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第5章最弱魔王は悪魔のために頑張るそうです

第137話 英雄になりて敵になる

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 静まり返った静寂の中、冷たい風が髪を通り抜けて吹いていく。アズラは周囲には広がる死体の真ん中で立っていた。

(終わりました……)

 なにも解決していなく、本当に終わったわけではない。だが、アズラの役目は一先ず終わった。死んでいったみんなの仇を討てた。

(帰りますか……)

 いつまでもここにいたって仕方がない――アズラは魔界のあの場所へ転移した。


 魔界の空間に渦が現れ、中からアズラが通り出て地に立った。アズラは数時間ぶりに魔界に帰ってきた。周りには赤く広がる同胞の血と綺麗な敵の屍。以前の魔界とは随分変わってしまった。
 アズラはただ無言だった。無言で立ち尽くしていた。背中の双翼と頭に現れた金色の二本の角は消えてなくなった。

「終わりましたよ……」

 ポツリと口にする。誰が聞くわけでもなく、誰が返事をくれるわけでない。それがひどく悲しかった。

「……ぅ……ぅぅ、っ……ウワアァァァァァアアアアン――!」

 目から大粒の涙が頬を伝って地面にボタボタと落ちていく。膝をついて泣き続ける。

「お母さん……お父さん……私……私――」

 アズラの大好きだった者達はもういない。どこにも、姿もない。見ることも触ることも弔うことも出来ない。

「これからどうしたらいいの……」

 いつまで泣いても慰めてくれる者もいない。やがて、魔力の使いすぎと体力がなくなっていたアズラは死体を横目でみた。そして、自らの行いを思い返した。友の親を殺し、沢山の命を終わらせた。だけど、それは正しいことだと思ったからだ。
 ――けど、違うことに気づいた。家族を失い、仲間を失った。だけど、友達をも失うことはなかった。この世界の均衡を壊したのは天使と人間。だけど、自分達が住む大切な世界を壊したのは自分も同じなんだとアズラは思った。

(私と同じような目に遭った者はいったいどれくらいいるんでしょう……)

 敵である天使と人間の心配をするアズラ。仲間を失い、家族を失い、友達をなくした者はこの戦いでどれだけいるのか。それは、誰にも分かることではなかった。

(私はなんてことをしたのでしょう……あの時の私は――)

 明らかにおかしかった時の影響で頭はしっかりしていても体がやはり限界を迎えていた。意思とは勝手に地面に吸い込まれていくかのように前へと倒れていく。

(ごめんなさい、お母さん、お父さん……私も彼等と同じ――)

 自分にされたからといって相手と同じような行動をとってしまったことに涙する。同胞の血に包まれながら心と体が汚れていくのを感じながらアズラは意識を失った。

 この日、魔界と天界、そして、人間界による戦争――三界戦争は終結した。たった一人の少女の手によって。しかし、それは、なにも終わってはいなかった。残された問題が沢山あるなか新たな意志が誕生していく。
 この戦争を終わらせた少女――アズラ。彼女のことを知るも知らないも関係なく、皆はこう呼んだ――殺戮の英雄、と。
 しかし、どこへ消えたのか。殺戮を繰り返し、戦争を終わらせたその英雄を見たものはこの先誰も現れなかった――。


(――私はあの後、無事でいてくださったヨハネ様に助けていただいたおかげで今日まで生きてこれたんです……ですが、もう――)

 アズラは真実をアクロマに話せなかったことを今も後悔している――いや、それだけじゃない。あの日、あれほど憎んだ天使と人間と同じになってしまったことを後悔した。

(あの時、私は生き延びました……だから、もう十分です。これ以上生き続けていればサタンさん達にも何が起こるか分かりません……ですから、私はもうこのまま死を待つだけ――)

 アズラは目を閉じて静かに眠りについた。また明日、アクロマに話せるように頑張ろうと思いながら――。


 ◇


「――そうやって、アズラは戦争を終わらせたの……誰も救うことは出来なかったけどね……」

 フィルはサタンに話した。アズラのこと。そして、どうしてアズラが殺戮の英雄と呼ばれるようになったのかを。
 サタンはしばらく何も答えられなかった。アズラのことを考えると何を答えていいのか分からなかったからだ。しかし、これだけは分かった。

「……誰なんだ、悪魔を滅ぼそうなんて言い出したやつは……!」

「そんなの私は知らない。あれは本当に突然だった。一人の天使が悪魔を怖がりだしていつしか伝染していったから」

 肝心な所は誰も知らない。それは、この世界に住む者誰に聞いても答えることの出来ない質問。

「……っ、アズラは本当に殺戮の英雄なんだな……それで、お前の両親もアズラが――」

「さぁ、それは分からない。私のパパとママは傷ついて死んでいたらしいから……」

 フィルは口をつぐんだ。

「……悪いな、悲しいこと思い出させて」

「ううん、大丈夫。アズラがやったって信じてないから」

「そもそも、どうしてお前はそんな話を……それに、アズラから俺に話してくれるよう頼まれたって……」

 フィルが話すことは辻褄が合わない。アズラが消えたのならそんなことは伝えられていないはず。しかし、フィルの口からはちゃんとアズラという名前が出てきている。おかしな話だ。

