悪役令嬢?そんなの知りませんが迷惑です

空橋彩

文字の大きさ
上 下
11 / 25
番外編

婚約者は惹かれる(ブラッドリーから見た世界)

しおりを挟む


(んー……何だか温かい)

 とても、優しい温もりに私の身体が包まれている───幸せ!

(これが……本当の幸せ)

 ───ずっとずっと私の心はどこか満たされないままだった。
 お母さんの顔色と機嫌だけを窺って生きていたあの頃。
 伯爵家に引き取られてからは「使えない」「ダメな子」「役立たず」散々、罵られた。
 少しでも褒めて貰えるようにと頑張ったけど、なかなか思うようにはいかなかった。

 全ての記憶が繋がってから、私にとっての幸せだった時を思い出そうとすると、そこにはあの男の子───カイザルがいる。

(初めてのお友達……)

 愛とか恋とかはよく分からなかった。
 それでも、私はカイザルと会っていたあの短い日々が楽しくて大好きだった。

(ありがとう、カイザル───)

「……眩し…………朝?」

 そんな幸せな気持ちで私は目を開ける。
 陽の光がかなり眩しい。
 もしかしてこれは結構いい時間なのでは?
  
(今、何時かしら?  どうして誰も起こしてくれな───)

「ん?」

 そこで自分の身体に巻きついている腕が目に入った。

「ひっ!  腕……人間の腕、よね?」

 最初に私は自分の腕の確認をした。間違いなく私の腕──はここにある。

「これは…………ハッ!」

 そこで、ようやく昨夜のことを思い出した。
 初夜が延期になったはずなのに、カイザルは部屋に戻らず私をベッドに押し倒して──

(たくさんキスをされた気がする!  それで、私……頭の中がトロンとして……)

「え……まさかの寝落ち?」

 そうとしか思えなかった。だってそこから先の記憶が無い。
 そうなるとこの腕、それとこの温もりは───

(一晩中、抱きしめてくれていたのかしら?)

 私を包むカイザルの温もりが、とにかく“私のことを大好き”と言ってくれているみたいで幸せな気持ちになれた。

「うっ……ん…………」
「は!  カイザルもお目覚めかしら?」

 私は慌てて後ろを振り向きカイザルの顔を見ようとした。

「…………コ、レット…………シェイ、ラ……」
「…………」

 すごいわ。ベッドの上で私を抱きしめながら、二人の女性の名前を寝言で呼んでいる。
 とっても不誠実な発言のはずなのに、ただの一途になっているという……

 私はそっとカイザルの頬に手を触れる。
 そしてそこに自分の顔を近づけてチュッと彼の頬にキスをした。

「カイザル───ありがとう」

 シェイラを強く想ってくれて。
 そして、コレットを見つけてくれて───


 ────


「……ん?  コレット?」
「───おはよう、カイザル」

 どうやらカイザルの目も覚めたらしい。
 だけど、少し寝ぼけているのかどこか焦点の合わない目で私をじっと見る。

「可愛い可愛い俺のコレットがいる……」
「カイザル?」
「夢の中でもコレットが俺の腕の中にいたのに、目が覚めてもコレット……」
「……コレットです」

 私がそう答えると、カイザルがへにゃっと笑った。

「──!?」

 これまで見たことのないその笑顔?  に私は大きく戸惑った。

(……もう!  本当にカイザルがわけ分からないわ!)

 小説では、愛してもいない私を娶りお飾りの妻として冷遇するはずのカイザル……
 今はこんなにヘニャヘニャの笑顔を見せている。
 小説と現実は違うのだと、すでにたくさん実感させられてきたけれど……

(……あの妙に無口な日々はなんだったの?)

 そのことも聞きたいと思っていたのに、まだ聞けていなかったことを思い出した。

「ねぇ、カイザル!」
「ん~?  コレット?」
「……っ」

 カイザルがへにゃっとした笑顔のまま私の名前を呼ぶ。
 ちょっと今聞いても大丈夫かな?  と思ったけれどやはり忘れないうちに聞いておこうと思った。

「……どうしてあなたずっと無愛想で無口だったの?」
「……無口?」
「私の記憶の中のカイザルも、それに昨夜のあなたもよく喋る人だったわ」
「……よく喋る?」
「なのに、結婚してから……いいえ、顔合わせの時もね?  あなたはびっくりするくらい無口だった。どうして!?」

 私が勢いよく訊ねると、カイザルはしばらく考え込んでから、ボンっと顔を赤くした。

「え……」

 何故ここで顔が赤くなる?

