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聖ジェントクランへ 第十九話

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「リリー、離れていて。」

シルビアに制されてエルダーとヴォルフとは少し離れた場所に立つ。
ヴォルフが何もない空間に手を突き出すと、何もないはずの空間に波紋が広がる。中心から外に向かって広がりながら、薄く光を発しているようだ。

波紋が微かに残る中、エルダーが何か細い棒のようなものを懐からだし、中心に文字を描く。
波紋に合わせて、細かい黒い文字が広がり、やがてその場所に人が余裕で通れるくらいの穴が開く。


「おーい!オマエタチ!とおれるよ」

自慢げにふんぞり帰ったエルダーは大声でシルビアとリリーを呼ぶ。
近づいてみると小さな文字が、連なり、穴を開けてくれているようだった。

「わ!すごい!綺麗な字ですね、見たことない」

「この字は私の故郷の字、呪詛に使う文字ね」

後ろからヴォルフにおされて、もっと見ていたかったが結界に空いた穴を通り抜ける。
塞がるまで名残惜しそうに見ていると、

「そんなに気に入ったならかいてあげる。」

とエルダーが不意にリリーの手袋を剥ぎ取る。赤黒い手が露わになり、リリーはビクッと反応してしまった。
シルビアが慌てて止めようとしたが、

「ひどい呪い。こんなに優しい手なのに許せない。」

そう言って自分の頬にリリーの手をあて、優しく撫でる。パッと手を下に戻し、先ほどの細い棒の先に毛の束がついたもので呪いがちょうど切れた腕のあたりに一周、ぐるりと一周、小さな字を書いた。まるで手を繋いで踊っているような、そんな雰囲気で。ぱっとみると、ブレスレットをしているようだった。

「わっ可愛い。エルダーさんありがとうございます」

手を大切に扱ってもらったことも、気にかけてもらったことも嬉しくて、少し涙がでた。

「さ、先を急ごうか。リリーちゃんの家族が今か今かとまちわびているよ!」



聖ジェントクランに入ってからはそんなに荒れておらず、魔物にも会わなかった。黒いモヤのようなものに出会いはするが、何もしてこずただそこにいるだけだった。なぜか、そのモヤが悲しそうに見えて、手をその中に突っ込み少しだけ、「寂しかったね。暖かいところへお帰り」と心の中で話しかけてみた。
すると、すっと空へモヤが消えていったのだ。

一行はそんなリリーの行動に何か言うわけではなく、あたたかく見守り、やっとなことで新孤児院に到着した。


リリーの到着を知った子供達はそれは元気に嬉しそうに飛び出してきた。
母も続いて迎えてくれ、やっとの再会にみんなで号泣してしまった。
その後、父の執務室に呼ばれ、感動の再会が待っているかと思い、意気揚々と扉を開けると…腕を組んで立っているヴォルフと膝立ちのシルビア、その前にちょこんと座らされている父が目に飛び込んできた。


「あ、リリー、おかえり。会いたかった…よ」

白髪混じりの髪を後ろへながし、糸のような目をだらしなく垂らして、優しく微笑む父。
鬼のような表情で、心なしか赤い光が強くなったような眼差しで父を睨むヴォルフさん。何かを決意したように父の前に跪くシルビア様。


「あ…ただいま?」

その威圧感からか、疑問系になってしまったのは許してほしい。ヴォルフさんがその重い口を開く。

「さぁ、父親殿。リリーちゃんに説明を。今すぐに」

今までのチャラ柔らかさはなく、バシッと命令口調で父に指示を出す。

「あー、リリーびっくりすると思うけど、リリーはこの国の人間なんだよ。そして、私は“サンタ”お母さんは“神官”だったんだ…」

「え?ちょっと、何言ってるかわからないんだけど」

てへっ!と軽い感じで父がカミングアウトしてくる。

「母さんとの結婚を反対されて、駆け落ちしたんだ。そして、リリーが生まれたんだ!!!」

父のところだけ光が当たっているのかと思うくらいパッと明るくなっている。

「リリーちゃんにはファミリーネームがあってね、リリー・クローズという。クローズは貴族ではないんだけど、サンタの一族が名乗ることを許される特別な名前なんだ」

はぁ、とため息混じりにヴォルフが追加で説明をする。

「君の父君は、神官を攫って駆け落ちしたサンタとして、この国ではお尋ね者になっていたんだ。」



「ええええ?!」

父をチラッと見ると、ニコッと笑う。
いつも穏やかな父、元気で口うるさい母。二人にそんな過去があっただなんて、全然しらなかった。

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