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第4章最弱魔王は勇者のために頑張るそうです

第104話 絶望の村

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 少女の助けてという声はちゃんと魔王に届いていた。少女のいる場所から真下に下がる地下に存在する魔界城。

 丁度、遅めの朝食を終えたサタンとアズラ。今日はこれから何をしようかと悩んでいる時だった。

 地上から助けを求める声が聞こえてきた。
 初め、二人は困惑した。この場所に助けを求めに来るなどあり得ないことだからだ。
 この場所は誰でも知っている。だが、魔王がまだ生きているとは誰にも知られていない。

 結論を出すと助けを求めに来たのはこの場所がどういう場所なのかを知っている存在。
 つまり、人間界の者――敵であるということだ。

 サタンとアズラは顔を見合せ、静かに頷いた。そして、互いに息を殺した。未だにこの場所で魔王が生きているということを知られないために。

 助けてと言って、易々と出てきた魔王を始末する算段かもしれない。決してバレる訳にはいかないのだ。

 俺はもう人間界に用はないんだ……ほっといてくれよ!

 サタンは憎んだ。散々、好き勝手していった上、まだ魔界で何かするのかと。
 そして、願った。早く消えてくれと。

 しかし、その願いはすぐに自分で消すこととなった。

「お願いします……魔王様! このままじゃ、リエノア村が――皆が――ッ!」

 少女の言葉を聞いて目を丸くしたサタンとアズラ。

 誰も知らない場所に作ったリエノア村のことをどうして知っている――?

 その疑問が頭を駆け巡る。
 助けを求めに来たのは本当に敵なのか?
 敵ではなく魔王が助けなければいけない存在ではないのか?

「サ、サタンさん……」

 アズラもどうやら同じ疑問が浮かんだらしい。不信と心配が入り交じった顔で見てくる。

(分かってる……分かってるんだ。けど――)

 まだ、確証を持てないのだ。
 リエノア村というのも魔王を釣りだすためのエサかもしれない。

 しかし、それは全てサタンの思い込みかもしれない。本当に助けが必要なのかもしれない。

 だから、決めた。後悔しないように。

「上へ行こう、アズラ」

「っ、はい!」


「俺が先に出て様子を確認する……アズラはその後に来てくれ……」

「はい、気をつけてください……」

 魔界城を出て、地上へ続く階段をサタンを先頭にして二人は登る。そして、赤褐色の蓋を少し押し上げ、顔を覗かせる。

(敵は……いない!)

 ギギギィという音を立て蓋を全開にして地上へ出る。その音を聞いて足を止めた者がいた。

 魔王はいず、助けはない。諦め、リエノア村へ何が出来るわけでもないが帰ろうと歩き出していた時だった。

 音がして、ゆっくりと後ろを振り返った。
 そして、目を大きくし、涙をポロポロ流した。

「魔王様……ッ――」

 そこには、いたのだ。待ち望んだ魔王の姿が。さらに、もう一人。どうしてそこから出てくるのかは理解できないが、かつてワープで魔王と一緒に自分達の住む場所を探してくれた優しい方が。

 泣いて、叫んで、願って、諦めて、出てきてくれた二人。
 リエノア村から助けを求めに来た少女はサタンに抱きつく。

「お願いします、魔王様! 村が……村の皆が――」

「落ち着いて、説明してくれ」

 肩を掴んで、引き剥がすサタン。少女は静かに息を整えるとサタンを見上げて口を開いた。

「村に知らない人が突然攻撃してきたんです……それで、ママからお願いされたんです……魔王様を探してきてって――」

 少女は震えていた。無理もない。まだ、幼いのだ。なのに、村が突然襲われて怖くないはずがない。

「分かった……ここまでよく一人で来たな」

「私が思いつく場所がここしかなかったんです……そ、それで……助けてくれますか?」

 これは、サタンが敵だと認識した人間からの頼みだ。だが、彼女等は敵ではない。

 それに、二度もこの子の住む場所を失わせるにはいかない……

 サタンは失った住む場所――魔王城を見た。

 こんな思い……させたくない!

「当たり前だ……頼む、アズラ。リエノア村へ俺をワープしてくれ――!」

 サタンは少女に答えるとアズラの方へ振り向いた。しかし、アズラは少女をずっと見つめているままで返事をしない。

「おい、アズラ……?」

 ようやく、ハッとしたアズラは首を横に振り、頭の中にある不純な気持ちを消した。

(い、いけません……あんな小さい子にやきもちをやくなんて――!)

