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第4章最弱魔王は勇者のために頑張るそうです
第106話 じゃない
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黒煙が空を染め、灰色と黒色の空が広がる。
人々は襲う者と襲われる者に成り変わり人間界は戦場の海と成り果てていた。
「どうしてこんなことになっているんだ……?」
サタンはしばらく人間界に姿を現していない間に何が起こったのかと訳が分からない。
キャァァァァァーー――!
ちょうどサタンの前で剣を振るう男と無防御な女が見えた。
サタンは立ち尽くしたまま女が斬られていくのを見ていた。真っ赤な血が噴水のように体から綺麗に吹き上がる。
女を斬り終わった男はサタンの存在に気づいた様子でゆっくりと向かってくる。その姿はまるで操り人形の様なもの。目は死に、感情も心も分からない。
男が女を殺した理由は分からない。
何を考え、何を思ったのか――ただ、ひとつだけ確かなことがあった。
それは――
あれは俺の敵だ――!
男がサタンの敵であるということ。
それだけは、この状況を理解し整理できないサタンにも分かったことである。
黙々とゆっくり近づいてくる男に対しサタンは右手に魔力を集中させると駆け足で向かっていく。
十回死んで得た力……お前みたいなやつに負けるかよ――!
この世界で多くの死を経験し、得た力。
死という代償と引き換えに得た力。
その力が最弱の魔王を多少は強くさせる。
サタンが放った右拳はゆっくり動作の男の頬に意図も簡単にめり込み、吹っ飛ばす。剣はどこかへやられ、男は地に跳ねながら離れていく。
跳ねるのが終わるとピクピクとしながら死んでいた目が白目に戻った。
「よっし」
サタンは敵を排除したことに喜んだがすぐに冷静になった。それは、男に殺された女が目を開けたまま息耐えている姿を目の当たりにしてしまったから。
この女がサタンとはこれっぽっちも関係ないことは事実。だからといって、死人の前で喜ぶような真似は出来ない。
サタンは女の目を優しく閉じさせてやると両手を合わせ目を瞑り弔う。そして、先へ急ごうと立ち上がった時だった。
倒した男の様な男女があちこちからぞろぞろと現れてきたのである。
やはり、男と同様に目は死んでいる。しかしながら、前にいる洗脳にかかっていない男を排除しなければいけないという意思だけで動いていた。
……っ、まだまだいるのか。でも、こんな所で時間を食ってる場合じゃないんだ! 一刻も早くメルの元へと向かわないといけないんだ!
こんな何が起こっているかも分からない危険な場所にいつまでもメルをおいておくにはいかない。
サタンはもう一度右手に魔力を集中させると仲間の能力を発動した。
変身《マキシム》――魔柱72柱の悪魔――“美男の悪魔・セーレ”――ッ!!
魔王には似つかわしい正反対の色をした白き翼を背中に生やしたサタン。セーレの能力により高速移動出来る体になった。
「早くメルを助けないといけないんだ……お前らにこれ以上くれてやる時間はないんだ!」
サタンは襲ってくる敵は全て倒す決意をし駆けていく――。
サタンがメルを助けにいってしばらくした頃、リエノア村ではアズラが傷の手当ての手伝いとラエルの監視に忙しなく動いていた。
回復の能力をもつ女性達が傷を負っている者達の傷を癒すために尽力している。しかし、数は足りず治っていくのは少数だけ。
「私の思い当たる場所に傷を癒す薬があったはずです」
アズラが思い当たる場所というのは魔界城。その場所を教えることは出来ないが自らが取りにいくことなら出来る。
チラッとサタンから見ておいてくれと頼まれていたラエルの様子を見る。幸い、今は大人しく傷の手当てを手伝っている。
(これなら私が行って帰ってくることが出来ます)
「私が取ってきますので皆さんはそのまま治療を続けていてください」
傷を癒していた女性はアズラに頼むように頷いて返事をした。アズラはワープを展開しそのまま魔界へと向かった。
◇
サタンは走っていた。せっかく出した白き翼も今は役に立たない。襲ってくる敵がしつこいからだ。
あのぞろぞろと出てきた大群は既に倒した。一人一人相手にしていたせいで時間はかかったが一発ずつ殴っていくと倒れていったのだ。
しかし、よかったのもそこまで。空を飛んでいこうとしてもまた新しく敵が出てきたのである。一人一人は弱すぎるのに数が多い。この状況で空を飛べばかっこうの的となり益々時間をとられてしまう。
走った方が敵に見つかる確率が下がるため、走っているのだ。空を飛ばなくてもセーラの能力は絶大。敵を倒した瞬間に次へいくことが出来る。
今のサタンは少しだけ無双状態に入っていたのだ。
そして、周囲の敵を倒し終えた時だった。
「キャァァァァァァ――!」
その悲鳴が聞こえてきたのは――。
この忙しい時に大きな悲鳴。無視したい。無視して一刻も早くメルの元へと行きたいサタン。しかし、出来なかった。
その悲鳴を上げたのが誰なのか分かってしまったから――。
「パパ……ママ……」
「モカ、こっち!」
路地裏をゴウカは泣いているモカの手を引いて逃げる。まるで戦争のような現状に困惑している所へいきなりどういう訳かモカの両親も二人を襲い出したのだ。
二人は逃げるしかなかった。ゴウカの強さがあれば押さえることなど容易いこと。しかし、モカの両親に手を出すなど出来ない。子どもの頃から良くしてもらっている――当然のことだろう。
ゴウカが今出来ることはせめてモカを守りきること。だが、路地裏を抜けようとした所で大勢の人が剣を掲げながら入ってきた。
(抜け道はここだけ……モカには傷一つつけさせない!)
