上 下
37 / 52

夢と現実の狭間にsideモアラート王国 第三十六話

しおりを挟む
「クレイ様、見てください!城下の子供達が私にってお花をくれたのです!綺麗でしょ?」

あぁ、※※※の今日のワンピースと同じ色だね。とても綺麗だ。僕も花をプレゼントしたいけど、この花に勝てる花はしばらくなさそうだね」

「殿下は、隣にいてくださるだけで私は嬉しいのですよ。私の特別な人なんです。自慢してください」

茶色い髪の素朴な少女は、野原で子供達が摘んできた花を束ねた花束を持って微笑んでいる。

小さな水色の花はいわゆる雑草だ。途中で力ずくに手折ったのか、茎が折れてぐにゃりと曲がっている。
それでも、その花を持ってきた子どもの笑顔は一生懸命で、美しかった。

花束は薄い紙に包まれている。巻かれているリボンには子ども達の母親が丁寧に刺繍を施してあった。
銀色のリボンの裾に茶色の刺繍糸で百合の花を一輪。

「茎が折れてしまってるから、長くは楽しめなさそうだね。」

クレイは残念そうに※※※の手ごと、花束を包む。

「いいえ、見ててください。」

そういうと、※※※は目を閉じ、何かを念じているようなそぶりを見せる。
握った手が温かくなったように感じて視線を落とすと、花がわずかに揺れていた。
くにゃりと曲がった茎が本来の方向に戻り、まるで野原にまだ咲いているかのようにピンと立ち上がった。

「せっかくいただいたお花ですから、私たちの寝室に飾りましょう殿下」

しゅるりとリボンをほどくと、「髪に縛ってください」と手渡し、くるりと後ろを向く。

「出来たよ僕の髪の色にしてくれるなんて、皆優しいな。ほら、出来たよ」


「本当に、暖かい人たちに囲まれて幸せですね」

くるりとこちらを向いた少女は穏やかに、愛らしく微笑んでいた。クレイもつられてふんわりと微笑む。

「そうだわ!庭の薔薇が剪定の時期に入ってますよね?!切った花を乾燥させてポプリにして、母親達にお礼にプレゼントしましょう!!」

「いい考えだね。今ならジョージがいるから頼もうか!」

「ジョージがいるの?なら、私にも何輪かプレゼントしてくれるかしら?運がいいと切ったばかりの薔薇をこっそりプレゼントしてくれるのよ!」

「それは妬けるな。」


「ふふ!そんな顔しないで!クレイ様」

「ク…様…」


「クレ…様」


「クレイ様。もうすぐ国王が帰ってこられます。準備を」

抑揚のない、太い声に起こされ、目を開ける。先程まで心が暖かく優しい気持ちになっていたはずなのに、すっかり冷めてしまっている。
執務室の大きな机に片膝をついたまま少し眠っていたようだ。

あの夢は、なんだろう。最近あの少女の夢をよく見る。
顔ははっきりしていないし、名前もわからない。
それでも、とてつもない虚無感を感じる。
夢の中にずっといたい、そんな気さえしてしまうほどに。