 アズラは図々しくサタンに抱きついた少女に妬いていたのだ。

「分かりました……ですが、私もついて行きます!」

「私も!」

 サタンと共に何が起きているかも分からないリエノア村へついて行くと言い出すアズラと少女。

「なっ……二人は危険だからここにいろ!」

「いいえ、もし誰かが怪我でもしていたらどうするんです? 何か役にたつことが出来るかもしれません……私もサタンさんと一緒に行きます」

「私も……ママや村の皆のそばにいたい!」

 左右から強く決意を言われる。二人の揺るがない思いを受けてサタンは――

「分かった……けど、俺のそばから離れるなよ!」

 仕方なく、危険な地へ二人を連れていく。

「ワープ!」

 アズラが素早くワープを展開すると三人は入った。
 白い光の円が輝き出す――

 メル……ラエルさん……村の皆……無事でいてくれ――!

 白い光の円の輝きが最高潮に達し、三人の姿は魔界から消え去った。


 ◇


「……っ――!」

 サタン達三人が魔界から消え、リエノア村へ着いた時にはもう既に全て終わっていた。敵かそうでないかを考えていたせいで間に合わなかったのだ。

 崩落した家々。傷ついた大地に飛び散っている真っ赤な血痕。所々から上がる黒煙――リエノア村はまるで台風が過ぎ去った後のような酷い惨状だった。

「ママーーッ!」

 少女は自らの母親を探しに一目散にかけていく。サタンが呼び止めるのも聞かないで。

 しかし、警戒するサタンを他所に戦いも終息していた。それ故、安全なのは安全だ。
 だが、それ以上にリエノア村と住人が受けた傷は酷かった。

「うっ……うぅ、婆様……」

 静かに……だが、鮮明に聞こえる多々の泣き声。皆、涙を流し一人の血溜まりの前で突っ立っている。

 サタンとアズラは静かに近づいて息を飲んだ。

 目の前で倒れていたのはリエノア村の村長らしき老婆。体に無数の刃に貫かれた痕とクロス状態に斬られた痕があり、既に息絶えていた。

「そ、そんな……」

 アズラは膝をつく。それほど、この老婆と関わりがあった訳ではない。他から、ただの他人だろう――そう言われればそうだ。
 だが、それだけではないのだ。多少だが関わりがあった。本当に少しだけ――二度しか会ったこともない。

 しかし、二度も会えば十分な知り合いだ。
 その知り合いが死んだ。悲しくないはずがない。

 そして、それはサタンも同じ。怒りと悲しみで拳が震える。

「おい、これをやったのは誰だ……?」

 サタンは込み上げる怒りを堪えて泣いている住人に声をかける。すると、一人の女性が泣きながら答えた。

「謎の、仮面をつけた二人の人間が襲ってきたんです……それで、婆様は自らを犠牲にして私達を守ってくれたんです……――」


 ガレアに片腕で強く首を絞められ続けるメル。次第にユニケンを持っている力が弱まり静かに落としてしまう。
 抵抗する力も失い、意識を失うメル。

「メルッ――」

 その様子を見てラエルは娘を助けるために飛び出そうとする。
 しかし――

「ダメじゃ!」

 片腕を伸ばし、前を向いたままの老婆がラエルの行く手を阻む。

「どうして止めるんですか!? 早くメルを助けないと!」

「お前が助けに行ってもみすみす死ににいくようなものじゃ――っ、マズイ!」

 気を失っているエフノールに容赦なくとどめの一振りをしようとドレアは剣を振り下ろす。

「いやぁぁぁぁ――!」

 レアルはその光景を見ないようにして叫ぶ。

 しかし、勢いよく振り下ろされら剣は緑色に輝いた光によって弾かれた。首を傾げ、不思議に思うドレア。何度も連続して剣で斬りつける。

 だが、緑色の光はその全てをことごとく弾いた。

「婆、様……」

 老婆は汗を垂らしながら、力を込めて合掌していた。

「プロテクト――!」

 エフノールを守る緑色の光は老婆の能力。
 どれだけ力が強くても必ず守る光――

「生きてきた年期が違う――そなた達では破ることなど出来ん!」

 自分の力では敵わないのが悔しいのか剣を振り続けるドレア。しかし、結果は一向に変わらない。

 そんなドレアの肩にガレアが手を置いた。黙ったまま見つめ合う二人。そして、二人は頷くとドレアが落ちているユニケンを拾い上げて同時に跳躍し下がった。

「待ちなさい――っ!」

 メルを連れたまま去ろうとする二人にラエルは走って追いかける。

(もっと、近くにいけたら私の能力で動きを止めることが――)

 しかし、去っていくと思われた二人はくるりと回転しリエノア村を正面から見る。
 そして、メルとユニケンを地面に寝かせるとガレアとドレアは剣を地面に突き刺した。

 大地を貫け――デス・グラウンド・ブレイカーーー――!