ゴウカは両の掌から炎を放出しモカを守るために放った。炎は命を奪いはしない。だが、気を失うまでは燃やし続ける。
しかし、相手の数が圧倒的に多い。燃やしても燃やしても新しくどんどん路地裏へ入ってくる。
「モカ……出来るなら戻ってどこかに隠れて。僕はここで時間を稼ぐから」
このままここで相手を続けて逃げれないでいるとその内モカの両親がやってくる。そうなれば、挟み撃ちにされ二人が逃げ切れる可能性がグッと下がる。
なら、まだモカの両親が追いついていない内にモカだけでもどこかの建物の中に避難した方がいい。
「嫌だよ……またゴウカと離れ離れになるなんて……」
モカの脳裏に蘇る少し前の話――ゴウカが離れていきそうになった話。
今ここで離れ、お互いの身に何かあればこの状況で再開を果たすのは難しいことだ。
「大丈夫……もうモカと会えないなんてことはないから――僕を信じて」
ゴウカは休む間もなく炎を放出しモカを守り続けている。その光景にようやく理解した。モカはこの状況で泣いているだけの自分はゴウカに守ってもらい、その上で安心させられているのだと。
ここで変わらないといけない――もう一度、ゴウカを助けた時と同じ覚悟をし、動かなければいけない――例え、それが自分の親が相手だったとしても。
「……分かった。そのかわり、絶対後から来てね、待ってるから!」
「うん!」
モカは言い残すと涙を拭って走ってきた路地裏を戻る。ゴウカは後から絶対に来る。だから、今は離れても大丈夫なのだと。
しかし――
「……っ、パパ、ママ……」
モカの両親がすぐ近くまで迫ってきていた。ボーッとしたまま、息の根を止めようと奮闘しているのが自分の娘だと気づかないまま近づいてくる。
(もうあんな所にまで……モカ――)
「パパ、ママ……いきなりどうしちゃったの……? 私、モカだよ……?」
モカはどうにか正気に戻ってほしくて二人に語りかける。だが、聞く耳をもたなければ正気に戻る気配もない。
「元に戻ってよ……大好きなパパとママに戻って――!」
モカは親指と人差し指でピストルの形を作って構える。実の両親に向けて能力《チカラ》を使うなんてしたくはない。
「けど、元に戻ってほしいから……萌えビーム!」
人差し指の先端からピンク色をしたハート形のビームが放たれる。ハート形のビームはゆらゆら動きながらモカの両親に当たって弾け散る。
すると、二人の動きは停止しピタリとも動かなくなった。
モカの萌えビームに当たった者はモカにメロメロとなり言いなりになる。
「パパ、ママ……戻って!」
「モ、カ……」
モカの名前を微かに呼ぶ二人。正気に戻った二人に走って駆けつけるモカ。
「パパ、ママ――ッ」
しかし、二人は正気になど戻っていなかった。駆けつけてくるモカに父親は空間収納していた剣を顕現し振り下ろす。
その一瞬の出来事にモカは避けることが出来ない。
「クソ……」
ゴウカは火力を上げ、大勢の人をまとめて火炙りにするとモカを助けるために急ぐ。しかし、間に合う可能性はない。
ゴウカが炎でモカを助けようとした時だった――。
火炙りでなっている炎の塊とゴウカ自身の頭上を凄まじい速度で何かが越えていった。
そして、その何かはモカの父親を容赦なく蹴り飛ばし、次いで母親の腹部を殴った。二人をモカから離し、気を失わせた何かはモカの前に顔を見せないで立つ。
「サンタ、君……?」
ペタンと地面に座り込んだモカは輝いた翼を背にもつ魔王と呼ばれ姿を見せなくなった少年に声をかける。
少年はくるりと体を回転させると黙ったまま少し寂しげな表情を浮かべた。
「サンタ……」
ゴウカも少年の顔を見て信じていた仮名を呟いた。
「サンタじゃない……俺はサタンだ――!」
サタンはそれだけを言い残すと振り返って走った。あれだけでいい。これ以上関わることはない。モカを助けたのもただの気まぐれ――声がモカだと分かり、場所が近かったから。ただそれだけの話だ。
サタンにあの二人に特別な感情はない――いや、それは嘘である。少なくともあの二人のことをサタンは好んでいた。だからこそ、この先もう関わらないと決めたから言い残すこともあれだけでいい。
サタンは路地裏を抜け出ると顔をキッと上げた。もうすぐそこに王城ドアベルガルがある。後は一直線に飛べばいいだけだ。
待ってろよ、メル……今、行くからな――!
