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黒い森への逃亡 第九話

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ガタガタと揺れる床を眺めたまま、リリーは今までのことを思い出していた。


確かに、愛してるなんて言われたことはない。それに、名前すら呼ばれたことも無かった。

楽しかった日々を思い出すたびにヅキンと胸が痛む。

自分で、アクアを妹だと決めつけて、聞きもしなかったし、クレイに婚約者がいるかどうかも聞かなかった。

決めつけと勘違いで、自分の思う通りの世界を作って勝手に助けた気になっていた。

「ダンスを教えてなんて、マナーを教えてなんて恥ずかしすぎる。」

よくぞ、シルビアはそんな私についていられたものだと感心した。まぁ、騙すつもりだったんだからそれも当たり前かとひとりごちた。
ふと、黄昏色の瞳を思い出しまた、胸が痛くなる。

自分の赤くひび割れた両手を眺める。

孤児院はどうなったのか、ふと気になる。あの手紙は偽物だったんじゃないか。
私が帰ってこないことを心配してないか…
孤児院は王都からでたすぐの、森の近くにある。追放されたらそこを目指そう。

呪いがうつるといけないから、森の近くのどこかで生活して行かなくてはいけない。どうやって暮らそうか。

とにかく思いつくことを考えることで、クレイの事を考えないようにした。

ふと、馬車が停まり、しばらくすると鍵を開ける音がした。先程の黒い鎧の騎士が顔を見せる。

「お嬢さん、おりられる?」

手荒く扱われるんだろうと思っていたため、身体をこわばらせていたリリーが話しかけられると同時にビクッと怯えたように肩を揺らす。
差し出された手を掴むのも嫌で、そのまま、1人で降りる。


「隊長!!そんな犯罪者さっさと捨てていきましょう。呪われた女に呪われた魔導士、俺たちまで呪われますよ」

リリーが二台から降りて騎士の方に目をやると、そんな言葉が聞こえてきた。ビクビクしてるのは銀の騎士も一緒らしい。呪われた女は自分の事だとわかるが、呪われた魔導士とはどう言う事だろう。
もう、どうでも良くなり目の前に広がる黒い森に目をやる。走っていけば、声を奪われる前に逃げられるかも。一寸いけば、暗く、陰鬱とした森だ、うまくいけば逃げられるかもしれない。

黒い騎士と、シルビア、銀の騎士が話しているのを見てジリジリと森の方へ近づいて行く。

「そうだな、では、俺たちはもう一つの刑を執行してからお前を追う。先に馬車で帰還していてくれるか?」

「呪われた魔導士と隊長を2人っきりになんてさせられませんよ!呪われた女までいるんですよ?!」

「いいから、命令だこれ持ってけ。」

「これ?!隊長勲章じゃないっすか!」


「殿下に俺からの指示だと、それを見せて伝えればいいから。早くいけ。」

「わかりました。後で返します」

そう言って銀の騎士は手綱をにぎり、出発をする。
ガラガラと音を立てたのを見計らって一気に森の中へ駆けていく。

振り返ると気付かれそうで、しばらく振り返らず、体力の続く限りひたすらに走り続けた。




10分ほど走っていると、少しひらけた川についた。ここだけ日の光が差し込み少し暖かい。
氷水をぶつけられ、水をかけられ、口からは血が垂れていたリリーは川に手を入れ水をすくうと顔を洗う。

滴る川の水に紛れて、涙が溢れ出てくる。


水面に映った自分の顔は、慣れ親しんだ色がほとんど変わり、いっそ、新しい自分を見ているようだった。
赤色がかった金髪に、茶色と紫のオッドアイ。白くなった肌に赤くひび割れた手。

なんだか魔物になった気持ちになる。

感情に浸っていると、すぐ後ろの茂みでガサッと音がした。慌てて振り返ると小型…リスやネズミほどの魔物が岩の上に乗っていた。
完全に目は合っている気がする。今にも飛びかかってきそうなそれは、前足であろうあたりに力を入れた。
逃げようと腰を上げようとするが、小石に足を取られ、尻餅をつく。
魔物は今だと、言わんばかりのタイミングで飛び上がりこちらに向かってくる。

「嫌!!」

慌てて顔の前に手を出して衝突を防ごうとする。

その瞬間、怒りが湧き上がる。

何で!!いくら私に悪いところがあったってこんなに、こんなに酷い目にばかり会わなくたっていいじゃない!



そう思った途端、呪われた手がカッと熱を持った気がした。


ガキィン!!!
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