやることは山ほどある。
 あとはトーマスからの報告を待つのみだ。
 周りの者がうまくやってくれるだろう。

 こうして俺は三年ほど遠征やら視察やらで屋敷には戻らなかった。
 戻ろうと思えば途中で帰るタイミングはあったのだ。
 ただなぜか足取りは重く、これ以上先に進む気にならなかった。
 カリーナに対して、卑怯なことを企んでいることへの引け目を感じているのか?

「……バカバカしい」

 俺はシーベルト公爵だ。
 たかが侯爵令嬢上がりの奴隷にそんなこと思うわけがないだろう。
 公爵家の立場を、俺の立場を盤石なものにするためには悪者になるしかないのだ。



 ——三年はあっという間に過ぎた。

 カリーナと初めて出会ってから五年の月日が経ち、十三歳だったカリーナは十八歳になった。

 この国では十八歳から結婚が認められるようになる。
 いやらしい話だが、若いほど価値があり高く売れるのだ。
 十八歳になると同時に自分と共に舞踏会を巡り、貴族達にその存在を周知してもらう必要がある。
 もちろん、それにふさわしい見た目と貴族社会の知識が必要だ。

「さすがに屋敷に戻らねばならないか」

 リンドは重い腰をあげて、トーマスに帰宅の連絡をしたのだった。

 

 ——驚いたな……。

 カリーナは予想以上に成長していた。
 それも誰もが目を見張るような美女にだ。
 サナギが蝶になるとはこのことか。

 俺が部屋に入る時に物騒な独り言をしていたが、まあいい。
 女に滅ぼされるほどヤワな公爵家ではない。

 そんなことよりも、俺は目の前でこちらを見つめる美女から目が離せない。
 アルハンブラ特有の黒髪は艶やかで、出会った時のボサボサ頭とは大違いだ。
 エメラルドの瞳に合わせたドレスが彼女の魅力を余計に引き立てる。
 陶器のように細やかで白い肌に今にも吸い込まれそうになり首を振る。

 そして何より。
 ささやかに開いたドレスの胸元から覗く膨らみが悩ましい。 
 たった一度きりだけ会った時のカリーナの記憶を慌てて呼び戻す。
 ボサボサ頭で薄汚い服をまとった子ども。
 これは本当に同じ人物なのか?

 しっかりしろ。俺はこんなに情けない男だったか?
 女の色気で頭がおかしくなるなどあってはならない。
 リンドは初めて感じる胸の動悸と下腹部の疼きを必死に抑える。

「驚いたな。まるでサナギが蝶になったようだ、カリーナ」

 さも冷静であるかのように、言葉をかける。
 こちらを見て驚いた顔をしているカリーナの姿もなんとも魅力的だ。

 だが、俺の仕事は残酷だ。
 俺はカリーナに、今後は奴隷の仕事は無しにして舞踏会に付き添うこと、例の時期が近づいてきたことを告げた。

 カリーナの表情が悲しみと憤りに満ちる。

「私は嫌です。そのような、見せ物になるのは」

 一瞬、心が揺らぐ。
 こんな顔をさせるほど俺は酷いことをしているのかと。
 だがすぐに正気を取り戻す。
 いや、無理矢理正気を保っていたという方が正しいか。

「奴隷だったお前に拒否権などないであろう」

 自分の仮面が剥がれないようにするために、無意識にキツい言葉が出てしまった。
 それまで悲しみを含んでいたカリーナの表情が、軽蔑を含んだ目つきに変わる。

 そんな目で俺を見るな。

 どうしたリンド・シークベルト。

 たった一人の女の機嫌も取れないのか、
 適当に優しい言葉をかけて上機嫌にさせて、高値で売り飛ばせば良いではないか。

 なぜそれができない。

「それが戦争で負けるということなんだ。カリーナ」

 とどめをさしてしまった。
 俺はこんなに馬鹿な男だったか?
 カリーナは氷のように冷たく、全てを見透かしたような蔑む目でこちらを見つめる。

 やめろ、やめろ、その目で見つめられると自分の至らなさを痛感させられるような錯覚に陥る。
 カリーナは何も言っていないのに、責められたような気持ちになる。

 従兄弟である国王と比べて至らぬ自分。
 何をするにもアレックスと比べられて、ありのままの自分を認めてくれる者はいなかった。

「……そのような目で私を見るでない。その目で見られると……やめろ! 」

 気がつくと俺はカリーナの元に近づき、その唇を奪っていた。

「んっ……!? 公爵さっ……」

 カリーナは抵抗したが、想像以上に触れた唇が心地よく、私はそのままカリーナの唇を離すことができなかった。
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