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第1章

シークベルト公爵家

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「ここが公爵様のお部屋よ。でもこのお部屋は私たち奴隷には掃除できないの。だから私も入った事がないわ」

 永遠に続くのではないかと思われるほど長い廊下を、ひたすら進んでいった突き当たりのお部屋。
 他の部屋とは明らかに違う重厚なドアに閉ざされた奥にはどのような光景が広がっているのであろうか。
 すでにドアの前から、入ってはならない雰囲気が漂っている。

「公爵様のお姿を私たち奴隷が目にすることはほとんどないわ。私も最後にお姿を見たのは二年ほど前だったかしら。まあ、お姿を見かけても話しかけることは許されないし、ジッと見つめることも無礼とされるの。もしお見かけする機会があっても、ただひたすら頭を下げて通り過ぎるのを待ちなさい」

 あれからジルとは少し打ち解けたお陰で、簡単な身の上話をしてくれるようになった。
 歳はカリーナの四つ上の十七歳。

 家族ぐるみで仲が良く幼馴染だった年上の男性と婚約していたが、父親の借金により婚約破棄されたこと。
 その相手はすでに、裕福な商人の娘と結婚してしまったこと。
 ジルを売り払った父母は、そのお金で新しく店を開き贅沢に暮らしているそう。
 公爵へ売り飛ばされてからというもの、一通の便りもないと聞き何とも複雑な気持ちになる。
 ジルの気が強くなる理由もわかるかもしれない。

「公爵様の隣のお部屋は、先代の公爵様……公爵様のお父様がいらっしゃった部屋よ。昨年流行り病で急逝されてからは、誰も立ち入る事なくそのままみたい。中を片付ける事も公爵様が禁じられているから、どうなっているかはわからないわ」

 現公爵リンドの父であるカレド・シークベルト前公爵は一昨年帝国で大流行した流行り病で亡くなってしまったらしい。
 まだ四十代半ばであったとか。
 カリーナの祖国アルハンブラでも流行病が流行したが、バルサミアの被害に比べたら微々たるものであったようだ。

 ジル曰く、大変賢く優れた当主であったらしく、領民達からも慕われていたという。
 無駄な浪費をせず、作物が多く取れた年には領民たちに寄付を行うなど、献身的に領地を支えていたらしい。
 公爵である父の急死により、当時十八歳だったリンドが急遽公爵となった。

「まだ十代だった公爵様に、自分の娘を妻として押し付けようと数多の貴族達が押し寄せたと聞いているわ。貴族同士の汚い争いや懐の内を目の当たりにするうちに、明るく快活だった公爵様が、徐々に今のような冷酷なお方になってしまわれたとも。公爵様の花嫁争いは今も続いているそうよ」

 だって、とジルは続ける。

「公爵様のお顔を拝見されたでしょう?まるで彫刻のようにお美しいもの。髪の色や瞳の色、全てが雲の上のお方と分かりつつも憧れてしまうわ」

 ジルはうっとりとした顔で話す。
 確かに見目麗しいとは思うが、感情が欠如しているように感じる。
 ……なんてことは口が裂けても言えなかった。

 ジルと話していて分かったことだが、彼女は公爵家のことに非常に詳しい。
 奴隷となって三年目だというが、カリーナもいずれはこうなるのだろうか。

「二階に公爵様のお母様である前公爵夫人のお部屋があるけれど、夫人も一昨年の流行り病以来お体が弱くなってしまわれたみたい。体調がすぐれない日が多いから、お部屋のお掃除や身の回りのお世話は昔からの側仕えの女中が行っているわ。だから私たちが立ち入ることは禁止よ」

 何か説明し忘れたことはないかとぐるりと屋敷を見回したジルは、そういえば、と話を続けた。

 「公爵様がお留守の間にこのお屋敷を任せられているのは、執事のトーマス様なの。私も数回しかお見かけしたことはないけど、とても寡黙なお方みたい。屋敷内で何か困った事があればトーマス様が対応してくださるときいているわ。まあ私たちの悩みに対応してくださるほどお暇ではないだろうけど」

 結局カリーナのような奴隷ができることというのは、屋敷の花瓶の手入れや窓拭き、廊下や大広間の掃除といったことくらいみたいだ。

 こうして彼女はジークベルト公爵家のために日々精進し、五年の月日が流れていく。
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