冷遇された王妃は自由を望む

空橋彩

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8.王妃は画策する

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「レフラ様が恥ずかしく思うことでは、ございません。あれは、レフラ様には、本来当てはまらない制限ですので、ご存知ないのは当たり前なんです」
「当たり前、ですか……?」
「はい。ルールを守るべき者が、ルールを知らない事を恥じるべきですが、そうでない者が知らないからと言って、責められる謂れはありませんから」

 落ち込んだレフラを街路樹側の噴水の縁に腰掛けさせて、リランが慰めるようにそう言った。

「そうですよ。例えば、新兵の宿舎なんか、トイレも風呂も5分ずつ。洗い場で横1列で洗った後は、左から順に入るんですよ。しかも浴槽も左足からです。だけど、武官なら、当たり前に叩き込まれたそんなルールも、市場を歩く者達に聞いた所で知らないですから」

 それと同時に、エルフィルから飛び出したとんでもないルールに、レフラはクスッと笑ってしまう。

「本当に、そんなルールがあるんですか?」
「あるんですよ~」

 大真面目な顔で頷くエルフィルが、演技染みていて面白くて、またレフラは小さく声を上げて笑った。

「まぁ、この立場になれば、なんとなくルールの価値も分かりましたけど、あの頃は意味が分からずイヤでしたね」
「えっ? ちゃんと意味があるルールだったんですか? 何か強くなる秘訣とかですか?」
「ふふふ、内緒です」
「気になります……じゃあ、後からギガイ様に聞いてみます」
「そうですね、聞かれてみて下さい。ただ、ギガイ様もルールを守るべき側ではないので、今回のレフラ様同様、ご存知ないかもしれません」
「ギガイ様でも、そういう事があるんですね」

 それなら、と少しは気が楽になったのか。それとも笑えたことで、逆に気持ちが浮上していったのか、レフラの顔色が少しばかり明るくなる。そんなレフラに、ホッと表情を緩めたリランが、背中に添えたままだった掌を外した。

「リュクトワス様へ許可証を発行して頂けるように、ラクーシュが調整しておりますので、あとしばらくお待ち下さい」
「リュクトワス様ですか……? ギガイ様に伝わってしまわないでしょうか?」
「それは大丈夫だと思いますよ」

 ここで間違えても、すでにギガイが知っている事は、知られてはいけない事だから。リランもエルフィルも、朗らかに微笑みながら、素知らぬふりを貫き通した。

「ここに居たか! 良かった! リラン代わってくれ!」

 ちょうどそこにラクーシュが駆け込んできた。素早く立ち上がったリランが、二、三言、ラクーシュと言葉を交わした後に、レフラの方を振り返った。

「許可証の発行で、少し手続きがあるようですので、席を外します。近辺に近衛隊の者を配置してますので、しばらくこちらでお待ち下さい」
「はい、分かりました」

 頷いたレフラの側で、ラクーシュが「あとは頼んだぞ~」とホッとした様子で手を振った。全く、と言いたげな視線でチラッとラクーシュを一瞥しながらも、よほど急いでいるのだろう。余計なことは何も言わないまま、リランがラクーシュが来た方へ走り去っていく。

 その姿を見送って、ラクーシュがレフラへニカッと笑った。

「さて、あとはのんびりと待ちましょう」
「のんびりですか……? 分かりました……でも先に、ギガイ様の視察が終わってしまわないでしょうか……?」

 表通りしか許されていないレフラとは違って、ギガイの視察先には裏通りも含まれている。いつもの視察時間を考えれば、すぐに終わるとは思わないが、それでも手続きにかかる時間によっては間に合わないかもしれないのだ。

「大丈夫ですよ。それほど時間はかかりませんし、ギガイ様の視察もいま少し止まっていらっしゃいますから」

 だけどギガイの状況を、いつの間に確認したのか。はっきりと言いきったラクーシュに、レフラはあれ? と首を傾げた。

「そうなんですか? なにか、トラブルでもあったんですか?」
「詳細は分からないんですが、でも、そちらの後に視察は再開のようなので、お時間はまだ大丈夫だと伺ってます」

 そう言って笑ったラクーシュの顔が、すこしだけ固い気がして、レフラはギガイが心配になった。
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