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第4章最弱魔王は勇者のために頑張るそうです

第113話 諦めない力

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「メルを返してもらう、だと……その傷だらけの体で何をほざく」

 サタンの体はガドレアルの言う通り傷だらけ。立っているのがやっとである。今にもメルにつけられた傷から血が大量に噴き出すかもしれない状態だ。

「そ、そうです……私に任せてサタンは休んでて下さい」

 傷だらけのサタンに代わりもう一度前に出ようとするメル。しかし、サタンは腕を伸ばし前に出させない。

「いいから……俺がやる――っ!」

 サタンはそう言うと走り出した。傷だらけの体は思うように動かせない。とてつもなくノロノロの状態だ。しかし、それでも魔柱72柱の悪魔――“美男の悪魔・セーレ”の超高速の能力で補足し一般的な速度で走る。

「くらえ、ガドレアル――!」

 サタンは左足で地を蹴り、宙に浮かぶと右腕を引き、ガドレアルに向かって伸ばすが――

「いけません、サタン。ガドレアルには――」

 メルの止める声も聞かないでサタンはうつむいたままのガドレアルを一発殴り飛ばすためにそのまま動く――

「止まれ――」

 と、サタンの拳がガドレアルの顔に当たる寸前、どういうことかサタンの体がピタリと宙で停止した。

「グッ……」

 ぐぐっとサタンは体を動かそうとするがどうしても動かない。

「どういう、ことだ……」

「人の話はちゃんと最後まで聞かないといけないって教わらなかったのか、魔王様ァ!」

 魔王がただの人間風情に目にも見えない不思議な力に宙で停止させられている姿はものすごく滑稽だ。

「ガドレアルの能力は動きを止めることなんです!」

「なっ……洗脳だけじゃないのか!?」

「その通りだ。俺は俺に少しでも忠誠心があるやつはこの三つ目で見なくても洗脳出来る。さらに、それだけじゃない洗脳は洗脳を引き起こす」

 ガドレアルは額にある三つ目を開眼させながら堂々と言う。その三つ目はサタンを既に見つめ始めていた。

「そして、メルやお前みたいに俺に忠誠心がないやつは動きを止めてただ洗脳すればいい。これで、俺は必要な時に人間を利用し必要な人間だけを準備することが出来るのだ――!」

 自分の能力に酔いしれ高笑いを上げる。大きく、図太い笑い声が王城内に響く。

「くだらねぇ……」

「何?」

 サタンの声にガドレアルの笑い声がピタッと止まる。

「くだらねぇって言ったんだ……確かに必要な人間だけで生きているのは俺も一緒だ。けど、誰が誰にとって必要かはそれぞれが決めることだ。ましてや、お前が必要だと決めて必要じゃない人を消していいわけない!」

 サタンは思い出していた。町で見たあの光景を。襲いかかってくる人々の姿と襲われる人々の姿を。
 そして、やはり思った。こいつだけは一発殴らない気がすまねぇ……と。

 人間は俺を沢山殺した……その恨みが消えることはない――!
 だから、人間のためとは思わない……俺が単純にアイツにムカついたから――それだけだ!

「ただの少年風情が生意気だ」

 自分に対しての激しい怒りを露にするサタンに気分を悪くしたガドレアルはあえてサタンの体にある腹部の傷口を下から殴り上げた。
 傷口にジンとくる痛みに口から血を吐き出してしまうサタン。

「貴様にはとっとと退場してもらいたいが先程の礼をせねばならん。その上で貴様にとって最悪な死に方を俺が作ってやろう」

 ガドレアルは先程の魔力攻撃を受けたことも根にもっており、ここぞとばかりに動けないままのサタンを次々と殴っていく。サンドバッグ状態のサタンはただ耐えることしか出来なかった。

「サタン……」

 どんどん傷が増えていくサタンを見つめ、メルは何も出来なかった。助けようとしても、もしもまた洗脳されたらと思うと足を踏み出せない。

(私はなんて弱いんでしょう……サタンは私に何度殺されても私を助けてくれた。それなのに私はもしものことばかり考えてサタンを助けにもいけない……勇者失格です)

