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第4章最弱魔王は勇者のために頑張るそうです

第111話 魔王と勇者父

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 真っ二つに縦断されたリヴァイアサンは断末魔の叫びを上げて海へ深く深く沈んでいった。

「ハァハァ……」

 エメは全ての力を出しきった反動で剣を砂浜に刺さないとまともに立つことも出来ない状態だった。姿もすっかり元に戻り、初めより痩せ干そっているように見える。

(エクス・カリバーは勇者の必殺技……いつかはメルも自分で気づいて出来るようになるんだろうな……)

「ラエルさん、メル、やったよ。僕は生きてる……すぐ帰るからね――」

 エメは振り返った。愛する二人が待っている自分の家に帰るため。

 しかし、その瞬間エメの体を剣が貫いた。

「……何、を……!?」

 エメは自分を刺している者に向かって小さく聞く。

「ククク……ハハハハ。よくやった、勇者エメよ。よくぞリヴァイアサンを倒してくれた」

 エメを刺している男はガドレアル。エメにリヴァイアサン討伐に加わってほしいと頼んできた張本人だ。
 そのガドレアルがどういう訳かエメを刺している。意味が分からない。

「グアァァァァ――」

 ガドレアルが勢いよくエメの体から剣を抜き去る。エメの体からはじんわりと血が滲み出し前に倒れていく。

 反撃をするほど、また、ここから逃げ出すことが出来るほどの体力などもう残っていない。
 それでも、最後までエメは諦めない。海水の中であがき、腕を這いずって動く。

(最期にこれだけは――)

 エメはポケットからケータイを取り出し、起動させる。

(良かった……まだ動く)

 ケータイは水に濡れながらもなんとか動いてくれた。

 そして、エメは使いたくなかった、もしもの時のために書いていたメールをラエルへ送ろうと試みる。
 が、ガドレアルにもう一度体を剣で貫かれそれは出来なかった。

「よ、良かったのですか……?」

 一人の傭兵騎士がガドレアルの異様な行動に驚きながら恐る恐る質問する。エメは遠退く意識の中、うっすらと話し声を聞いていた。

「何がだ?」

「いえ、その~……勇者を刺したりして良かったのかと……」

 自分が刺されないよう、ガドレアルの機嫌を損なわないように聞く。

「ふっ……これでいいのだ。これが、俺の本当の目的なのだからな」

「と、言いますと……?」

 ガドレアルの言っていることが益々分からない。傭兵騎士達にもこのことは伝えられていなかった。リヴァイアサンを討伐するとしか伝えられていなかったのだ。

「俺は勇者の血が欲しかった。そのため、リヴァイアサンを狂わし、勇者が戦うように練っていたのだ」

「そ、そうだったんですね」

「これで、また俺の野望の為の準備が一つ成された――」

 エメは全て聞いていた。だが、何も覆すことが出来ない。

(ラエルさん、メル……ガドレアルには気をつけ……て――)

「さぁ、勇者の死体を持って帰るぞ。帰ったら勇者の嫁にこれを返しに行け」

 ガドレアルはエメの手から落ちたケータイを拾い上げ傭兵騎士に手渡した。

「金は――まぁ、払わなくていいだろう。どうせ、一人になる。使い道もないだろうからな」

 ガドレアルは残った傭兵騎士達と共に馬車に乗るとその場を後にした。

 リヴァイアサンという伝説の聖獣を狂わし、ただ一人の勇者という血を得るために実施されたこの討伐戦。生き残った者は全て王城関係であり、全てガドレアルの思惑通りに達成された――


 ◇


「僕はリヴァイアサンに敗れた訳じゃないんです……ガドレアルに殺されたんです」

「なんて奴だ……ガドレアル」

 サタンはこれまでガドレアルの冷酷さについて幾度も聞いたことがある。だが、エメの話を聞いて今まで以上に痛感させられた。ガドレアルの他人の命をなんとも思っていないということに。

「リヴァイアサンも可哀想なんです。ガドレアルに操られ僕達人間に討たれ――なのに、メルにはリヴァイアサンは魔王に操られ僕を殺したと嘘を教え込ませてい洗脳している」

「だから、メルは俺を殺したのか――」

「ええ……」

 エメはサタンに対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。娘が命を奪ったのに娘を助けてほしいと頼むなんて我儘にも程がある。

「……良かった」

「え?」

「メルは俺を本当に殺したくて殺したんじゃないんだな」 

 そうだ。メルは洗脳されてるだけなんだ。本当に俺を殺したいと思ってる訳じゃないんだ。だったら、それだけで十分だ――!

「サタン君……メルが本当にゴメンね」

「いいんですよ。元々、そういう約束だったし」

「それで、メルのことは――」

「もちろん――助けます」

 メルが洗脳されているだけだったら考えは既にある……!

