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第3章最弱魔王は修学旅行で頑張るそうです

第94話 告白

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「いましたか!?」

 汗ばみながらメルは問う。

「こっちはいなかったよ」

「私の方も見つからないよ」

「トイレにもいなかった」

 メルに聞かれた三人――ゴウカ、モカ、イサムも息を切らしながら答えた。

「そう、ですか……」

 どこへ行ったんですか……サタン……!

 朝、ゴウカとイサムが目覚めると部屋からサタンが消えていた。二人は戻ってくるだろうと思い部屋で待ち続けた。しかし、サタンは戻って来なかった。

 その事をメルとモカに話した。そして、もう少しだけ待とう、という事になり、待ったがやはり戻っては来なかった。

 そして、四人はサタンを探し始めた。もしかすると行き違いになるかもしれないから、という事でダエフには言わなかった。しかし、四人で別れて探してもどこにも見つからなかった。

 今日は修学旅行最終日――皆で帰るため、レイク島の砂浜で生徒全員と教師が集合し始めていた。四人も並ばないといけない。

「とりあえず今は並ぼう。並んでいる間に戻ってくるかもしれない。それでも、もし戻ってこなかったら先生に言おう」

 ゴウカは提案する。この場で騒いでいても皆の邪魔になるだけである。

「そうだね~……サンタ君のことだからひょっこり出てくるかもしれないしね~」

「ふん……心配をかける奴だ……」

 モカとイサムはゴウカに同意する。そして、メルも迷ったが同意した。

「そう、ですね……今は並びましょうか……」

 四人は生徒が集り列を成す中に、自分達も列を作って並んだ。

 まったく……心配させて……戻ってきたらお仕置きですよ!


 生徒全員が集合し終えると、教師達が前に立ち、話を始める。挨拶から始まり、宿泊していたホテルの従業員達に感謝の意を述べる。そして、これから帰ります、という話をする。

 話が終わりそうになるが、やはりサタンは戻ってこなかった。

 と、一人の女子生徒が眠そうにあくびをしながら気だるそうに教師の話を聞いていると、どこからプーン……プーン……と、耳が嫌がる音がする。蚊、だろうか? 邪魔。女子生徒は叱られない程度に手で空をさいて見えない敵を追い払う。

 すると、ガシッと手が何かにぶつかった。後ろに並んでいる男子生徒の頬にでもめり込ませてしまったか?

「ごめ~ん。蚊がいたからさ――」

 謝りながら振り返り、目を疑った。
 あれ? 何? この目の前にいる化け物は――?

「ウ……ウワァァァァァ! ば、バケモノダァアァァ!」

 女子生徒の後ろにいた男子生徒は突然現れた化け物に恐怖し悲鳴を上げる。そして、悲鳴を聞き、異常に気づいた生徒達に、波紋が広がるように恐怖が伝染しパニック状態となる。

「な、なんですか、あれ!?」

 逃げ惑う生徒達が邪魔でハッキリとハッキリとは見えないがメルには分かる。あれは、その気になればここにいる全員を殺戮出来るものだ――と。漂う邪悪な気がビリビリと伝わる。

 他の生徒が逃げ惑う中、一人取り残された女子生徒は恐怖に涙していた。助けないと。メルは生徒をかき分け、腰に備えていたユニケンを掴み飛びかかる。

(私は三流勇者! 人を助けるのが役目! ……なのに――)

 間に合わない。化け物は女子生徒を空へ放り投げると大きく口を開け落ちてくるのを待つ。

(これが、一つ目だ。これを喰ったらその後はここにいる全員を喰う。そして、復讐してやる!)

 化け物――ベルゼブブは恨んでいた。せっかく、治った体を再びボロボロにしたサタンとアズラに。

「ギャハハハハハ! もう一度ここからだぁ!」

「――させねぇよ……」

「あ?」

 途端に腹部へ重い一撃をめり込まされ、ブッ飛ぶベルゼブブ。そして、落ちてくる女子生徒を受け止めると高速で移動し砂浜に降ろす。

「あ、あの……」

「とっとといけ!」

「は、はい!」

 同じく、人間とは思えない翼をはやしたサタンに睨まれ、女子生徒は怯んだように逃げていく。

「さ、サタン……」

 メルは今まで見たことがないサタンの顔を見て、少し戸惑う。これが、魔王としてのサタンの気配……。そして、何より――

「ね、ねぇ、ゴウカ……サンタ君のあれ……」

「う、うん。背中のあれは一体……」

 先に現れた化け物にも驚くが、今のサタンの姿を見て、周囲がざわめき出している。

(どうして、そんな格好でいるんですか!?)