サタンは宙に浮かび王城に行こうとした。しかし、その前にある姿を見つけた。血の中で横たわっている女の子。
その姿に見覚えのあったサタンは飛ぶのを止め駆けつけ声をかける。
「おい、しっかりしろ」
「……ん、サンタくん――」
その女の子はフィー。フィーはサタンの姿を虚ろげな瞳で見つめ力なく呟いた。
「メルさんが王城に……私が助けようとしても全く歯が立ちませんでした……」
フィーは涙を泣きながら言う。その涙は助けられなかった悔しさからなのか、もう死んでしまうと分かっているからなのかサタンには分からない。
血で赤く染まった体に気づくことが遅くなったがよく見るとフィーの体にはリエノア村の村長と同じ傷があった。
「お願い、サンタくん……メルさんを助けてあげてください……」
サタンに向かって手を伸ばすフィー。この状況はまるで恋人が死ぬという悲しいシチュエーション。しかし、サタンとフィーはそんな関係ではない。
それでも、サタンは人間に対して最後の繋がりを繋げた。
「ああ、分かってる……!」
フィーの手を掴んで答える。すると、フィーは安心したかのように笑って答えた。
「やっぱり……サンタくんが魔王だとしても全然怖くない……サンタくんは優しい魔王だね……」
そして、静かに眠った。
サタンは無言のまま体を震わせる。涙は出ない。悲しい気持ちはある。しかし、今は泣いている時間がない。
フィーの手をそっと置くとサタンは王城を見上げた。そして、宙に舞い上がり飛んでいく。
そのまま、王城のドアを真正面から突き破り中に入って着地した。中の状況も惨状だった。かつて見た、王城の傭兵騎士の遺体が点々と落ちている。
臭い……気持ち悪い――
その中をサタンはメルを探すために走った。幾つもの死体を退け、幾つもの部屋を確認して――
そして、一つの大きな薄暗い部屋で見つけた。
後ろ姿だったが見間違いじゃない。ストレートに伸びた白銀の髪を揺らし、片手にはユニケンが握られている。
「メル――」
サタンはメルに向かって手を伸ばす。
一緒に帰ろう……ラエルや皆の元へ――その思いで手を振り返ったメルに伸ばす。
しかし――
サタンの伸ばした手が震え出す。
「……っ、メル。何を――」
ゴボッと口から大量の血を吐き出しながら顔を下に向ける。すぐ近くに見える白銀の髪。その先にある表情は分からない。何を思ってユニケンでサタンの心臓を貫いているのか――。
メルはユニケンを勢いよくサタンの体から引き抜き、ついた血を凪ぎ払った。
その光景をサタンは倒れていきながら見上げていた。サタンを刺すことに躊躇わなかった勇者の姿を。
死んだ目をしている勇者の姿を最後にサタンはもう一度心臓をユニケンに貫かれ死んだ。
人々は襲う者と襲われる者に成り変わり人間界は戦場の海と成り果てていた。
「どうしてこんなことになっているんだ……?」
サタンはしばらく人間界に姿を現していない間に何が起こったのかと訳が分からない。
キャァァァァァーー――!