コンコンと扉がノックされる。

「どうぞ」

と返事を返せば、真っ赤なドレスに身を包んだアクアが現れた。

「陛下との謁見に遅れましてよ、行きましょう」

「あぁ、行こう」

重い腰を上げてアクアをエスコートする。途中、中庭で庭師が花の手入れをしていた。
綺麗な薔薇の花がまだ美しいのに刈り取られているのを見て足を止める。

「まだ咲いているのになぜ?」

つい、そう話しかけてしまった。庭師は驚いてはいたがにっこりと笑って答えてくれた。

「これは、王太子様、婚約者様。これは、後々のバラが美しく咲くように剪定をしております」

パチン。そう言って、シワだらけの手で優しく薔薇を一輪切る。そうして、大きく美しい真っ赤な薔薇をこちらへ差し出してきた。

「この花はまだまだ楽しめます。王太子妃様よろしかったら一輪如何ですか?」

王宮の薔薇といえば最高級品である。平民はもちろん、貴族ですらなかなか手に入れられない。もちろんクレイもそのことは知っているのでその行為を止めなかった。

「!!!何ですってこの愚か者!!!」

アクアは手に持っていた扇子で庭師の頬を思い切りぶった。その後も手はわなわなと震え、床に落ちた大輪の薔薇は無惨に踏みつけられている。

「この私に剪定した薔薇を送るなんて不敬罪です!!即刻首にして!!!はやく!」

「アクア!この薔薇は特別な薔薇なんだよ!」

慌ててクレイが庇おうとするが、だからなんだと言わんばかりにアクアの怒りは収まらない。

「汚い庭師が直接触ったものなどただのゴミよ」

「申し訳ありません。婚約者様…」


「いいから今すぐ出て行きなさい!処刑されたくなければ二度とここに来ないで!!」

庭師は散らばった花を集めると、慌てて庭から出て行こうとした。クレイは、その背中が何故か気になってしまい、呼び止める。


「ジョージ!!」


「はい?王太子様。わしの名前をご存知だったのですか?お世話になりました」

夢じゃないのか?あの夢は、現実と同じなのか?
ぺこりと頭を下げて出ていく庭師を見つめながら、混乱した頭に踏みつけられた薔薇の濃い香りが混ざり、どうしようもない焦りが湧き上がった。

気もそぞろに国王との謁見を迎えることになる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を

川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」  とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。  これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。  だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。  これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。 完結まで執筆済み、毎日更新 もう少しだけお付き合いください 第22回書き出し祭り参加作品 2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます

交換された花嫁

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」 お姉さんなんだから…お姉さんなんだから… 我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。 「お姉様の婚約者頂戴」 妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。 「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」 流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。 結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。 そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

推しに嫌われてる?わかってますから黙ってなさい

空橋彩
恋愛
よくある話。 私は一番大好きな漫画に転生した。 金と権力の力で推しを手に入れて側で愛でたいだけ。嫌われてる?分不相応?かわいそう? 全部知ってるわよ。 私が一番わかってるんだから黙ってなさい!!

一年で死ぬなら

朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。 理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。 そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。 そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。 一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・

【電子書籍発売に伴い作品引き上げ】私が妻でなくてもいいのでは?

キムラましゅろう
恋愛
夫には妻が二人いると言われている。 戸籍上の妻と仕事上の妻。 私は彼の姓を名乗り共に暮らす戸籍上の妻だけど、夫の側には常に仕事上の妻と呼ばれる女性副官がいた。 見合い結婚の私とは違い、副官である彼女は付き合いも長く多忙な夫と多くの時間を共有している。その胸に特別な恋情を抱いて。 一方私は新婚であるにも関わらず多忙な夫を支えながら節々で感じる女性副官のマウントと戦っていた。 だけどある時ふと思ってしまったのだ。 妻と揶揄される有能な女性が側にいるのなら、私が妻でなくてもいいのではないかと。 完全ご都合主義、ノーリアリティなお話です。 誤字脱字が罠のように点在します(断言)が、決して嫌がらせではございません(泣) モヤモヤ案件ものですが、作者は元サヤ(大きな概念で)ハピエン作家です。 アンチ元サヤの方はそっ閉じをオススメいたします。 あとは自己責任でどうぞ♡ 小説家になろうさんにも時差投稿します。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する

3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
 婚約者である王太子からの突然の断罪!  それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。  しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。  味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。 「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」  エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。  そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。 「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」  義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。

冷遇された王妃は自由を望む

空橋彩
恋愛
父を亡くした幼き王子クランに頼まれて王妃として召し上げられたオーラリア。 流行病と戦い、王に、国民に尽くしてきた。 異世界から現れた聖女のおかげで流行病は終息に向かい、王宮に戻ってきてみれば、納得していない者たちから軽んじられ、冷遇された。 夫であるクランは表情があまり変わらず、女性に対してもあまり興味を示さなかった。厳しい所もあり、臣下からは『氷の貴公子』と呼ばれているほどに冷たいところがあった。 そんな彼が聖女を大切にしているようで、オーラリアの待遇がどんどん悪くなっていった。 自分の人生よりも、クランを優先していたオーラリアはある日気づいてしまった。 [もう、彼に私は必要ないんだ]と 数人の信頼できる仲間たちと協力しあい、『離婚』して、自分の人生を取り戻そうとするお話。 貴族設定、病気の治療設定など出てきますが全てフィクションです。私の世界ではこうなのだな、という方向でお楽しみいただけたらと思います。

処理中です...