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一朝一夕というわけにはいかない 第二十四話

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ガキィン!!!

「うわっととっ」

「あー!リリーちゃん惜しいな。また、浄化ができてなかったねー!」

あれから早くも2日たった。
何度か小型の魔物に遭遇し、2つ魔石を手に入れた。総数では10体は撃破している‥と思う。

拳で殴るだけで砕けていく魔物に可哀想と思わなくもないが、弱肉強食、襲われる前にやれ。と言う事なのだ。
呪いの力は何とか小さな怒り、中位の怒りと調節できるようになってきたが、祝福の方がまるで進まない。

はぁ。

と短いため息をついてむき出しの木の根っこに座る。
日が傾きかけており、今日も確実にこのまま野営をする事になりそうだ。

「焦らなくても大丈夫だよ。」

いつの間にかヴォルフが背後に立っていた。
もう、あれから半年が経とうとしている。私があんな目に遭ったのは何故だったのか、どうしてすぐにやり返せなかったのか…と後悔ばかりしている。

「…ずっと思い出すんです。魅了魔法だったかもしれないけど、騙されたってわかった時の絶望感と言うか…」

ぎゅっと目を瞑るとあの時の情景が浮かんでくる。セリフも、視線も、一つ残らず思い出せるほどに。
全身に力が入るのがわかる。ぎゅぅっと握り締め、肩を寄せ歯を食いしばる。
悔しい。

「今日はここで野宿しよう!今回は火の番もしてもらう事になるよ」

「あ!はい!もちろんです。」

そう言って、2人で薪を集めて火を起こす。
パンに少し炙ったベーコンとチーズを挟み、無言で食べる。

「リリーちゃんがあそこに幽閉されてる間、しる…えっと、あいつがずーっと浮かれてたのは知ってる?あ、名前言ったらだめね、飛んできちゃうから」

ふとヴォルフに目をやるともう食べ終わっているようで、マグカップに息を吹きかけながらお湯を覚ましているようだった。

「リリーちゃんには、とても悪かったと思ってる。あの女があそこまでやると思ってなかったから、ホント償わなきゃなんだけど、シルは、やっと出逢えたって甲斐甲斐しくお世話してたんだよ。毎日自慢しに来てね、大変だった。」

城での生活を思い出すと確かに目の端の景色にずーっとシルビアがいた気がする。思い出して少し笑みが溢れる。

「たまに、討伐に無理やり駆り出されて瘴気にあてられて帰ることがあったでしょう?」

「あー…黒いモヤモヤがついてた時ですか?ありましたね。ヒョイっとしたら、私の方に移ってくれたのでそのまま、お空に帰ってもらいましたね」

「リリーと僕は繋がっているんだって自慢されたよね。それが祝福の力なんだよ。」

冷ましたお湯をタオルにかけて、ぎゅっと絞ったものをリリーに差し出してヴォルフが微笑む。
受け取ろうと持ち上げた手は空をきり、ヴォルフはリリーの顔を丁寧に拭い始める。

「シルは、呪われた姉を助けようと姉の名前を受け取った。それから神殿で呪いを喰うためにずっと、俺たちと訓練してた。家族の面会も断って、一人で。そしてあの2人におもちゃにされて、傷つけられて捨てられた。その時に手を差し伸べてくれたのは君だけだった。」

ふと、ヴォルフが泣き出しそうになったのが気になって、咄嗟に頭を撫でてしまう。
孤児院で小さな子供にするように。

「その後またあの国に人質として取られてから。俺は騎士として潜入して何とか、あいつのそばにいたんだ。」

シルビアの過去を少し知り、何だか胸が熱くなったような気がした。初めましてから、いままで、彼のこととなると、心臓がいつもより早く鼓動を刻む気がしてならない。
思ったより、柔らかかった髪の感触に急に恥ずかしくなり、手を離そうとした途端に、突然トン、と人差し指で心臓のあたりを押される。

「リリーちゃんがシルビアの番なんだと思うんだ。サンタはカースイーターの中に番を見つけるんだ。呪いを喰う者を救うために。初代の聖女様もそうだった。」

グッと顔を上げたヴォルフは、とても真剣な眼差しはどこか、大切な人を取られて嫉妬しているような、思慕の情を含んでいるようだった。

「だけど、その気持ちに騙されないで欲しい。番はきっかけで、そのあとはちゃんとシルビアをみて、リリーちゃんも傷つかないように」

「ありがとう、ございます。えっと、あの方の気持ちを弄ばないように、ちゃんと考えます」

「うん。お願い。」

柔らかく微笑んだヴォルフの瞳は、月明かりが反射してほのかに赤く光っていた。
孤児院の子どもたちを思い出して微笑みを返すと、頭を撫でていた手をグイッと引っ張られてそのままぎゅっと抱きしめられる。

「ヴォ!!ヴォルフさん!!」


しばらく返事はなく、パチパチと木が爆ぜる音だけが森に響いた。

「さて、休もう!先に休ませてもらうね。順番に火の番をしようね!」

そう言って火に背を向けてごろんと転がったまま、ヴォルフは眠ってしまったようだ。リリーの心臓はしばらくドキドキしていた。
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