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1.レーベル王国の事
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「…君がいい。そばにいてくれる人は、君がいい。」
父親を亡くしたばかりの幼い王子が、顔を、瞳を真っ赤にしてオーラリアを指差す。
側に行くと、透けるような金の瞳を潤ませた幼い少年がボロボロとないてすがってきた。
ギュッと抱きしめると声を出して泣いた。
「オーラリアは、僕をひとりにしないで。」
そうして、そばにいるうちに氷の王子は13歳にして王位に立った。
私はそんな彼に懇願されて王妃として、召し上げられた。
「王妃様、おはようございます」
幸せだった気持ちが一気に現実へと引き戻される。優しく温かい侍女のキャサリンの声だったから、まだ絶望せずにいられた。
これがあの男の声だったなら、私は永遠に眠っていたいとさえ思ってしまうかもしれない。
「おはよう。寝過ぎたかしら?」
「いいえ、ちょうどでございます。早速ですが、宰相様がお見えです。」
キャサリンは長いまつ毛をパシパシと瞬きさせながら申し訳なさそうにこうべをたれた。
「あー…また?なんで私のところに来るのかしら?」
はぁ。と特大のため息をつく。床に足がついた途端に部屋の隅に待ち構えていた侍女たちに身綺麗にされていく。
「隔離病院の話をしたいそうです。どうぞ、紅茶です」
「そんなの、陛下とここみさんに聞けばいいじゃない。っと、あなたに言ってはダメよね。ごめんなさい」
「いいえ…いいえ。わたくしはいつも妃殿下の為にここにいます。愚痴くらいこぼしてください」
軽く髪の毛を結い上げてもらい、ワンピースに袖を通す。革のウエストバンドで締めて編み上げのブーツをはく。
そのまま、続き扉で隣の執務室に入ると窓の前に不機嫌そうな顔をした宰相が立っていた。
「おはよう、グリードマン。待たせましたね。」
宰相は、声をかけるとゆっくりと振り返り、ペコっと頭を下げる。肩まであるグレーの髪は今日も艶やかに輝いている。手入れの仕方でも聞こうかしら?でもそんな事をしたらきっと、眉間の皺がさらに深まるんだろうなと考えていると、じっと見つめ過ぎていたようで深い緑の瞳が少し恥ずかしそうに揺らいだ。
ダン・グリードマン、彼は前宰相から若くしてその仕事を引き継いだ。不世出とも言える才能の持ち主で前宰相を補佐につけあれよあれよと言うまにこの国、流行病で王を失ったこのレーベル国を建て直してきた。
「おはようございます。オーラリア妃殿下、お出かけの予定でもお有りですか?」
私の服装を見て、不思議に思ったのか眉間の皺をグッと深めた彼は怪訝そうに聞いてきた。
「…隔離病院へ来いと言いにきたのではないの?貴族たちのような遠回しな言い方はしなくていいわ。時間の無駄だから。今すぐ出発しましょう。」
「相変わらずですね。あちらの聖女様は「なんで私が行くの?うつったらどうするの?」と言っておられましたよ。」
はぁ、とため息をつくとグリードマン宰相が手に持っていた書類を私の机に置いた。すぐに目を通すと陛下からの派遣指示書だった。
「…原因を解明せよ、ですって。私は医者じゃないわ」
ポイっと指示書を放り投げるも、宰相に再び目の前に戻される。彼も嫌そうな顔をしているので無理に持って来させられたのだろう。
「言い付けるようでなんですけど、はじめは、『貴女ならばうつっても大丈夫だろうから、ここみのかわりに病人たちを見てきてくれ』って書いてあったんだから、幾分かまともな指示になっているでしょう?」
ふうん。と相槌をうつと、グリードマンは可哀想なものでも見るかのような目で私を見てきた。
部屋の隅に控えているキャサリンは心なしか怒っているような表情だ。
二人は私を案じてくれているのだ。2年前に結婚した3歳年下の私の夫はこの国を若くして背負った男だ。
結婚などしなくても支えると言ったが、聞き入れられず王妃として召し上げられた。
我がコットン家はしがない子爵であった。父は王都で有名な医師で子爵位でありながら前王の侍医をしていた一人であった。
流行病にかかった前王の往診に、薬学を得意とする私もついて来ていたが、その時に王子であったクランに見初められた。
結局、前王は儚くなった。クランが王位を継いで2年経った頃に結婚をした。それから1年、流行病に終息の兆しが見えた頃、イセカイと呼ばれる場所から不思議な力を持つ女の子がやってきた。
黒髪で、『ここみ』という愛らしい名前をもつ可愛らしい女の子だった。
幼く見えるが、彼女はクランと同じ年であった。
彼女がいるとなぜか流行病にかからない。
汚れた空気や場所にモヤがかかって見えるから、その場所を浄化しているのだと、彼女はいった。
それから、病にかかった者たちを隔離病院に置き、健康な者たちと離すことで新たに病にかからないようにした。ここみが少しずつ街を浄化してくれたおかげで、流行病は終息した。
まだ、罹患する者がちょこちょこといるが、弱毒化したようで死亡するものも少なく病院でなんとか治療できる。