「ちょっと前くらいにねアズラが私の前に現れたんだ。いつかはこうなる時がくるかもしれないからって……だから、どうしてこうなったのかをあなたに伝えてほしいってね」

「アズラがお前の前に……」

「そう。多分、あなたが現れて少しした頃だと思うよ」

「そう……」

 アズラはサタンの知らない所で着々と準備をしていたのだ。いつかこうなることを予想して。そして、まさに今それが行われている。

「でも、どうしてアズラの話を信じたんだ? お前もアズラのことを……憎んでるんじゃないのか?」

「ああ、だって私は別にアズラのことを敵なんて思ってないもん。確かにね、アズラは沢山の人と天使を殺した。でも、それって仕方ないことだと思う。いきなり訪れてきた時はびっくりしたけど話を聞いて分かったんだよ」

「何を……?」

「やっぱり、アズラは仕方なくやったんだって。そして、私は今もアズラのことを友達だと思ってるんだって。だから、私はアズラの味方をすることに決めた。当然、あなたの味方をすることにもなるから」

 フィルはそう言った。だが、サタンに新たな疑問が浮かんだ。

「どうしたの? ずっとだんまりで」

「どうしてアズラは俺には何も言ってくれなかったんだろ……それに、なんでアズラは俺を魔王なんかに……もう魔界は救えないんだったら俺なんかいなくたって――」

 パチン――と、弱くてもしっかりとした強い思いが込められているような音がした。

「なにを……」

「君はアズラの気持ちをなんにも分かってないんだね」

 サタンの頬を叩いた手をさすりながらフィルは椅子から立ち上がった。そして、椅子を戻すと戸棚を開けてある一冊のノートを取り出した。

「なんだよ……アズラの気持ちって……教えてくれよ。味方なんだろ!?」

「それは、自分で考えないとダメ」

 フィルは家の扉を開けた。

「そろそろ見張りも寝た頃かな……さぁ、いつまでもいないでもう帰って。またいつ疑われるか分からないから」

 サタンは無言のまま言われた通り行動した。味方だと言ってくれたのに態度が一変したフィルを睨んでも意味がないと分かってていても睨んでしまいながら。

「そんなに睨まないで。これからどうするかはこれを読んで自分で決めること」

 フィルは手にしていたノートをサタンに手渡した。俯瞰に思いながら受け取ったサタンは口を開いた。

「……なんだよ、これ?」

「アズラからの預かりもの。それを読んで自分はどうしたいのか考えて。結論は出来るだけ早く出すこと。アズラの死刑まであと今日をいれて四日だからね」

「アズラが死刑……?」

 衝撃の事実に自然と声が強ばった。

「そう、昨日……あ、もう一昨日か。アクロマが来てね、アズラが死刑させられることを伝えられた。最後に何か言いたいことがあれば伝えるから何かないかって聞かれたよ。何もないって答えたけどね」

 フィルの話なんてサタンの耳に届いてなどいない。アズラが死刑されるということが目まぐるしく頭を埋めていく。

「クソッ……!」

 今すぐにもアズラの元へ向かおうとしたサタンだがフィルに腕を掴まれ止められた。

「離せ! 俺は今すぐアズラを助けにいかないといけないんだ! さもないとアズラが――」

「今いってもダメ。すぐに捕まっておしまい。あそこを見て」

 フィルは宙に浮かぶ大きな城が乗った岩を指差した。

「あれは天城。あそこの地下牢獄にアズラは入れられてる。あそこなら他の者から危害を加えられることはないから今は大丈夫」

 そう言われてもサタンは信じられない。だが、フィルの言う通り今すぐ向かっても捕まることは自分自身が一番よく分かっている。それほどサタンには力が足りないのだ。

「少なくともあと四日は無事。だから、それを読んで自分の気持ちと向きあって」

 フィルはサタンの手を離した。

「分かった……」

 フィルが本当に分かっているのか心配になるようにフラフラと宙に浮かぶサタン。そして、そのまま力なく魔界へ飛んでいくのをフィルは見送った。


 サタンが魔界に無事帰った頃には朝になっていた。フィルの言っていた通り、天使と出会すこともなく安全に帰ることが出来た。ただ、それだけなのに体は随分と疲れていた。
 サタンは地下へと向かう赤褐色の蓋を開け地下へと潜る。そして、魔界城の扉を開けた。

「あ、お兄にゃん。おかえりなさい。起きたらどこにもいないからびっくりしたよ。どこに行ってたの?」

 心配していたサナが声をかけてくる。しかし、それにサタンは反応を示さず黙ってすれ違った。

「あ、あれ、お兄にゃん……?」

「一人にしてくれ……」

 サタンはそのまま部屋に入ると扉を閉める。背中を扉にもたれさせ、ずるずると崩れ落ちていった。

 俺はどうしたらいいんだよ……誰か教えてくれ……!
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