ちょうどサタンの前で剣を振るう男と無防御な女が見えた。
サタンは立ち尽くしたまま女が斬られていくのを見ていた。真っ赤な血が噴水のように体から綺麗に吹き上がる。
女を斬り終わった男はサタンの存在に気づいた様子でゆっくりと向かってくる。その姿はまるで操り人形の様なもの。目は死に、感情も心も分からない。
男が女を殺した理由は分からない。
何を考え、何を思ったのか――ただ、ひとつだけ確かなことがあった。
それは――
あれは俺の敵だ――!
男がサタンの敵であるということ。
それだけは、この状況を理解し整理できないサタンにも分かったことである。
黙々とゆっくり近づいてくる男に対しサタンは右手に魔力を集中させると駆け足で向かっていく。
十回死んで得た力……お前みたいなやつに負けるかよ――!
この世界で多くの死を経験し、得た力。
死という代償と引き換えに得た力。
その力が最弱の魔王を多少は強くさせる。
サタンが放った右拳はゆっくり動作の男の頬に意図も簡単にめり込み、吹っ飛ばす。剣はどこかへやられ、男は地に跳ねながら離れていく。
跳ねるのが終わるとピクピクとしながら死んでいた目が白目に戻った。
「よっし」
サタンは敵を排除したことに喜んだがすぐに冷静になった。それは、男に殺された女が目を開けたまま息耐えている姿を目の当たりにしてしまったから。
この女がサタンとはこれっぽっちも関係ないことは事実。だからといって、死人の前で喜ぶような真似は出来ない。
サタンは女の目を優しく閉じさせてやると両手を合わせ目を瞑り弔う。そして、先へ急ごうと立ち上がった時だった。
倒した男の様な男女があちこちからぞろぞろと現れてきたのである。
やはり、男と同様に目は死んでいる。しかしながら、前にいる洗脳にかかっていない男を排除しなければいけないという意思だけで動いていた。
……っ、まだまだいるのか。でも、こんな所で時間を食ってる場合じゃないんだ! 一刻も早くメルの元へと向かわないといけないんだ!
こんな何が起こっているかも分からない危険な場所にいつまでもメルをおいておくにはいかない。
サタンはもう一度右手に魔力を集中させると仲間の能力を発動した。
変身《マキシム》――魔柱72柱の悪魔――“美男の悪魔・セーレ”――ッ!!
魔王には似つかわしい正反対の色をした白き翼を背中に生やしたサタン。セーレの能力により高速移動出来る体になった。
「早くメルを助けないといけないんだ……お前らにこれ以上くれてやる時間はないんだ!」
サタンは襲ってくる敵は全て倒す決意をし駆けていく――。
サタンがメルを助けにいってしばらくした頃、リエノア村ではアズラが傷の手当ての手伝いとラエルの監視に忙しなく動いていた。
回復の能力をもつ女性達が傷を負っている者達の傷を癒すために尽力している。しかし、数は足りず治っていくのは少数だけ。
「私の思い当たる場所に傷を癒す薬があったはずです」
アズラが思い当たる場所というのは魔界城。その場所を教えることは出来ないが自らが取りにいくことなら出来る。
チラッとサタンから見ておいてくれと頼まれていたラエルの様子を見る。幸い、今は大人しく傷の手当てを手伝っている。
(これなら私が行って帰ってくることが出来ます)
「私が取ってきますので皆さんはそのまま治療を続けていてください」
傷を癒していた女性はアズラに頼むように頷いて返事をした。アズラはワープを展開しそのまま魔界へと向かった。
◇
サタンは走っていた。せっかく出した白き翼も今は役に立たない。襲ってくる敵がしつこいからだ。
あのぞろぞろと出てきた大群は既に倒した。一人一人相手にしていたせいで時間はかかったが一発ずつ殴っていくと倒れていったのだ。
しかし、よかったのもそこまで。空を飛んでいこうとしてもまた新しく敵が出てきたのである。一人一人は弱すぎるのに数が多い。この状況で空を飛べばかっこうの的となり益々時間をとられてしまう。
走った方が敵に見つかる確率が下がるため、走っているのだ。空を飛ばなくてもセーラの能力は絶大。敵を倒した瞬間に次へいくことが出来る。
今のサタンは少しだけ無双状態に入っていたのだ。
そして、周囲の敵を倒し終えた時だった。
「キャァァァァァァ――!」
その悲鳴が聞こえてきたのは――。
この忙しい時に大きな悲鳴。無視したい。無視して一刻も早くメルの元へと行きたいサタン。しかし、出来なかった。
その悲鳴を上げたのが誰なのか分かってしまったから――。
「パパ……ママ……」
「モカ、こっち!」
路地裏をゴウカは泣いているモカの手を引いて逃げる。まるで戦争のような現状に困惑している所へいきなりどういう訳かモカの両親も二人を襲い出したのだ。
二人は逃げるしかなかった。ゴウカの強さがあれば押さえることなど容易いこと。しかし、モカの両親に手を出すなど出来ない。子どもの頃から良くしてもらっている――当然のことだろう。
ゴウカが今出来ることはせめてモカを守りきること。だが、路地裏を抜けようとした所で大勢の人が剣を掲げながら入ってきた。
(抜け道はここだけ……モカには傷一つつけさせない!)