 サタンにはメルを助け、取り返す算段が既に出来ていた。

「……ただ、俺は不器用です。娘さんを傷つけてしまうかもしれません」

「大丈夫。メルはそんなやわな女の子じゃないから――」

 一切の迷いなく言い切るエメにサタンは父親というものを感じた。

「それに、君になら娘を任せられる」

 どういう意味で任されたかは分からない。だが、サタンはしっかりと返事した。

「必ずメルを助けます!」

「僕がいられるのも限界のようです」

 エメの体が薄くなる。守護霊がこれからどうなるのか分からない。だが、守護霊を辞めてまでサタンにメルのことを頼んだエメ。悔いがないとは言えないが後はサタンを信じるだけ。

「メルを――娘を頼みます――」

 エメの体はスゥーっと消えていった。暗闇の世界で独りになったサタン。

 後、六回か……頼むぞ、お前達――

「俺に力を――!」


 ◇


 パチパチパチパチ――

 一人の少年の死体の前で睨むように見下ろす少女。その後ろから、大きな拍手が聞こえてくる。

「よくやった、メル」

 その呼び掛けにメルは少年の死体から目線を退けて後ろを振り返った。大きく手を動かし、素晴らしいという風に拍手をしているガドレアルをじっと見つめる。

「これで魔王は死んだ。お前が殺したんだ。お前は復讐を果たしたんだ」

 それを聞いた途端メルの目から一粒の涙が無意識の内に流れ落ちた。その涙の意味がメルには理解出来ない。

(ようやく憎い魔王を殺せた……なのに、どうして――こんなにも胸が痛む……?)

「お前の目的は果たせた。次は俺のために働いてもらうぞ――天界を滅ぼしに行く。来い、メル」

 メルはガドレアルの元へ歩いていく。

(これで、俺の世界の王となる野望が叶う……もう少し、後少しだ――!)

 ガドレアルはメルが前にまで来ると後ろを振り返り歩き出す。メルはその後ろを黙ってついていく――

「……おい、メル。どこに行こうとしているんだ……? 俺はまだ生きているぞ――!」

 メルとガドレアルはその声に敏感に反応した。そして、ゆっくりと後ろを振り返った。

「何故だ……何故、まだお前が生きている……?」

 この時、始めてガドレアルが驚きを見せた。目の前の魔王という存在に。

 サタンは足元をふらつかせながらゆらゆらと立っていた。メルを助けるために、エメとの約束を果たすために――。

「……っち、殺れ、メル」

 質問に答えないサタンに苛立ちを露にしながらメルに命令する。メルは黙ってユニケンを掲げて飛び出した。

 サタンはメルが突っ込んでくるのを目にした。しかし、避けることもしなければ逃げることもしなかった。端からそう決めていたからだ。

 そうだ……そのままでいい――

「やれ、メル……!」

 サタンは軽く口元を結わせるとメルの一閃を黙ってその身で受けた。左斜めから斬りつけられ、傷口から血を噴き出しながら静かに倒れゆく。

(今度こそ、やったか――?)

 動かなくなったサタンの体を見てガドレアルは疑心に思う。
 しかし、それも束の間。サタンの指がピクリと動きまた立ち上がる。

 流石にその行動にメルも恐怖を感じすかさず後退りする。

「どうした……もう終わりか?」

 メルを見て、憎たらしく笑った。その行為にメルの心が揺さぐられる。そして、心のままメルはサタンに向かっていく。

 斬って、殺して、斬り続ける――。
 斬られ、殺され、斬られ続ける――。

 さらに、サタンはメルに四度討たれた。討たれる度に生き返った。それしか、助けるために出来ることがないから。痛みと辛さ、そして、助けるという意志が混じり合い、サタンはまた立ち上がる。

 次だ……次で最後だ……!

 サタンは両腕にではなく両足に魔力を集中させた。そして、その僅かな量を右手に集中させた。

 斬るな……刺せ――!

 ユニケンを振り上げ飛びかかるメルに集中させた魔力を小さな弾にして飛ばす。メルは予測していなかった攻撃に体制を崩し着地した。
 しかし、止まることはなく、ユニケンを前に突き出したまま突撃する。

 グサリ――と、サタンの心臓をユニケンが貫いた。
 しかし、これも全てサタンの作戦通り。

 メルはユニケンを引き抜こうとした。なのに、引き抜けない。何故なら、サタンが立ったままで死んでいるからである。

 無理に引き抜こうと腕を引いた時、メルの腕はサタンに掴まれた。

「……やっと、掴まえたぞ、メル」

 サタンのしつこいとも思われる執念に背筋から恐れるメル。このまま反撃されると勘違いしたメルはユニケンを残して逃げようとする。
 だが、しっかりと掴まれた腕を振りほどけない。

「逃げるなよ、言わなきゃいけないことがあるんだ――」

 サタンはフッと目を閉じた――。


 頼むぞ、魔柱72柱の悪魔――“嘘の悪魔・ベリス”――!

 ――任せてもらおう、魔王様。

 暗闇の世界でサタンと金色のメガネをかけたいかにもずる賢そうな男が返事した。

 そして、そのままサタンは暗闇の世界で変身《マキシム》した。


 ゆっくりと目を開けたサタン。体に変化はない。だが、サタンの両目だけは赤く変色していた。

「いいか、よく聞けよ、メル。お前は俺が好きだ――!」
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