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第5章最弱魔王は悪魔のために頑張るそうです

第149話 憎しみの結果

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「私はね、勇君……両親が自殺した後にねすぐに小学校を転校したの。仲良かった友達と離れて一人ぼっちになってしまった。新しい土地にいっても皆が私を罵って仲間にいれてくれなかった。私は負け組だったの。だから、大学ではそうならないように努力した。極力、あの件の娘だということを知られないように……なのに――」

 天樹は悔しそうに歯を噛みしめる。人間椅子から立ち上がって、仰向けで横になるイサムを見下ろすように立つ。

「君が一緒の大学にいるんだもん。一気に復讐心が目覚めてきたよ。君を幸せから不幸に叩き落とせばどうなるんだろうって」

「……っ、じゃあ、僕に優しくしてくれたのは――」

「君に近づくため」

「僕を好きって言ってくれたのは――」

「君を幸せにするため。本当は君なんか全然好きじゃないよ。影無君は名前の通り、一人でずっと暗闇にいればいいんだよ」

 そう言うと天樹はイサムがプレゼントした指輪と袋に入ったままのマフラーをイサムに投げつけた。

「今なのいらない……気持ち悪い……! 君はプレゼントする自分に酔ってるのかもしれないけどセンス悪いね」

「ささ、天樹様。もう行きましょう。いつまでもここにいれば風邪をひいてしまいます」

「うん、そうだね」

 守人の男達に言われ、天樹は路地裏から去っていく。守人は先に人混みに紛れて溶け込んだ。

「私はもう幸せになれない……けど、君も絶対に幸せにさせない……じゃあね、影無君」

 天樹はそれだけを言い残すと人混みの中へと消えてしまった。
 一人残されたイサムは空を見つめる。歪んでいく空を見ながら叫びそうになった。だが、ショックのあまり、声は枯れていた。拳を握りしめて、腹いせを地面にぶつけることしか出来なかった――。


 イサムはボロボロだった。すれ違う人が一度はその姿に目を奪われぎょっとした。手には、ぶつけられ、いらないと言われた指輪が握りしめられていた。

(あぁ、憎い……全てが憎い……)

 すれ違う人達にも色々な感情がある。楽しい、嬉しい。悲しい、悔しい。幸せ、不幸せ。それは、当たり前のこと。全ての人間が幸せだということはあり得ない。それは、分かっている。だが、どんな感情だろうとイサムは社会に生きている人間全てが憎いと思った。
 笑顔を浮かべている人を見れば自然と天樹を思い返す。だが、その偽りの笑顔は頭の中ですぐに憎たらしい表情へと変わった。

(皆、死ねばいい……こんな世界どうなったっていい……俺をこんな風にしたのはこの社会だ――!)

 イサムは負の感情に包まれる。この世の全てがどうでも良かった。

優羽ゆうちゃん――!」

 女性の危機迫った声が響いた。周囲にいた全員が声のする方を見た。すると、そこには、幼稚園児程の小さな女の子が道路で転けていた。すぐそこには、女の子に気づいていないトラックが速度を保ったままならな迫っている。助けないと、まず助からない。だが、そんな勇気のある人は誰一人としていない。
 イサムも興味がなかった。小さな女の子がどうなったってどうでもいい。関係ない。無視して立ち去った。

