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やっぱり鉄の乙女らしい 第十一話

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「殺…さ…ない」

シルビアの瞳から、堪えきれなかった涙が一筋流れ落ちる。口調は柔らかいが、シルビアの見た目はちょっと暗めのお兄さん、という感じだ。
背は高いがあまり筋肉は無さそうだ。シルビアの涙を拭こうと隣へ移動して行った黒い騎士と並ぶとマッチョとヒョロと表現しても間違いではないくらいかもしれない。

「やっと会えたんだ、もう僕のそばから離れないでほしい…リリーが離れたら僕は死ぬ」

脅しなのか?

「あんな…ことしといて、私がシルビア様が死ぬことを気にすると思ってるんですか?」

昨日までだったら、口が裂けても言わなかった様な言葉を口にした事で少し胸が痛んだ。要は、勝手に死ねばと言ったつもりだった。

「まぁ、そうだよね。俺もパッと見、ヤバいなって思ったもん。お嬢さんに水かけてたし、おまえ。あ、俺はあヴォルフって言うから、そう呼んでね」

黒い騎士の人が頭をガシガシと掻きながら、こちらを向いてニコッと笑う。
ヤバいで済む状況じゃないと思うんだけど。

「水じゃない。お湯だもん」

シルビアの目からぶわぁーと、涙が溢れ出てきた。

「リリーの手を冷やしてあげたいからって言われて水にたくさん氷をいれたら、顔からかけるし。リリーはあんな石畳の上にいるから寒いと思ってお湯をかけたんだ」

こんな人だったっけ?この人?と先ほどまでの頂点に達していた怒りが冷めていく。

そういえば、桶に氷を出した後、ちゃんと手でかき回して温度をたしかめていたし、その後にかけられた水はなんか暖かかった気がしないでもない。

「お嬢さんが、こいつから離れたら死ぬってのは、精神的もそうかもしれないけど、物理的にってことなんだ」

低く、よく響くテノールが耳のそばで聞こえ驚いて顔を向ける。鼻先がくっつくほど近くにヴォルフの顔があった。

「ち…ちか」

よく見ると、彼の黒い瞳の中に赤い小さな光がチラチラと輝いているのが見える。

「こいつは、カースイーターなんだよ。」

「なっ…え?」

ゾワッと手に違和感を感じて視線を移すと、リリーの手にヴォルフの大きな手が絡み付いている。そのまま大切そうに優しく撫でているようだ。
大きく逞しい手に弄ばれて何だか少しくすぐったく感じる。

「これはあいつの心臓なんだ。ドクドクと脈うつだろ?」

心臓…!!!心臓で…殴ってしまった!!
もっと気にすることがあるとは思うが、まず思い浮かんだのはそれだった。

「ヴォルフ!!リリーに近すぎる!!」

「わかった、離れるから怒らないで」

パッと手を離すとお手上げ状態でリリーから距離を取る。代わりにシルビアがリリーの手を握り愛おしいと言わんばかりに撫で回す。

「僕のせいで…辛い思いをさせてしまった。ごめん、なんて軽い言葉では済まされない」

握った手を、涙と鼻水まみれの顔に近づけてごめんなさい、とひたすら呟く。

リリーはどうしていいか分からず、小さくなったシルビアの背中を見て何故か慰めたくなってしまった。
孤児院の子供達のことを思う時のような、もっと何か違うような。
もっと昔に、こんな事があったような。

「シルビア様だった?」

ごめんなさいを呟くだけの者になっていたシルビアがバッと顔を上げた。長い前髪を左右に手でかき分けると、整った顔が現れる。大きく見開いた目には困惑したリリーの姿がくっきり映っている。

「思い出したの?じゃないって、気がついてくれた?」

あれ、とはクレイのことだろうか。

「初めから何かが違うとは思っていたんですけど。でも、あんなに詳しいし、私も幼かったから記憶違いをしているのかと思いまして。まぁ、その後調子のいいこと言われていい気になってたのは、私なんですけどね」

「あぁ…気がついてくれた!やっとわかってもらえた」

泣いたり笑ったり忙しい人だな、と思いながら手の鎖の音で我に帰る。

「わた!私許してないですから!怒ってますから!」

「リリーは怒ってないよ」

「え?勝手に感情決めないでくださいよ!怒ってるんです」

「怒ってないよ、熱くないもん」

グイグイと顔をリリーにに寄せてくるシルビアに困惑を隠せないリリーはつい、パチンと平手打ちをかます。

「あっ!ごめんな…さい!」

「いや、嬉しい」

「ひぇ」

「リリーはそんな顔もできるんだね。素敵だ」

叩かれた右頬を愛おしそうになぞり、光悦とした表情を向けてくる。そしてまた距離を詰め始める。

「ヴ…ヴォルフさぁん!!とめてくださああああああい!!!!!」

「はいよぉ!」

バリッと剥がされたシルビアはハムスターの様に縮こまってしまった。そのまま、テントのそばにポイと捨てられる。

「まずは説明からでしょ?ほら、お嬢さん手を、鎖を外そうね」

地味に重かった鎖が外れ、解放された腕を軽くさすっていると、「僕がさすろうか?」と提案されたが丁重にお断りした。

「まず一つ目に、その手は今、この世で一番硬い、んー…金属のようなものだと思ってもらっていいよ。だから、殴ったりとか、踏んだりとかしてもそう簡単に傷はつかないと思うよ」

あぁ、私金属になったんだ、呪われて、金属に。
何故か隙間なく私の隣にシルビアが、跪くように私の前にヴォルフが位置取りヴォルフが説明を始める。


「俺たちは、この国の人間じゃないんだ。隣のジェントクランの人間なんだ」


「聖ジェントクラン…国?」

「そう!そんで俺は聖国教会の枢機卿の息子ヴォルフ・ジェントクラン。そしてそっちは、シルビア・カースイーター。」

たった一言に情報が多すぎて、開いた方が塞がらないリリーの小さな口に、ポイっと乾燥レーズンを放り込みながらシルビアが口を開く。

「5年前のあの日、リリーは僕の運命の解呪物として目覚めてしまったんだよ。」
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