上 下
3 / 52

城へ 第三話

しおりを挟む
あの再会から一月が経とうとしていた。
クレイは1日おきに孤児院に通い、少しずつ院の子供達とも仲良くなった。

毎回、新鮮な野菜を差し入れしてくれた。癖にならないよう、それが当たり前になって無くなった時に困らないよう嗜好品ではなくありふれたものを選んでくれるクレイに、リリーも両親も好感を抱いた。

メイドも何人か一緒に来るようになり、そのうちの1人とアイクが親しくなったことだけが、リリーの気がかりだった。

茶色い髪に、茶色い瞳、名前はエリンと言うらしい。エリンは初めて会った時からリリーに良くしてくれた。そのうち、年が近いこともあり、一緒にお茶を用意したり、掃除をしたり。エリンだけで孤児院を訪ねてきてくれることもあった。

茶色い土が剥き出しの庭、という名の運動場の片隅にあるベンチで2人は座ってよく話していた。
子どもたちもそこへ集まって楽しそうにしているのをみて、リリーは淋しく感じてしまった。
少し離れた場所で洗濯物を干しているリリーはその景色を見て、自分の居場所なのに、と感じてしまった。

「僕の聖女、どうしたんだい?」

「あ、レイ様。なんだか私って…薄いなと思ってしまって。私の代わりなんていくらでもいるんだなって」

持っていたシーツを竿にかけて、恥ずかしさを払うようにシワのよったエプロンをパッと払う。
いつもはすぐに返事が来るのに、沈黙が返ってきたことに不思議に思い、リリーはクレイの顔を見る。
いつもの笑顔ではなく、真剣な顔で見つめられている事に心臓がドキンと跳ねる。



「君の代わりなんていないよ。僕の聖女は君だけだ」

「あ…」




「きゃあああああああ!!」

シンと静まり返っていた2人の世界に悲鳴が響く。
慌てて目をやると、小型の魔物が運動場に現れていた。

「そ…そんな!!今までここまで来たことなんてなかったのに!!みんな逃げて!!」

何も考えず、魔物とアイク、子供達、の間まで走り出す。かけだしたリリーに気が付き、

「だめだ!リリー!来るな!」

アイクが叫び、風魔法を発動させる。だが、その声はリリーには届かず、アイクが竜巻で自分達を包んだと同時にリリーだけが飛び出し、魔物と向かい合うことになった。


魔物は無言でこちらを睨みつけているように感じる。口からは涎が滴り、その床はどす黒く変色している。

『グアァァ!!』

たまらず叫んだ魔物はリリー目掛けて飛んできた。
咄嗟に両手を突き出し魔物を防ごうとするが、足が震えてその場に尻餅をついてしまう。

『喰われる!!』

ぎゅっと目を瞑り衝撃に備える…


がいつまで経っても痛みも衝撃も感じない。感じたのは暖かさだった。
恐る恐る目を開けてみると、クレイがリリーを庇って覆い被さっていた。

その前には魔導士のシルが立っていて魔物は氷漬けになってその場に、落ちていた。

「れ…レイ様!!王太子様!!!」

リリーの叫び声に、シルが振り返る。竜巻も消え中からアイク、エリン、子供達がでてくる。

「きゃああ!!クレイ様!!!」

メイドのエリンが駆け寄りクレイを揺する。しかし目を開かず、力無く揺れているだけだった。

「リリー!力もないのに何故出てきたんだ!」

「みんなをまもり…たくて…」

「お前が来なければ、俺がみんなを守れてた!魔導士様がいたんだから任せればよかったんだ!」

顔を真っ赤にしてアイクがリリーに詰め寄る。

「自分は何でもできると思ってんのか?!いつもそうだよな、自分が主役だと思ってるんだろ!」

「そんな事より早くクレイ様をお城へ!」

怒りが収まらないアイクをエリンが抑え、シルに指示を出す。

「リリー様、どうかクレイ様について行ってくださいますか?その間、私がここに残ってリリー様の代わりをします。」

涙目のエリンはリリーを見つめる。その瞳にリリーを攻めるような色は浮かんでおらず、ただ、心配する色が浮かんでいた。

「レイ様、レイ様。目を開けてください」

リリーはクレイの頬に手を当てて呼びかけるが反応はない。シルが近くに来た気配を感じた途端、リリーの目の前景色が揺れ、運動場の土から、真っ白な輝く床へと変わった。

「レイ様、お城につきました。もう大丈夫です!」

リリーはぎゅっとクレイの手を握る。暖かさを感じられることに安堵したのか、リリーの紫の瞳から涙が溢れた。その涙からあたたかな光が発せられる。

「僕の聖女、何故泣いているの?」



「あぁ!!!レイ様良かった」

「僕はまた、君に助けられたんだね」

弱々しく微笑んだクレイはリリーの頬を伝う涙を指で拭う。

「殿下!!どうしましたか!!」

クレイが目を覚ました瞬間に奥からたくさんの騎士たちと立派な髭を携えた初老の男性が慌てて出てきた。

「魔物に襲われてね、シルとこの聖女が助けてくれたんだ。もてなしてくれ。」

そう言い残して、クレイは再び目を閉じてしまった。騎士の1人はリリーの膝下からクレイを抱き上げ、「シルに従ってください」と言い残し去って行った。

『リリー、こちらへ』

音はしないはずなのに、声が聞こえた。ばっと顔を上げると、暗闇のような真っ黒な髪から除く、黄昏色の瞳と目が合った。

ズキンと心臓が音を立てる。

『ここは、冷えるから、こちらへ』

リリーは直接、頭に話しかけられているようなそんな感覚を覚えた。

「あの…魔導士様…先程は助けてくださってありがとうございました」

『シルビアと。喚んでください。』

「シルビア…様?」

すっと出された手を借りてリリーは立ち上がる。その手の冷たさに驚いて、孤児院の子どもの手を温めるようについ、両手でシルビアの手を包んでしまう。

『男ですからね。お気をつけを』

「?はい。あ!ごめんなさい。手を握ってしまって…」


自分よりも20センチは背が高いシルビアを見上げるとさきほど見えた黄昏色の瞳が真っ直ぐこちらを見つめていた。そのまま手を引かれ客間へと連れていかれる。
今まで触ったことのないほどの弾力のソファに腰をかけると、その前にシルビアが腰をかけ話しかける。

『魔物の前に飛び出すなんて、どうかしたますよ』

ちくりと言葉の棘を刺され、リリーは肩をこわばらせる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

高級娼婦×騎士

歌龍吟伶
恋愛
娼婦と騎士の、体から始まるお話。 全3話の短編です。 全話に性的な表現、性描写あり。 他所で知人限定公開していましたが、サービス終了との事でこちらに移しました。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【本編完結】ヒロインですが落としたいのは悪役令嬢(アナタ)です!

美兎
恋愛
どちらかと言えば陰キャな大学生、倉井美和はトラックに轢かれそうになった黒猫を助けた事から世界は一変した。 「我の守護する国に転生せぬか?」 黒猫は喋るし、闇の精霊王の加護とか言われてもよく分からないけど、転生したこの世界は私がよく知るゲームの世界では!? 攻略対象が沢山いるその中で私が恋に落ちた相手は…? 無事3/28に本編完結致しました! 今後は小話を書いていく予定なので、それが終わり次第完全完結とさせて頂きます。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...