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第5章最弱魔王は悪魔のために頑張るそうです

第141話 魔王襲来

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 時は少し遡り――アズラの死刑執行日当日の魔界でのこと――。
 サタンは朝からサナが握ってくれたおにぎりを食べて食べて食べていた。ここ最近、どういう訳かサタンの食欲は以前より格段と上がり、いくら食べても満腹感を感じることはなかった。

「お兄にゃん、そんなにゆっくりしていて大丈夫なの……? 今日はアズラさんの――」

 サナは呑気にも見てとれるその行動に心配を感じるほどだった。

「……ああ、分かってる。けど――」

 義妹の心情を感じたサタン。口へ運んでいた手を止めてついた米粒を舐めながら答えた。

「――準備は整えてる。後は俺の体力をためるだけだ」

 答えると再びサタンはおにぎりを食べ出す。
 そう、準備は整えてあったのだ。その事をサタンは誰にも教えていない。サナにもフィルにもだ。それは、二人のことを信頼していないからじゃない。その準備が確実ではなかったからなのだ。

 サナが心配するのも当然か……急ごう……


 体力調整も完了し、サタンは天界へ向かう前にもう一度アズラからのノートを眺めていた。それ事態に特に意味はない。ただ、己の思いを揺るがせないためにだった。

「……っよし、行くか……!」

 今から行うのはアズラを連れ戻すための全面戦争といっても過言ではない戦い。心のどこかでは怖いと感じている自分がいるのも事実。だが、頬を両手で叩き部屋を出た。すると、扉の前でサナが待っていた。

「サナ……?」

「準備出来たの?」

「ああ、バッチリだ」

 サタンが意気込んで答えるとサナは大きなため息をはいた。そして、サタンの腕を引っ張ると別の部屋へと連れていく。

「お、おい、サナ?」

「いいから、黙ってついてきて」

 サナによって連れてこられた部屋は沢山の荷物が山積みになっている部屋だった。先代の魔王であるヨハネの時代に使われていたものなのか分からない物もある。

「こんな所に連れてきてどうしたんだ?」

「ハァ……お兄にゃん、その格好のままアズラさんを迎えにいくつもりなの?」

 サナが言うその格好とはジャージ姿のことである。自分の血が大量にへばりついており、正直みすぼらしい。

「そのつもりだけど」

 だが、サタンはそんなこと気にしない。気にもならない。当然のように答えた。すると、サナはワナワナと震えだした。

「……あり得ない! あり得ないよ、お兄にゃん!」

「なにがあり得ないんだ?」

「ヒロインを迎えにいくのにそんなダサい主人公なんて信じられないよ!」

 サナは興奮ぎみに前のめりする。その勢いにサタンは後退りしながら落ち着かせるように両手を前にした。

「だからって、俺にはこれ以外――」

「ちょっと待ってて」

 サナは猫のアオニャンの姿になると山積みになっている荷物の上を軽やかに登っていく。そして、口であるものを咥えるとサタンに向かって盛大にジャンプした。落ちる途中で人間の姿に戻ったサナを受け止めるサタン。

「これ、は……」

 咥えられたものを目を見開いた。
 サナはサタンから降りると咥えていたものを離し両手で差し出した。

「はい、お兄にゃん」

 それは、アズラがサタンに作った魔王だということを一目で思わせる衣装であった。黒い服に紺色のズボン。それと、赤いマント。それらが、綺麗に畳まれていた。

「なん、で……これが――」

 サタンはてっきり人間との戦いで魔王城を破壊された時、この衣装もなくなったと思っていた。その結果、大事にすると言っておきながらなくしてしまったことに罪悪感が芽生え口にすることはなかった。

「これ、お兄にゃんがいない時にアズラさんが大事そうに抱きしめていたの」

「アズラが……」

 アズラは内緒にしていたがその衣装にはアズラの魔力も使われている。そう易々と燃えたり破れたりはしないようになっているのだ。
 これからのことを思い、静かに思いをはせていた姿をアオニャンとしてサナは静かに見つめていたことがあった。だから、これがどういうものかは知らないが、アズラを迎えにいく時はサタンにこれを着ていってほしいとずっと思っていたのだ。