 メルは今一度自分の弱さに落ち込んだ。
 本当に三流勇者だ、情けない――と。

「そろそろ気分も晴れた。では、そろそろ退場してもらうとしよう」

 サタンを散々痛めつけたガドレアルは満足し、額の三つ目でサタンに洗脳をかけ始める。

「魔王よ魔王。貴様は勇者と戦い、敗れて殺されろ」

「クッ……」

 サタンの脳をガドレアルの言葉がグルグルと回る。まるで、その事しか考えられなくなるように。

「私は嫌です。サタンと戦うなんてこれ以上……」

 ガドレアルの言う通りにはならないと言い返すメル。
 しかし、それは口だけの抵抗でしかなかった。

「なっ……どうして勝手に体が……?」

 メルの思考はハッキリとしている。サタンとは戦いたくない、と。だが、自分の意思とは関係なく、体がゆっくりと歩き出してしまう。

「洗脳を受けていないのに……」

「無駄だ。俺の洗脳は洗脳を受けた奴がそうなるようにする。それは、洗脳を受けてない奴も同じ様に動かすということだ」

 つまり、メルと戦い殺されて死ぬ――という洗脳を受けたのはサタン。それ自身の洗脳をメルは受けていない。だが、洗脳を受けたサタンがそうなるようにメルも擬似洗脳にかかったというである。

「これが俺の最高洗脳――他人同一同様時洗脳《ジ・アザーズ・ブレインネハインド》だ」

 メルと戦え、メルと戦え、メルと戦え――
 そして、死ね死ね死ね死ね死ね――

 ウルサイ……頭の中でゴチャゴチャとしつこい……どれだけそう言われようと俺は――

「そろそろ魔王も洗脳に堕ちたころか?」

 苦しみから楽へと変わり、静かに落ち着いたサタンを見てメルは絶望し、ガドレアルは笑みを浮かべた。

「そんな……」

「そろそろ解放するとしよう」

 そう言った途端、サタンの体は宙から落ち静かに自由になった。そして、自分の思いとは関係ないように後ろを振り返る。
 そのサタンに向かってゆっくりと近づいていくメル。

「止まって……止まって下さい!」

 足に向かって言うが止まらない。

(いや……このままだと私がまたサタンを――)

 サタンは静かに右手を握り魔力を込める。魔力が拳を覆い、必殺の用意が完了となる。

「サタン……思い出して下さい。私はもうあなたとは戦いたくありません!」

 ユニケンを掲げ、振り下ろす前に強く言う。自分がそうだったように……せめて、何もしないよりは想いを伝えることで何かが変わるかもしれないから――

「無駄だ、メル。ソイツはもう俺の言いなりだ。だから、せめてもの情けで早く殺してやるといい」

 自分では振り下ろしたくないと思っていても体は勝手にユニケンを振り下ろそうとする。

「っ、ごめんなさい……」

「くたばれ、魔王!」

 ユニケンが勢いよく振り下ろされる――

「くたばるのは――お前だ、ガドレアル――!」

「何っ!?」

 振り下ろされてくるユニケンを交わし、即座に振り返ると全身の力を振り絞って地を蹴った。

(なんだ……何故、魔王が俺に向かってきている……!?)

 自分に向かって飛んでくる魔王。予測もつかない、現状も理解出来ない状態でガドレアルは自分を守るように両手を前に出す。そして、すかさず動きを止めようとした。

「止まれ!」

 ピタリと宙で制止するサタン。自分にはあの魔力を纏った拳は届かない――そう思い、表には出さないがホッとした。
 しかし、それも束の間のことだった。

「止まるかよ!」

 サタンの体は解除されていないにもかかわらず動きだし――

「魔王パンチ――!」

 ガドレアルの顔面にサタンの拳がめり込み、激しくぶっ飛ばした。

「どういう、ことだ……」

 僅か数秒の出来事。ガドレアルは鼻血を出しながら背中を勢いよく床に叩きつけられた。

「ハァハァ……俺は暗示をかけた――」


 ガドレアルの洗脳が頭の中を駆け回る中、サタンは対抗していた。絶対にメルとは戦わない、と。そして、その強い想いにベリスは反応した。

 ――魔王様の想いは分かった。ならば、その想いを絶対に捨てるでない。そうするならば、我は必ずや洗脳を上回る嘘を魔王様にかけよう。嘘は本当になるのだからな――。

 そして、サタンは自分に嘘がかかるよう強く想った。

 俺には何も効かない……俺はメルとは戦わない――!