 と、ブッ飛ばされたベルゼブブがサタン目掛けて後ろから飛び出してくる。

「危ないっ!」

 メルが助けに入る。それは、今までのサタンの弱さを知っているからの行動だった。メルの中ではサタンは守ってあげないといけない存在なのだ。しかし、それは杞憂に終わる。

 飛び出してくるベルゼブブの頬に振り返りながら拳をめり込ますサタン。そして、そのまま空にまで腕を伸ばして、ベルゼブブを空へ追いやる。その腕が伸びる異様な光景に周囲はまたもざわめきを隠せない。

「サタン……どうして……どうして――っ」

 腕を戻したサタンにメルは泣きそうになりながら誰にも聞かれないように呟く。

「メル……」

 サタンはメルの背中に腕を回し引っ張る。

「な、ななな、何を――」

 いきなりのことに頬を赤くしながら慌てふためくメル。だが、サタンは構わず耳元で小さく呟いた。

「それって……」

 メルはサタンが言った言葉に目を丸くする。そして、離れて顔を見上げた。

「じゃあな……」

 笑って言い残し、翼をはためかせ空へと飛んでいくサタン。

「待って、下さい……」

 メルは細い腕が伸ばし、止めようとする。が、サタンには届かない。ここで離してはいけない……そう分かっているのに……。


 サタンは空から砂浜を見下ろす。砂浜には自分とベルゼブブを見て、驚く者ばかり。いちいち、気にしていると戦えない。それに――

 ベルゼブブに喰われるといけない……!

(サタン……サタン……サタン……――)

『――いいか、メル。お前はこの旅行から帰ったらリエノア村に行け。ラエルさんにも行くように言っておく』

(私は嫌です……! 例え、お母さんと一緒に暮らせてもそこにあなたとアズラがいないんじゃ、私は……)

 サタンは深く息を吸い込んだ。そして、口を大きく開き――

「いいかっ、よく聞け人間共っ! 俺の名はサタン! 魔界に君臨した新たな魔王だ! 殺されたくなかったら今すぐ消えろっ!」

 砂浜に向かって叫んだ。一瞬、何を言っているのか分からないようだったが自然に一人が悲鳴を上げると、伝染に戸惑うように走り逃げていく。……一部の者を除いて。メル、ゴウカ、モカ、イサム、ダエフの五人だけはその場を動く様子がなかった。

 まぁ、あいつらは仕方ない、か……
 さて……

 サタンはベルゼブブの方を向き睨んだ。ベルゼブブは苛立ちながらわなわなと震え、サタンに向かって言う。

「なんなんだ! お前はなんで俺の邪魔をする!? 同じ魔界の仲間だろうがぁ! だったら、黙って人間を喰わせろよ!」

「お前は仲間でもなんでもない……ただの、殺戮悪魔だ!」

「それの何が悪い! 悪魔なんだ、どれだけ殺してもいいだろうが! それが、悪魔の道だ!」

「違う! 俺はそんな道進まない! ……けど、今だけは――ペントから託されたお前だけは消す!」

 サタンは両手を前にだし魔力を最大限込める。

「ああ、思い出した。あれは7年前に食べようとして食べ損ねた奴だ。せっかく、食べたのに爆発なんてさせて挙げ句の果てに俺に傷まで負わせて……あれはクソ不味かった!」

「……っ……だったら、喰わなきゃよかっただろうがぁ! あいつはなぁ、ただ生きたかったんだよ! 大切な人達と一緒に生きたかった……ただそれだけなんだよ! なのに、なんでこんなに不幸な目に遭わないといけないんだよ!」

「知らねーよ、そんなもん。関係ない。俺は俺の喰いたいようにやるだけだ!」

 ベルゼブブはサタンに突っ込んでいく。それを交わせないサタンではない。右に避け、交わす。

 まだ、時間がかかる。今邪魔される訳にはいかない!

 サタンは両手が使えない今、飛びながら交わすしかない。再びベルゼブブが突っ込んでくる。

「――って、思わせて――」

 ベルゼブブは途端に進路を変え、この場に残ったメルに向かって急降下する。一瞬の出来事にメルはユニケンを構えるのが遅れてしまう。

「いただきまぁす!」

「……っ」

 ガチン――という鈍い音が鳴り響いた。

「あ、が……」

 確かに、噛んだ感触がある。なのに、歯が抜けない。

「サタン……」

 メルを庇い、サタンは左腕を犠牲にした。しかし、決して噛み切らせない。腕を蛇の鱗で覆い硬くさせる。

「もう、お前消えろよ……」

 ベルゼブブはゾッとした。冷たく、重く聞こえた声に、歯をおもいきりサタンの腕から抜くと空へ向かって逃げる。左腕は使えない。せっかく込めた魔力も無駄になった。

 けど、今は右手だけで十分だ!

 サタンは逃げていくベルゼブブを追いながら右手を前につきだした。そして、さらに魔力を込める。

 ベルゼブブは急いでハエの姿となり、逃げようとするが無駄だった。蛇に睨まれているかの恐怖に後ろを振り向く。そこには、蛇の目をしたサタンがこちらを睨んでいた。

 見つけた……!

「ハァァァアアアァァァ……魔導砲――ッ!」

 迫りくる闇色の魔力のレーザー。例え、どれだけ小さくなっていても意味がない。辺りを巻き込んだまま迫る魔導砲がベルゼブブを飲み込んだ。

「チ……ックショウ……ギャアァァアアアア…………」

 ベルゼブブは魔導砲の中で粉々の塵となり消滅した。

「ハァ……ハァ……っ」

 サタンの体は限界を迎えていた。静かに砂浜へと落ちていく。

 ああ……このまま後は静かに帰るだけだとどれだけ楽だろう?