「誰か……誰か、お願いします! 優羽ちゃんを助けてください……!」

 母親であろう女性は必死に訴える。だが、誰も動けない。目を合わせない。そうしている内にもトラックはどんどん近づく。

「イヤァァァーーー!」

 誰もが目を瞑った。もう、助からない――無惨な光景など見たくないからと。
 そして、案の定、急停止させようとしても止まらなかったトラックがぶつかる音が響いた。

「そん、な……」

 愕然と膝から崩れ落ちる母親であろう女性。大切な娘を失った絶望が襲う。

「……ま、ま……」

「……え?」

「まま……!」

「優羽ちゃん……!」

 信じられないことに女の子は生きていた。膝を擦りむき、血を流してはいるものの無事だった。

「じゃあ、いったい、誰が――」

 全員が視線を向けた。その先には、血だらけで誰かも判別できない死体が転がっていた――。


 ◇


「――そうして、俺は知らない間にこの世界に召喚されていた。召喚したのは――」

「アクロマ……だろ?」

「どうしてそれを……?」

 サタンはどうしてアクロマが召喚者だと知っているかの理由を答えるか迷った。しかし、それを答えるにはまだはなしてもらわなければならないことが残っていた。

「それは……後で答える。それより、その女の子を助けたのはお前でいいんだよな?」

「――ああ」

「どうして、助けたんだ? 話を聞いている限り、助けようとは思わないだろ?」

「――ああ、助ける気なんてなかった。けど、思ったんだよ。あそこで、あの子を助けたらいつかあの子も憎しみを抱くことになるって。だったら、あの子にもそういう憎しみを感じてほしいだろ? 人間がどういう気持ちになるかを分かってもらいたかったんだよ」

 イサムは本当に人間を嫌っているとサタンは感じた。

「そこまでして、お前は――」

「ふん、話を続けるぞ。アクロマに召喚された俺は訳も分からない状況だった――」


「こ、ここは、天国ですか? あなたは天使なんですか?」

 よく分からない場所にいたイサムの頭は混乱していた。世界に憎しみを植えつけるために自らの命を使った。つまり、死んだ。なのに、目の前にはよく分からない、背中に白き双翼を持つ凛々しい少女がいたからだ。

「ここは、天国ではなく、天界だ。そして、私は召喚天使であるアクロマだ」

「天界……? 召喚天使……?」

「まぁ、貴様はおいおい理解していけばいい。いきなりで頭がついていかないだろうからな……。貴様の名は?」

「い、イサムです……」

「では、イサム。今日から私がイサムの主人だ。私の言うことを聞け」

「い、嫌です。訳が分かりません。僕は……僕は――」

 イサムは死んでまで、こんなことになっていることに嫌気がさす。天界だといっても、所詮あの世界とは変わらず理不尽だと。

「別に、私はお前を傷つけるつもりなど微塵もない。ただ、ひとつ頼みごとをしたいだけだ」

「頼みごと……?」

「ああ……」

 すると、途端にアクロマの表情は深い憎しみと激しい怒りが含められた憎悪に変わった。その表情にイサムは怯んでしまった。

「私の両親を殺したヤツを見つけるのに協力してほしい。何もしていないのに殺された私の両親のために、私はヤツを始末せねばならんのだ!」

(――あぁ、この天使も僕と同じなんだ……僕と同じで両親を――)

 自分と同じ状況にあったアクロマの話を聞いてイサムは思った。やはり、どこに行っても理不尽は変わらないのだと。その理不尽で大切な存在を失ったのが自分だけではないのだと。

(だったら――)

「分かり……分かった。が協力する。その復讐を手伝ってやる」

 イサムの表情を見てアクロマは笑った。

「ふ、貴様も相当誰かを恨んでいるようだな。まぁ、だから、私の召喚術にかかったのかもしれないんだがな」

「ああ……俺は人間が嫌いだ。あの憎たらしい者達が生きているのを見るだけで虫酸が走る」

「そう言う貴様も人間だということに変わりはない。だが、ここは天界。天界には不思議な力がある。貴様には天能力というものが与えられ天力が体の中を巡っている。言うなれば、人間であり天使だ」

「それは、別にどうでもいい。もう、人間に興味はないからな」

「結構だ。期待しているぞ、イサム」

 何気ない言葉には違いない。だが、初めて誰かに期待されたことがイサムの心を微かに揺らめかせた。

「ふん……それで、俺に探してもらいヤツってのは?」

「ああ、殺戮の英雄という悪魔だ――!」
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