 その想いにベリスは反応し、メガネの奥に光る両目の赤き輝きを増した。

 ――これで、魔王様の体は洗脳を逃れた。

 そんな簡単に洗脳から逃れられるものなのか?

 ――いかにも。洗脳など何か一つ小さなことでも変えることが起これば解けてしまうものなのだ。魔王様には我が、あの少女には魔王様がいる。きっかけさえあれば洗脳など怖くもなんともないものなのだ――。


「俺はお前の言いなりにはならない……俺はメルとは戦わない――!」

 ふぅ、良かった……アイツをぶん殴ることが出来て……

「サタン……?」

 ふらふらとよろめきながら静かに前へと倒れていくサタン。全ての力を出しきったのだ。もう、魔力もサタンの体にはほとんど残っていない。

 俺の役目はここまでだ――

「――後は頼んだぞ、メル」

 サタンは分かっていた。今の一撃だけでガドレアルを倒すことなど出来てはいないのだと。だからこそ、示した。ベリスに言われた通り、洗脳など怖くもないものだということを。

「マオォォォォ――」

 サタンの分かっていた通り、ガドレアルは倒せていなかった。今や鼻血はサタンに殴られたからなのか怒りでなのか分からないが鼻血をボタボタと垂らしながら起き上がる。

「痛い……痛いじゃないかぁぁぁ! 殺してやる……殺してやるゾォおォォ――!」

 ガドレアルは懐に隠してあったナイフのような小さな刃を取り出しうつむきのサタン目掛けて勢いよく振り下ろす。
 しかし、カキン――という音と共に刃は弾かれ彼方へと飛んでいく。

「サタンは殺らせません……私が守ります!」

「メル……貴様ぁぁぁぁ!」

 ユニケンでガドレアルの刃を弾いたメルは続けざまに斬りかかる。一振り、二振りと斬りかかるがガドレアルはそれをギリギリの所で避けて後ろへと下がる。

 連続で斬りかかってくるメルを交わしていたガドレアルだが一度だけユニケンの先端に頬をかすられ血が伝う。そのことに益々激怒したガドレアルはお決まりの停止を発動した。

「止まれ!」

「クッ……」

 メルの動きがまた止められた。
 しかし、メルは諦めてなどいなかった。動かすことは出来ないと分かっていても懸命に動かそうと試みる。諦めないその目にガドレアルは見覚えがあった。

「父親と同じ目で俺を見るな!」

 その目はエメを殺す際、最期にしていた目と同じだったのだ。その事がこの時のガドレアルには心底虫酸が走った。

「父親と同じ……? どうしてあなたがお父さんと今の私が同じ目をしていると知っているんです?」

 メルにはガドレアルの言うことが分からない。直接自ら手を下していないにしろ経緯的にエメを始末したのは魔王だと――そう教えられているからだ。
 だったら、どうしてエメが今の自分と同じ目をしてガドレアルを見たのか……検討がつかない。

「そんなの俺がお前の父親を殺したからに決まっているだろう!」

「……今、なんて……? お父さんを殺したのは魔王なんじゃ……」

「あんなのは嘘だ」

「……っ、どうしてそんなこと……あなたがどうしてお父さんを!」

 ガドレアルの言うことが信じられないメルは何も信じられない。ただ、怒りに任せることしか感情を出せない。

「全てはお前を手にいれるためにやったことだった……なのに、お前は俺の思い通りにはならない――」

 本来ならあの日、エメを始末した瞬間に全てが決まったはずだった。エメを失ったラエルからメルを引き剥がし王城へ連れ、いづれ魔界と天界と戦う時のために完璧な勇者として育てる。その完璧な勇者を生み出すために勇者の血をガレアとドレアに移植し、戦わせ成長させるために新たな勇者を生み出した。
 そして、予想もしていなかった三界戦争が起こった――だが、三界戦争にはまだ完璧な勇者としてなって成長していないメルを戦場へと出していない。それどころか、魔界は自ずと滅んでいってくれた。
 これで、残る天界を滅ぼし世界を手にいれることが出来る……その為だけにメルを完璧な勇者とする――