ゴウカは両の掌から炎を放出しモカを守るために放った。炎は命を奪いはしない。だが、気を失うまでは燃やし続ける。
しかし、相手の数が圧倒的に多い。燃やしても燃やしても新しくどんどん路地裏へ入ってくる。
「モカ……出来るなら戻ってどこかに隠れて。僕はここで時間を稼ぐから」
このままここで相手を続けて逃げれないでいるとその内モカの両親がやってくる。そうなれば、挟み撃ちにされ二人が逃げ切れる可能性がグッと下がる。
なら、まだモカの両親が追いついていない内にモカだけでもどこかの建物の中に避難した方がいい。
「嫌だよ……またゴウカと離れ離れになるなんて……」
モカの脳裏に蘇る少し前の話――ゴウカが離れていきそうになった話。
今ここで離れ、お互いの身に何かあればこの状況で再開を果たすのは難しいことだ。
「大丈夫……もうモカと会えないなんてことはないから――僕を信じて」
ゴウカは休む間もなく炎を放出しモカを守り続けている。その光景にようやく理解した。モカはこの状況で泣いているだけの自分はゴウカに守ってもらい、その上で安心させられているのだと。
ここで変わらないといけない――もう一度、ゴウカを助けた時と同じ覚悟をし、動かなければいけない――例え、それが自分の親が相手だったとしても。
「……分かった。そのかわり、絶対後から来てね、待ってるから!」
「うん!」
モカは言い残すと涙を拭って走ってきた路地裏を戻る。ゴウカは後から絶対に来る。だから、今は離れても大丈夫なのだと。
しかし――
「……っ、パパ、ママ……」
モカの両親がすぐ近くまで迫ってきていた。ボーッとしたまま、息の根を止めようと奮闘しているのが自分の娘だと気づかないまま近づいてくる。
(もうあんな所にまで……モカ――)
「パパ、ママ……いきなりどうしちゃったの……? 私、モカだよ……?」
モカはどうにか正気に戻ってほしくて二人に語りかける。だが、聞く耳をもたなければ正気に戻る気配もない。
「元に戻ってよ……大好きなパパとママに戻って――!」
モカは親指と人差し指でピストルの形を作って構える。実の両親に向けて能力《チカラ》を使うなんてしたくはない。
「けど、元に戻ってほしいから……萌えビーム!」
人差し指の先端からピンク色をしたハート形のビームが放たれる。ハート形のビームはゆらゆら動きながらモカの両親に当たって弾け散る。
すると、二人の動きは停止しピタリとも動かなくなった。
モカの萌えビームに当たった者はモカにメロメロとなり言いなりになる。
「パパ、ママ……戻って!」
「モ、カ……」
モカの名前を微かに呼ぶ二人。正気に戻った二人に走って駆けつけるモカ。
「パパ、ママ――ッ」
しかし、二人は正気になど戻っていなかった。駆けつけてくるモカに父親は空間収納していた剣を顕現し振り下ろす。
その一瞬の出来事にモカは避けることが出来ない。
「クソ……」
ゴウカは火力を上げ、大勢の人をまとめて火炙りにするとモカを助けるために急ぐ。しかし、間に合う可能性はない。
ゴウカが炎でモカを助けようとした時だった――。
火炙りでなっている炎の塊とゴウカ自身の頭上を凄まじい速度で何かが越えていった。
そして、その何かはモカの父親を容赦なく蹴り飛ばし、次いで母親の腹部を殴った。二人をモカから離し、気を失わせた何かはモカの前に顔を見せないで立つ。
「サンタ、君……?」
ペタンと地面に座り込んだモカは輝いた翼を背にもつ魔王と呼ばれ姿を見せなくなった少年に声をかける。
少年はくるりと体を回転させると黙ったまま少し寂しげな表情を浮かべた。
「サンタ……」
ゴウカも少年の顔を見て信じていた仮名を呟いた。
「サンタじゃない……俺はサタンだ――!」
サタンはそれだけを言い残すと振り返って走った。あれだけでいい。これ以上関わることはない。モカを助けたのもただの気まぐれ――声がモカだと分かり、場所が近かったから。ただそれだけの話だ。
サタンにあの二人に特別な感情はない――いや、それは嘘である。少なくともあの二人のことをサタンは好んでいた。だからこそ、この先もう関わらないと決めたから言い残すこともあれだけでいい。
サタンは路地裏を抜け出ると顔をキッと上げた。もうすぐそこに王城ドアベルガルがある。後は一直線に飛べばいいだけだ。
待ってろよ、メル……今、行くからな――!
