冷遇された王妃は自由を望む

空橋彩

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7.王妃は諦める

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艶々に磨かれて久しぶりに髪が輝いている。
だけど、目の下のクマは隠し切れないほどくっきりとしていて、肌は不健康に白く、ところどころカサついている。
手も荒れ放題で、余計な贅肉がなく貧相な体つきだ。

「私の身体はこんなだったかしら?」

つい、そんな言葉をつぶやいてしまた。後ろで髪をとかしていたマリーがグッと唇を噛んでいる。

「マリー、気にさせてしまった?ごめんなさいね。」


「いいえ、殿下のこの輝く髪や優しい眼差しはずっと変わりません。美しいです。」


「ありがとう。さて、行きましょう」

結局、離宮に運び込まれたらしい私は離宮の応接室に向かう。私室から出たところにシークが立っていた。


「護衛ですから。ね。」


何故かと問おうとする前に、いたずらをしているような笑顔でシークが言った。


「運んでくれたのも、あなた?ありがとう。」

「軽すぎて心配になりましたよ。もっと食べなきゃ。お土産に珍しいフルーツを買ってきたんだ、食べよう。」


この2時間の間にどうやら果物を買いに行ってくれたらしい。その気遣いが嬉しくて、つい頬を赤らめてしまう。
シークはツイッと前を向いてしまったので、きっと見られていないはずだ。応接室に近づくと甘く、可愛らしい声が響いてきた。嫌な予感がした。


恐る恐る扉を開けると、私のために用意されていたはずのテーブルにはクランとここみが座っていた。


「オーラリア、体調はどうだ?」


クランが珍しく立ち上がり、側に歩み寄ってきた。そして、心配そうに声を掛けてくる。
倒れたと聞いて様子を見にきたらしい。


「シーク様!この果物、私が大好きな物なんです!ありがとうございます!こちらの世界で食べられるなんて嬉しい!」

ここみが手に持つフォークには柔らかそうなオレンジ色の果物が刺さっていた。パクりと口に運び幸せそうに笑っている。


「それは、俺がオーラリアに買ってきたものだ。何故貴女が食べているんだ!!」

こちらも珍しくシークが荒い言葉ですぐに責める。
その言葉を聞いて、フォークを置くかと思ったら全然気にせずもうひとつにプスリと刺して笑っている。

「え?そうなんですか?私が前食べたいって言ったから用意してくれたんだと思いました。だって、シーク様は優しい方ですから!オーラリア様、ごめんなさい!」


悪いとは思っていないし、許されて当たり前と思っているような言いっぷりだ。


「また買ってくれば良いだろう?そんな事より、体調が良いのなら、視察に行ってくれるね?僕はここみと浄化をしながら王都をまわるから、オーラリアは上流を見てきてくれないか?」


王都なんて歩いて回れる。上流と言えば、馬車で山の中腹まで行き、その後歩いて登らなければいけない。
仮にも、昨晩倒れた私を、思い遣ってもくれないのか…
もう我慢しなくて良いか、と何故かその時は強く思った。
その思いが顔に、声に、言葉に、全てに滲み出た。


「って…」

「オーラリア?」

いつもと様子が違う私にクランがそっと手を差し伸べた。


「かえって!!でていって!!!」


「な!!何を言うんだ!ここみはオーラリアを心配して訪ねてきたんだぞ!」


クランの手をパチンとはたき落とし、入り口の扉をバンと開け放つ。


「おかえりください。3日間はお会いいたしません。そう、あなた達が言ったんです。早くおかえりを!」


「そんなこ…「言いました。泣き落としは結構。さぁ、おかえりになって。」

また、嘘泣きをしようとしたここみの言葉を遮り、一方的に退室を促す。クランは怒りで震えているのか、顔が心なしか青ざめている。


「ひどい!いいです。もう心配しません!!いきましょうクラン!!」

ここみはクランの手を掴んで大股でズカズカと歩いていく。すれ違いざまにクランに声をかける。

これが最後の賭けだった。


「貴方の側に、もう私は居なくても良いのですか?」




一瞬周りの空気もが動きを止めた。ヒュッと誰かが息を呑む音が聞こえるほど、静かだった。



「君が居ないと、僕が生きていけないと、そう言っているの?僕は君がいなくてもちゃんとやっていけているじゃないか!」

静かに、穏やかに怒っている。そんな声色だ。

「クランは立派な王様です!馬鹿にしているんですか?いくら奥さんでも…いえ、奥さんだからこそ、酷くないですか?」

2人はムッとした顔をして私を見つめる。
その姿を見て、もうダメなんだと理解した。
平気なはずだったのに、自然と一筋涙がこぼれ落ちた。
そんな私を観てここみは、今だと言わんばかりに言葉を続ける。

「オーラリア様こそ、そうやって私が酷いことをしているように振る舞いますよね?クランが私を気にかけてくれるのが嫌だから、そうするんですよね?それに、オーラリア様の知識は私のいた世界では当たり前で、少し古いんです。私とクランだったら、流行病はもっと早く終わらせられました。」


頑張ってきたはずだった、助けたくて必死に勉強して手を差し伸べてきた。ここみとクランはそんな風に私を見ていたのか。余計に悔しくなり、とめどなく涙が溢れる。
クランがギョッとしてこちらへ駆け寄ろうとしてきたが、ここみに手を掴まれているため不発に終わった。


「クランもそう、考えているの?」


流れる涙もそのままに、クランに仄暗い眼差しを送る。今まで私がやってきたことを、古いと私でなければもっと良くできると思っていたのか。
そんな風に見られていたと思うと途端に恥ずかしくなった。
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