「そ、そ、そそそれは……」
「それは?」

 躊躇うカイザルに私はグイッと迫る。

「……」
「カイザル!」
「う!  ………………から」

 ようやくカイザルは観念したのか、ポソッと言った。

「シェイラが……」
「シェイラ?  どうして私?」
「────シェイラが言ったじゃないか!」
「ん?」

 私は首を傾げてカイザルの次の言葉を待った。

「しつこい男や口うるさい人は嫌われる……」
「え!」
「男の人は少し無口でミステリアスな人がカッコイイと!」
「…………あ!」

 そう言われてカイザルとの会話を思い出した。
 あの頃は“ミステリアス”がよく分からなかったけど確かにその話をしていた。

 ───よく分からないが、男は無口な方がカッコイイ……というわけか
 ───そうみたい
 ───ふーん……

(も、もしかして、あの時のカイザルの「ふーん……」は……興味のないふーんではなく……)

「え!  そ、それで……?」 
「……」

 私がびっくりしてカイザルの顔を見たら茹でダコになったカイザルが頷く。
 そして必死な顔で私に言った。

「───す、好きな人にはカッコイイと思って貰いたいじゃないか!」
「!」
「シェイラ……いや、コレットに少しでも俺をカッコイイと思って、それで俺を好きになってもらいたかったんだ!!!!」

(────やだ、可愛い!)

 そんなカイザルの言葉に私の胸が盛大にキュンとした。
 カイザルが望んだカッコイイではなく可愛い……でだけれど。

「それであんな態度を?」
「…………ミステリアスだっただろ?」
「……」

 いや、ただのコミュ障だったわよ……とは言えない。
 だけど、なんて不器用な人なの……そんな無理しなくても私は───

「……カイザルのことが好き」
「え?」
「無口だろうとお喋りだろうと関係ないわ?  私はあなたが好きよ」
「コレット……」

 カイザルの目が大きく見開かれる。

「シェイラも…………あなたが好きだったわ、カイザル」
「シェイラ……も?」
「ええ!  毎日毎日あなたに会えるのが楽しみだったわ───」

 と、そこまで言ったらカイザルがギュッと私を抱きしめ、あっという間に唇が塞がれた。

「んっ……」

(カイザルは可愛いけれど、手が早い……)

 なんて思った。


───


 そんな熱いキスをこれでもかとたくさん贈られた後にカイザルは私の耳元で言った。

「いいか、コレット。医者の許可がおりたら覚悟しておいてくれ。俺を煽ったのは君だ!」

 ────と。
 今度は私が茹でダコになって頷く番だった。そして───


「ちょっ……カイザル……擽ったい」
「だめ?」
「んん……ダメじゃない、けどぉ……!」

 何故かとっくに朝のはずなのに誰も部屋に起こしに来ない。
 なので、カイザルからのキス攻撃が止まらない。
 お互いの気持ちを確認しあえたことから、カイザルの中に遠慮という物が無くなった気がする。

(は、話を変えるのよ……)  

 イチャイチャな雰囲気じゃない話に!  そうすれば……
 と、そこで私はもう一つ浮かんだ疑問を訊ねることにした。

「そ、そうよ!  カイザル」
「んー……?」
「あ、あなたがシェイラにくれようとしていた、た、誕生日プレゼントって何!?」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

伯爵令嬢の婚約解消理由

七宮 ゆえ
恋愛
私には、小さい頃から親に決められていた婚約者がいます。 婚約者は容姿端麗、文武両道、金枝玉葉という世のご令嬢方が黄色い悲鳴をあげること間違い無しなお方です。 そんな彼と私の関係は、婚約者としても友人としても比較的良好でありました。 しかしある日、彼から婚約を解消しようという提案を受けました。勿論私達の仲が不仲になったとか、そういう話ではありません。それにはやむを得ない事情があったのです。主に、国とか国とか国とか。 一体何があったのかというと、それは…… これは、そんな私たちの少しだけ複雑な婚約についてのお話。 *本編は8話+番外編を載せる予定です。 *小説家になろうに同時掲載しております。 *なろうの方でも、アルファポリスの方でも色んな方に続編を読みたいとのお言葉を貰ったので、続きを只今執筆しております。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——?

【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。 しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。 とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。 =========== 感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。 4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】処刑後転生した悪女は、狼男と山奥でスローライフを満喫するようです。〜皇帝陛下、今更愛に気づいてももう遅い〜

二位関りをん
恋愛
ナターシャは皇太子の妃だったが、数々の悪逆な行為が皇帝と皇太子にバレて火あぶりの刑となった。 処刑後、農民の娘に転生した彼女は山の中をさまよっていると、狼男のリークと出会う。 口数は少ないが親切なリークとのほのぼのスローライフを満喫するナターシャだったが、ナターシャへかつての皇太子で今は皇帝に即位したキムの魔の手が迫り来る… ※表紙はaiartで生成したものを使用しています。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

処理中です...