サタンは宙に浮かび王城に行こうとした。しかし、その前にある姿を見つけた。血の中で横たわっている女の子。
その姿に見覚えのあったサタンは飛ぶのを止め駆けつけ声をかける。
「おい、しっかりしろ」
「……ん、サンタくん――」
その女の子はフィー。フィーはサタンの姿を虚ろげな瞳で見つめ力なく呟いた。
「メルさんが王城に……私が助けようとしても全く歯が立ちませんでした……」
フィーは涙を泣きながら言う。その涙は助けられなかった悔しさからなのか、もう死んでしまうと分かっているからなのかサタンには分からない。
血で赤く染まった体に気づくことが遅くなったがよく見るとフィーの体にはリエノア村の村長と同じ傷があった。
「お願い、サンタくん……メルさんを助けてあげてください……」
サタンに向かって手を伸ばすフィー。この状況はまるで恋人が死ぬという悲しいシチュエーション。しかし、サタンとフィーはそんな関係ではない。
それでも、サタンは人間に対して最後の繋がりを繋げた。
「ああ、分かってる……!」
フィーの手を掴んで答える。すると、フィーは安心したかのように笑って答えた。
「やっぱり……サンタくんが魔王だとしても全然怖くない……サンタくんは優しい魔王だね……」
そして、静かに眠った。
サタンは無言のまま体を震わせる。涙は出ない。悲しい気持ちはある。しかし、今は泣いている時間がない。
フィーの手をそっと置くとサタンは王城を見上げた。そして、宙に舞い上がり飛んでいく。
そのまま、王城のドアを真正面から突き破り中に入って着地した。中の状況も惨状だった。かつて見た、王城の傭兵騎士の遺体が点々と落ちている。
臭い……気持ち悪い――
その中をサタンはメルを探すために走った。幾つもの死体を退け、幾つもの部屋を確認して――
そして、一つの大きな薄暗い部屋で見つけた。
後ろ姿だったが見間違いじゃない。ストレートに伸びた白銀の髪を揺らし、片手にはユニケンが握られている。
「メル――」
サタンはメルに向かって手を伸ばす。
一緒に帰ろう……ラエルや皆の元へ――その思いで手を振り返ったメルに伸ばす。
しかし――
サタンの伸ばした手が震え出す。
「……っ、メル。何を――」
ゴボッと口から大量の血を吐き出しながら顔を下に向ける。すぐ近くに見える白銀の髪。その先にある表情は分からない。何を思ってユニケンでサタンの心臓を貫いているのか――。
メルはユニケンを勢いよくサタンの体から引き抜き、ついた血を凪ぎ払った。
その光景をサタンは倒れていきながら見上げていた。サタンを刺すことに躊躇わなかった勇者の姿を。
死んだ目をしている勇者の姿を最後にサタンはもう一度心臓をユニケンに貫かれ死んだ。
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本編+番外編3作で、40000文字くらいです。
⚠途中、視点が変わります。サブタイトルをご覧下さい。
⚠『終』の次のページからは、番外&後日談となります。興味がなければブラバしてください。
F級テイマーは数の暴力で世界を裏から支配する
ゆーき@書籍発売中
ファンタジー
ある日、信号待ちをしていた俺は車にひかれて死んでしまった。
そして、気が付けば異世界で、貴族家の長男に転生していたのだ!
夢にまで見た異世界に胸が躍る――が、5歳の時に受けた”テイム”の祝福が、最低位のF級!?
一縷の望みで測った魔力容量と魔力回路強度も平凡だって!?
勘当されたら、その先どうやって生きてけばいいんだー!
と、思っていたのだが……
「あれ? 俺の”テイム”何かおかしくね?」
ちょくちょくチートな部分があったことで、俺は”強く”なっていくのであった
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