 しかし、それは出来ない。砂浜に立ったサタンの元へと集まってくる元クラスメートの面々。何も言わずただ見られているだけ。メルだけが手を伸ばそうとしていたが、出しかけて引っ込める。

「……っ、サタ――」

 サタンも何も言わなかった。翼を動かして空に浮かび上がると、セーラの能力で一瞬にして姿を消した。


 ◇


「ペントさん……どうして私を助けたりしたんですか……!? 私を助けたせいでこんな……」

 血が止まらない。アズラは溢れ続ける血を見ながら言う。

「い、い……どうせ、俺だけ生きていても、もう意味がない……ペレンちゃんもいない……誰もいないこんな世界……生きる希望もない……」

 血を口から吐き出しながら、それに――と続けるペント。

「俺がペレンちゃんを助けにいく時、手伝ってくれた……その恩返し……」

「っ……もう、話さないで下さい……」

 ヒュー、ヒューと口から息を吐きながら静かに目を瞑るペント。と、そこへ、ベルゼブブを倒し終えたサタンが急いで戻ってくる。

「アズラ! ペント!」

「サタンさん……」

 サタンは翼を消すとペントの横へと急ぐ。気配に気づいたペントはゆっくりと目を開ける。

「サタン……ベルゼブブは――」

「ああ、俺が消した。誰も被害は出てない」

「そっか……。それはよかった……。……なぁ、最後にひとつ頼んでもいいか……?」

「なんだ?」

「ペレンちゃんをここに連れて来てくれないか……?」

 ペントの最期の頼み。自分から迎えに行きたいがそれは出来ない。

「分かった……」

 サタンは崩壊した研究所の前まで行くと、翼を現し、空を飛ぶ。上から眺め、ある場所を見つけた。


「ペント……」

 サタンは見つけた、冷たくなったペレンの遺体をペントの隣に寝かせた。

「不思議と周りには落ちてきた者も鬼も何もなかった……綺麗なままだったよ……」

「そっか……なら良かった……」

 力弱く笑うと体を引きずらしてペレンの近くまで這っていく。そして、右手でペレンの左手を握った。

「ペレンちゃん……――」


『ペント君!』

『ペレンちゃん!?』

 ペントは気づけば、眩い輝きの中で横になっていた。温かく、優しさで満ちた場所。そこで、目の前にペレンがいた。覗き込むようにペントを見ている。

 そして――

『もう終わったよ……休んでいいよ……』

 手を差し出した。手を伸ばして、この手を掴めば全て終わる。苦しい事も痛かった事も幸せだった事も……。

『うん……』

 ペントは差し出された手を掴んで立つ。そして、手を繋いだまま歩いた。ハッキリと見える。そこにいる大切な人達の姿の方へ。笑いながら手を振って合図している。

『ペント君……さっきの返事だけど……』

『返事……?』

『私も、ペント君のことがずっと…ずっとずっと大好きです!』

 頬を赤く染めながら強く言うペレン。告白の返事を今伝える。ペレンの気持ちを聞いて、反射的に顔を赤くするペント。しばらく、体を硬直させ、ようやく反応した。

『……っ、ペレンちゃん』

 ようやく、今、全てが報われた気がした。幸せから始まった絶望。そこに、射し込んだ一筋の生きる意味。ただ、利用され、何も救えなかったと思っていた。しかし、こうして報われた。

(そうか……俺はただ誰かを幸せにしたかっただけなんだ……)

『ペレンちゃんは幸せだった?』

『当然だよ。この世に生まれることが出来て、大好きなペント君と出会えて幸せだったよ!』

『俺も……俺も幸せだった。ペレンちゃんと出会えて、大切な人が出来て、生きる意味があった。そう思えることが出来て幸せだったよ』

『うん。……だから、ペント君、これからも幸せでいようね。この場所で、みんなで。誰にも邪魔されることがない――永遠に続くこの場所で――』


「――今、逝くよ。今度はずっと一緒にいよう……」

 ペントの目にはペレンが見えているのだろうか? まるで、そこにペレンがいるかのように呟いて静かに眠るように目を閉じる。握られた手はしっかりと離れないまま息を引き取る。

「ウゥッ……ウァァァァァッ……」

 アズラは泣きながらサタンの胸に顔を埋める。時間で言うとただの数時間。しかし、その数時間の間に一人の少年の生きた証をしかと感じた。悲しい訳がないはずがない。アズラは泣き続ける。

「ハッ……ハッ……ハッ……ハッ……」

「サタン、さん……?」

「ハッ……ハッ……ハッ……ハッ……――」

 これが、死……? もう、ペントは生き返らない……?

 サタンはこの日、知ることとなる。自分の死ではない、他人の死――本当の死がどういうものなのかということを。死んでも生き返る自分の死ではなく、死んだら生き返らない死というものを。

 そして、今まで数人にしか知られていなかった、新たな魔王という存在。その存在が明らかになり、後にこの日は〈新たな魔王誕生の日〉――と呼ばれることになる――。
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