悪役令嬢?そんなの知りませんが迷惑です

空橋彩

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番外編

婚約者は出会う(ブラッドリーから見た世界)

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 優しく私を抱きしめてくれるカイザルの温もりを感じていたら自然と涙が出て来た。

「あの日も俺はいつものようにシェイラの元に向かおうとして──…………コレット?」
「え、あ……」

 私が泣いていることに気付いたカイザルが話すのをやめて私の顔をじっと見つめる。

「コレット……」
「ち、違うの……これはね、カイザルの温もりが心地いいなって思ったら勝手に……うん、だ、大丈夫だ、から、ね?」
「……」

 自分でも何を言っているのかしらって思うような支離滅裂な言葉しか出て来なかった。

「……」
「?」
「……」
「……あの、カイザル?」

 何故かそこでカイザルが黙りになってしまう。無口なのはいつものことだし、すっかり慣れたものだけどさすがに今はどうしたの?  という気持ちになった。

「あ、いや。そうだった……まずはこれを先に言わないといけなかった」
「これ?  先に?  ……何の話?」

 私が聞き返すとカイザルは小さく笑って少しだけ身体を離す。
 そして手で私の目尻に溜まった涙をそっと拭った。

(……ひぇっ!?)

 突然の行動に驚いている私に今度はカイザルがしっかりと目を合わせてくる。
 そして、静かに口を開いた。

「───好きだ」
「!!」

 その言葉にバックンと私の心臓が大きく跳ねた。

「丁度良かったからじゃない。お飾りの妻が欲しかったからじゃない」
「……あ」
「コレットに求婚したのは、俺が君をずっと好きだったからだ」
「ずっと……」

 カイザルが再びギュッと私を抱きしめる。

「“シェイラ”と過ごしていた時から、君が好きだったよ」
「!」
「ちょっとズレてて、酷い境遇なのに前向きでパワーに溢れてて……会う度に惹かれた。気付いたら……そ、その、大好き、だっ……た」

 カイザルの語尾が段々おかしくなっていったので、私は腕の中からそっと彼の顔を見た。

「……!  カイザル、か、顔が真っ赤!」
「い…………言うなよ」

 まるで茹でダコのような顔になったカイザルの顔を見てしまった私は思わず叫んでしまう。
 そして、それを指摘されて照れるカイザルの姿がこれまた……

(か、可愛い……)

 そう思ってしまったら胸がキュンキュンした。

「……だ、大好きな人をこ、こうして腕に抱いていて、あ、あ、愛を告げているのに照れないのは変だろ!」
「は、はい!  ……そう、ね……」
「……全く、相変わらずちょっと変わっている」

 カイザルは仕方がないな、という表情で私を見つめる。

「でも、俺は君のそんなところも大好きなんだ」
「っ!」

 その言葉に今度は私の方が照れてしまう。もうカイザルのことは言えない。
 きっと私も負けないくらい茹でダコだ。

(───ほ、本当に彼が好きなのは……私だった)

 これが小説のストーリー通りなのか、はたまた盛大に狂ってしまった結果なのかはさっぱり分からない。
 それでも、現実は……
 ここは現実。目の前で起きていることが真実ほんとう

「だから、絶対に離縁はしない…………させない」
「カイ、ザル……?」

 カイザルの手がそっと私の顎にかかると、そのまま顔を持ち上げられた。
 そして、私を見つめるカイザルの目は甘くて優しくて……でも、その瞳の奥には確かな熱を孕んでいて───

「コレット。もう───君は俺の妻なんだ」

(あ……)

 そう言ってカイザルの顔が近づいて来て、その唇がそっと私の唇に重なった。


 ───結婚式で誓いのキスはなかった。
 今、思えば式と呼ぶのもおかしなくらい簡素なもので……ただ、婚姻誓約書にサインをするだけの儀式のようだった。
 そして、当然その後も私たちはこんな風に触れたことは無かった──

(……甘い)

 キスがこんなに甘いものだなんて知らなかった。

「……ん」

 カイザルは一旦、唇を離すとじっと私を見つめる。
 私も私で離れてしまった温もりが寂しくてじっと見つめ返した。

「カイザル……?」
「……」
「……?」
「…………くっ!  どうしてそんな顔をするんだ!」

 そして、よく分からないことで文句を言ってきたと思ったら、再び……今度はやや少し強引に迫ってきた。


 ────


「当然と言えば当然なのだが、シェイラと会っていることを俺の両親はよく思っていなかった」
「……」

 たくさんたくさん苦しくなるぐらいのキスをした後、カイザルは私を抱きしめながら昔の話を始めた。

「友人だと口で言っていても、シェイラのことが好きだって気持ちが隠せていなかったんだと思う。だから日に日に俺と両親の仲は険悪になっていった」
「……平民の私では“友人”としてですら認められなかったでしょうね」

 私がそう口にすると、カイザルはすまない……という表情になった。
 私はそっと手を伸ばしてカイザルの頬に触れる。

「ねえ?  あの時、顔を腫らしていたのも転んだわけではなく、殴られてしまったのでしょう?」
「……シェイラ、やっぱり分かっていたんだ?」
「ええ、まるで“私”みたいだったから……」
「!」

 カイザルの表情がハッとなり、そしてすぐに悲しそうな表情になった。
 そんな彼を見て私は苦笑する。

「そんな顔をしないで?  大丈夫だから」
「しかし……」
「別に毎日叩かれていたわけではないもの。あの人の機嫌が悪い時だけ」

 だから、“いい子”でいなくちゃと常に思っていた。

「……話を戻そう。なかなか折れない俺に両親は強硬手段に出た」
「強硬手段?」
「そうだ。平たく言うと“軟禁”だな。用事を終えて王都に帰るまで俺を部屋から一切外に出さないようにすると決めた」
「……」
「皮肉にもそれを決行したのが、約束をしていたシェイラの誕生日だったんだ」

 よりにもよってなんで“その日”だったのだろう?
 そう思わずにはいられない。

「──約束を守れず……すまなかった」
「カイザル……!」

 頭を下げようとするカイザルを私は止める。
 だって、そんなのはカイザルのせいなんかじゃない!
 あの頃の私たちは無力なだけの子どもだった。

「……俺が約束の場所に行けなかったから……シェイラはあの日……」
「カイザルは私に何があったか知っているの?」

 カイザルは小さく頷く。

「思っていたより早く軟禁が解けたから、変だなって思ったんだ。それでシェイラに謝りたくて必死に探したけど君はどこにもいなくて……」
「……」
「そうしたら、両親が俺に言ったんだ」
「……なんて?」

 だいたい想像はつくけれど。
 すると、カイザルは悲しそうな顔で遠い目をして言った。

「───シェイラなんて名の平民はもうこの世に居ない、と」

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