「後少しだと思っていた……後少しで俺の望みは叶っていたんだ。なのに――」

 消えたはずの魔王が現れたという話が舞い込み、メルを成長させるために魔界へと向かわせた。魔王を倒すことが出来れば十分に強くなった――世界を手にするために動こう、そう思っていた。

「お前はまんまと魔王に言いくるめられ俺の元へと帰って来ない。俺はいつまで経っても世界を手にすることが出来ない」

 ガドレアルは制止したままのメルに向かって苛つくほどの自分勝手な都合を言いつける。

「……っ、そんな……そんなどうでもいいことでお父さんを……お父さんがいなくなって私とお母さんがどれだけ泣いたか分かっているんですか!」

「どうでもいいことなどではない。俺にとっての夢なんだ。その夢をいつまで経っても叶えられていないのは全て貴様のせいだ。魔王」

 ガドレアルはメルから視線をサタンへと写し、睨んだ。だが、力を使い、起き上がるのも今はままならないサタンは何もすることが出来ない。

 メルのためにももう一回ぶん殴ってやりたいが……

 体が痺れて言うことをきかない。

「貴様がどういう経緯で今も生きているのかは分からん。だから、動かなくなるまでメルを洗脳し何度も殺させる」

 ガドレアルは三つ目でメルを見、口を開いた。

「さぁ、メルよ。魔王を殺せ。今度は自分のためでなく俺のために動くのだ!」

「嫌、です……ァァァァァァ――!」

 強い洗脳がメルを襲う。
 魔王を殺せ――その言葉だけが頭の中を巡り、さっきまで怒っていた大切な事も消えてしまいそうになる。

(どうしてあれほど私は憎んでいたのでしょう……何も分からない……今はただ魔王を理由《わけ》もなく殺したい気分でいっぱい――)

「フハハハハハ、既に衰弱しきっている貴様にはもうどうすることも出来ん。大人しく、家族に殺られていろ」

 そうだ。気に食わない奴は全て消せばいい。そうやってこれまで生きてきた。妻も娘も息子も王城にいる傭兵騎士達も――皆、自分のコマなのだ。

 ガドレアルは遂に魔王を本当に消せるのだと確信した。この状況では誰も助けになど来るはずもない。だから、これでようやく自分の望みが叶えに動き出す、と。

 しかし、サタンはまだ諦めていなかった。この何も出来ない状態であっても出来ることが残っているのだと。

「それは、どうだろうな……」 

「なに……?」 

 顔を上げてニヤリと笑うサタンに訝しげに反応するガドレアル。

「一体、何をするつもりだ?」

 サタンはガドレアルの問いかけには答えず大きく息を吸い込んだ。
 そして――

「メル、よく聞け。そこに、お前のお父さんがいるぞ――!」

 意味の分からないことを大きく言った。そして、そのまま静かに倒れた。

「何を意味の分からんことを……」 

 ガドレアルは少しだけだが心配した自分を嫌いながら魔王がとった最期の行動を嘲笑う。

「さぁ、メル。俺のために動け」

 洗脳にかかり中のメルへ最後の一押しだともう一度強く言った。


(お父、さん――?)

 メルに届いていたサタンの言葉。しかし、メルにとってもそれがどういう意味なのなかは分からない。ただ、何か重要なことだと忘れかけていた記憶が止まる。

(いや、どうもありませんね。私にお父さんなどとうの昔からいないんですから……ここにいるはずありません……)

 そうだ、お父さんの存在などあるはずがない――
 そう思い出したメルは洗脳という暗闇に呑み込まれようと全身を包まれるように目を瞑った。しかし、その瞬間あり得ないことが起こった。

 暗闇の中で起こる一筋の光。そのあまりにも眩しさに思わず目を開けて信じがたいものを見た。

「まったく、サタン君。僕は君に感謝の気持ちでいっぱいだよ」

「お、お父さん――っ!?」

「やぁ、メル。大きくなったね」

 光と共にそこに現れたのは守護霊としての役目を終え、サタンにメルを助けるよう頼んで消えていったはずのメルの父親――エメだった。
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