問題は、クランがここみに入れ込んでいることだ。
父親を亡くしたばかりの幼い王子が、顔を、瞳を真っ赤にしてオーラリアを指差す。
側に行くと、透けるような金の瞳を潤ませた幼い少年がボロボロとないてすがってきた。
ギュッと抱きしめると声を出して泣いた。
「オーラリアは、僕をひとりにしないで。」
そうして、そばにいるうちに氷の王子は13歳にして王位に立った。
私はそんな彼に懇願されて王妃として、召し上げられた。
「王妃様、おはようございます」
幸せだった気持ちが一気に現実へと引き戻される。優しく温かい侍女のキャサリンの声だったから、まだ絶望せずにいられた。
これがあの男の声だったなら、私は永遠に眠っていたいとさえ思ってしまうかもしれない。
「おはよう。寝過ぎたかしら?」
「いいえ、ちょうどでございます。早速ですが、宰相様がお見えです。」
キャサリンは長いまつ毛をパシパシと瞬きさせながら申し訳なさそうにこうべをたれた。
「あー…また?なんで私のところに来るのかしら?」
はぁ。と特大のため息をつく。床に足がついた途端に部屋の隅に待ち構えていた侍女たちに身綺麗にされていく。
「隔離病院の話をしたいそうです。どうぞ、紅茶です」
「そんなの、陛下とここみさんに聞けばいいじゃない。っと、あなたに言ってはダメよね。ごめんなさい」
「いいえ…いいえ。わたくしはいつも妃殿下の為にここにいます。愚痴くらいこぼしてください」
軽く髪の毛を結い上げてもらい、ワンピースに袖を通す。革のウエストバンドで締めて編み上げのブーツをはく。
そのまま、続き扉で隣の執務室に入ると窓の前に不機嫌そうな顔をした宰相が立っていた。
「おはよう、グリードマン。待たせましたね。」
宰相は、声をかけるとゆっくりと振り返り、ペコっと頭を下げる。肩まであるグレーの髪は今日も艶やかに輝いている。手入れの仕方でも聞こうかしら?でもそんな事をしたらきっと、眉間の皺がさらに深まるんだろうなと考えていると、じっと見つめ過ぎていたようで深い緑の瞳が少し恥ずかしそうに揺らいだ。
ダン・グリードマン、彼は前宰相から若くしてその仕事を引き継いだ。不世出とも言える才能の持ち主で前宰相を補佐につけあれよあれよと言うまにこの国、流行病で王を失ったこのレーベル国を建て直してきた。
「おはようございます。オーラリア妃殿下、お出かけの予定でもお有りですか?」
私の服装を見て、不思議に思ったのか眉間の皺をグッと深めた彼は怪訝そうに聞いてきた。
「…隔離病院へ来いと言いにきたのではないの?貴族たちのような遠回しな言い方はしなくていいわ。時間の無駄だから。今すぐ出発しましょう。」
「相変わらずですね。あちらの聖女様は「なんで私が行くの?うつったらどうするの?」と言っておられましたよ。」
はぁ、とため息をつくとグリードマン宰相が手に持っていた書類を私の机に置いた。すぐに目を通すと陛下からの派遣指示書だった。
「…原因を解明せよ、ですって。私は医者じゃないわ」
ポイっと指示書を放り投げるも、宰相に再び目の前に戻される。彼も嫌そうな顔をしているので無理に持って来させられたのだろう。
「言い付けるようでなんですけど、はじめは、『貴女ならばうつっても大丈夫だろうから、ここみのかわりに病人たちを見てきてくれ』って書いてあったんだから、幾分かまともな指示になっているでしょう?」
ふうん。と相槌をうつと、グリードマンは可哀想なものでも見るかのような目で私を見てきた。
部屋の隅に控えているキャサリンは心なしか怒っているような表情だ。
二人は私を案じてくれているのだ。2年前に結婚した3歳年下の私の夫はこの国を若くして背負った男だ。
結婚などしなくても支えると言ったが、聞き入れられず王妃として召し上げられた。
我がコットン家はしがない子爵であった。父は王都で有名な医師で子爵位でありながら前王の侍医をしていた一人であった。
流行病にかかった前王の往診に、薬学を得意とする私もついて来ていたが、その時に王子であったクランに見初められた。
結局、前王は儚くなった。クランが王位を継いで2年経った頃に結婚をした。それから1年、流行病に終息の兆しが見えた頃、イセカイと呼ばれる場所から不思議な力を持つ女の子がやってきた。
黒髪で、『ここみ』という愛らしい名前をもつ可愛らしい女の子だった。
幼く見えるが、彼女はクランと同じ年であった。
彼女がいるとなぜか流行病にかからない。
汚れた空気や場所にモヤがかかって見えるから、その場所を浄化しているのだと、彼女はいった。
それから、病にかかった者たちを隔離病院に置き、健康な者たちと離すことで新たに病にかからないようにした。ここみが少しずつ街を浄化してくれたおかげで、流行病は終息した。
まだ、罹患する者がちょこちょこといるが、弱毒化したようで死亡するものも少なく病院でなんとか治療できる。
問題は、クランがここみに入れ込んでいることだ。
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