 サタンは黙ってジャージの上から服を着た。大きく作ってくれているお陰でジャージの上からでもすんなりと着こなすことが出来る。サナが目を隠している間にズボンを履き替え、マントを羽織った。

「――カッコいいよ、お兄にゃん……!」

 なんともいえない気持ちに陥っていたサタンを見てサナは笑いながら言った。

「ありがとな」

 出そうになった涙をグッと堪えてサタンは答えた。思い出の服を着てより一層士気が高まる。

「……っし、絶対アズラと一緒に帰ってくるぞ」

「うん!」


 サタンとサナは魔界城を出て外に出ていた。まるで、アズラの死刑を天使と共に祝福しているかのような晴天。

 けど、そんなこと絶対にさせねぇ……!

「じゃあ、私は変身するかお兄にゃんのポケットに入れてね」

 そう言うとサナは銃の姿に変わり、サタンの手に乗った。サタンは銃をズボンのポケットに大切にしまうと背中に黒き双翼を顕す。魔柱72柱の悪魔である〈梟の悪魔・ストラス〉の双翼……かつてはそうだった。だが、この時、双翼は歪な形をしていた。そして、その事にサタンは気づかなかった。
 サタンは宙へ舞うと天界へと向かってかつてない迅速な速度で飛んでいった。


 ◇


 サタンは一瞬にして天界に入るとそのままあの大きな天城が浮かぶ町を目指す。村のような場所の上空を抜けてフィルが住んでいた場所が目に入ってきた。

 あと、少し、か……

 サタンはそこで少し動きを止めた。気になることがあったからだ。

「やけに静かだな……それに――」

 先日は見上げていたはずの天城が今は見下ろす場所になっている。城が動くなどあり得ないはずが起こっていたのだ。
 そこへ、サタンを仕留めるように後方から一本の光のレーザーが音なく放たれる。レーザーは容赦なく襲いかかってくる。だが、サタンは振り向かないままレーザーを片腕で弾く。弾かれたレーザーは地面に衝撃を与えて消えた。

 煙が立ち上る中、サタンはゆっくりと後ろを振り向く。しかし、すかさず四方八方からレーザーが放たれた。
 サタンは急上昇、レーザーは同士でぶつかり合い消滅した。

「やはり、来たか……」

 サタンを囲み、逃がさないように戦天使達が現れる。その中のコセルがサタンを見つめ呟いた。

「また、お前かよ……どうやって俺を発見した? 簡単には見つからないと思っていたんだが……」

 サタンもコセルを見返して問う。
 この前みたいに、逃げ切れる状況ではない。助けもなければ、道筋もない。

「ふん、今日は天界にとってかけがえのない一日になる……誰がきても邪魔されないように盛大に警戒するのは当然だろう」

 戦天使は天界を守備するためにあちこちに配置されていた。その中の一人が高速で飛ぶ異常者の姿を目にしたのだ。

「あっそ……まぁ、なんでもいいや。それで、どうするつもりだ?」

「どうするつもり……そんなの決まっているだろ。貴様を捕らえ、アルトノリア様の邪魔をさせない」

 コセルは槍を掴むと臨戦態勢へと入る。周囲の戦天使も両手を前にし、レーザーを放つ態勢へと入った。逃げ場なし。絶体絶命。だが、サタンには妙な自信がみなぎっていた。

「いいのか……俺にばかり構っていて」

「なんだと?」

 サタンの言葉にコセルは敏感に反応した。そして、俊敏に周囲を見渡した。他の仲間がいるかもしれないということが頭を遮ったからだ。しかし、やって来たのはサタンの仲間ではなく、同じ戦天使の一人だった。

「た、大変だ!」

「どうした?」

「町に……町に五体の魔物が……!」

 その言葉を聞いてサタンは唇を小さく緩ませた。
 準備していたものを信じ切った訳ではない。それは、サタンにとっての敵に値する者との約束だったからだ。しかし、町に魔物が現れたということは協力だけはしてくれたということだ。

「さぁ、戦いの幕開けだ――!」
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