 二人が突き刺した剣が地面の中で爆発するように光った。
 途端に地面がひび割れていき、無数の刃がこれでもかというほど突き出でる。

 リエノア村の全てと全員を貫く勢いで這い出でる――
 誰にも止めることは出来ない。このまま死を待つだけ――

「――皆、スマン……今までありがとう――」

 老婆は最期の言葉を遺すと――

「絶対防御《アブソリュート・プロテクト》――!」

 自らを除く、リエノア村の住人全員に緑色の光を纏わせる。そのお陰でラエルや他の住人は這い出でる剣から身を守ることが出来た。

 しかし、老婆だけはそうはいかなかった。
 体の節々を刃が貫いた。

 口から血を吹き出し、体からも血が流れ出る。
 もう、倒れていい。もう、十分なほど身をていして皆を守った。

 だが、決して倒れはしない老婆。
 皆を守り抜くという意志が――その意思だけが意識をなくした老婆を立ち続かせた。

 ガレアとドレアは互いに頷くと老婆めがけて地を駆ける。そして、地を蹴って跳躍すると老婆の体を二方向の斜めから斬りつけた。

 自らの血しぶきを浴びながらゆっくりと後ろに倒れていく老婆。その姿を住人はただ黙って見ていることしか出来なかった。

 死を恐れず、自らを犠牲にして守り切った老婆への敬意のつもりなのだろうか?
 ガレアとドレアは元いた位置にまで戻るとメルとユニケンを担いで早々と去っていった――


「婆様は、こんな私達のために……自分の命を――」

 泣き崩れる女性にサタンはかける言葉が見つからない。

「ラエルさん!」

 アズラの叫ぶ言葉にハッとしたサタン。女性の老婆が守ってくれたということを聞いている間にどこかへ行っていたアズラがラエルの姿を見つけたのだ。

 サタンも急いで駆けつける。

「サタン君……アズラちゃん……メルが……メルが連れていかれちゃったぁ――ッ!」

 ラエルは地面にペタンと両足をつけたまま泣いていた。手を伸ばせば届く距離で娘を拐われた。ショックが大きく無気力な状態となってしまったのだ。

「メルがっ!? どこの誰にっ!?」

 メルを拐った者が誰なのかを問いただす。しかし、ラエルは泣いたままで答えてくれない。

「……っ、泣いてないで答えて下さい。じゃないと、メルを取り返しにいけません!」

 泣いているばかりのラエルに苛立ちを覚えるサタン。

 確かに、泣きたい気持ちも泣いてしまう気持ちも分かる。けど、泣いてばかりいられるとメルを取り返しにいけないんだ――!

「――よろしければ、私が答えますよ……」

 その声が聞こえる方へサタンは顔を動かした。ラエルから少し離れた所で三人の姿が確認できた。

 一人は全身を真っ赤な血で染められながら横になっており、そのそばで泣き崩れる少女と少女を支える女性。

「エフノール……まだしゃべったらダメです……!」

「レアル様……すいません。ですが、あの人に伝えなければなりません。あなたの兄上達のことを――」

 エフノールは泣きながら自分のことを心配するレアルの頭を撫でながら言う。
 そして、レアルを支えるミリアの方を向きながら確認をとる。

「よろしいですか、ミリア様?」

「……ええ、もうあの子達とは縁を切った。だから、許可するわ」

 見た目は幼い。だが、芯はしっかりとしているミリアは頷く。娘の大切な友人を……そして、村を傷つけ人を一人殺した責任はとらさないといけない。
 縁は切っても母親だ。自分勝手に好き勝手する息子と夫は許せない。

 許可を得たエフノールはサタンとアズラに向かって、苦い鉄の味がする口を開き話し始めた。

「村を襲ったのとメルさんを連れていった二人はレアル様の兄上――そして……メルさんの兄でもあります――!」
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