悪役令嬢?そんなの知りませんが迷惑です

空橋彩

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番外編

従者は主人を想う(イルからの世界)

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「ぼく、おねーちゃんとけっこんする!」

「わぁ、ありがとう!イルーラはかわいいわぁ」

そう言って女の子はワタシをぎゅっと抱きしめた。

まだ空が白み始めたころ、ワタシは目を覚ます。
懐かしい夢を見ていた。まだ2歳くらいの頃、それはひどく懐かしくて暖かい夢。

ワタシはクレア・ティンクライン公爵令嬢の従者をしている。3歳の頃街で倒れていたところをお嬢様に助けられたらしく、それ以来彼女の為に生きている。

その頃の記憶が曖昧でどうにも思い出せないでいるが、お嬢様に聞けば、劣悪な環境にいたワタシは口も聞かず食事もせずひどい状態だったらしい。
お嬢様が10歳になった頃から少しづつ記憶が残るようになった。ワタシは6歳になっていた。


「イルはわたくしを姉のように慕ってくれているのよね。嬉しいわ」

きっとあの夢も、お嬢様へとワタシが許されない思いを発してしまっていた頃の夢だろう。
姉のように慕っている…か…この感情はそう言ったものではないだろう。
邪な、汚い感情だ。婚約者のランプール様が来る日は憂鬱でできれば顔も見たくないと思ってしまう。


お嬢様は、家族なのに平民へ施しもたくさんするそれはお優しい方だった。
お嬢様が14歳になったころ、ハートランド学園へと入学する。貴族の通う王立の学園だ。ワタシは従者として付き添う事となった。婚約者であるランプール様と仲睦まじく学園生活を楽しんでいた。だけど17歳になったある頃から、いつもどこかソワソワして、怯えていた。

ワタシの魔法はこの国では珍しい闇魔法だ。髪も黒く瞳も黒い。そんなワタシを受け入れてくれたお嬢様をお守りしたいと、心から思った。

そして、ある日、ついにお嬢様が涙を流した。その視線の先にはランプール様と手を繋ぐピンクの髪の女…

正直、ランプール様をそのまま奪って欲しかったが、お嬢様を悲しませるやつは憎かった。
なのに、お嬢様はその女を気遣い、ことあるごとに声をかけていた。
アマリリス、と言う平民の女らしい。

お嬢様について行って目が合うたびに、イライラして睨みつけてしまった。その度に、被害者のような情けない面をする女を見るたびになぜか、胸がギュッと悲鳴を上げた。

「わたくしに会いたくないと、アマリリスさんは他の人にもらしているらしいの。わたくし何もしていないわよね?イル…」

「えぇ、クレア様はいつも気遣い声をおかけになっている。それに…」

「?それに?なぁに?」

爪の跡が残るほど強く拳を握っていたら、お嬢様が優しく手を取り両手で包み込んでくれた。
少しひんやりしたその感覚に、心臓が跳ねる。

「ランプール侯爵令息との間を取り持とうとされていますよね?ご自分の気持ちを後回しにして…なぜですか?」

「まぁ。」

驚いたような顔でお嬢様がワタシをみる。なぜわかったの?と呟いている。
ワタシがどれほどお嬢様を見つめているか…少しの表情の変化も見逃さないほどいつも見つめているんだ、あの傷ついた顔を見ると自分の心も痛くなるのだ。


「アマリリスさんは…貴族ではないでしょ?だから、婚約者がいる事とかはきっとよく分からないのよ。せっかく好きな人を見つけたんなら、少し夢を見たいと女の子ならそう思うかなと思って…」

「また、人に施しを?お嬢様、優しすぎます」

「手を握ったり、抱きついたり…わたくし…見ているのは辛いけど、わたくしが我慢していれば彼女が幸せになれるなら、いいかなと思っているのよ」

「なぜ!手を出すなと言わないんですか!」

いつもそうだ、わたくしはいいのよ、と自分を後回しにする。

「アマリリスさん、わたくしに嫌がらせをされていると思ってるみたいなの。ランプール様にも、そう言っているのよ…」


「な!!ワタシが彼女に注意してきましょう!」

「やめて!やめて。ランプール様に嫌われたくないの。だから、いいの」

「…お嬢様…」

綺麗なルビーみたいな瞳からポロポロ涙を流すお嬢様。
どうして…こんなに優しい人を傷つけるんだ…
ふと外を見ると、呑気に笑っているピンクの髪の女が見えた。あれは、魔法実践教師のヴォルフレット?男なら誰でもいいのか?
無性に腹が立って黒い魔力が漏れ出してしまう。

「生徒会長に相談してみようかしら?」

ポロリとお嬢様が漏らしたその言葉を皮切りに、事態は思いがけない方へとすすんでいく。

アマリリスは他にも何人か男を誘惑していたみたいで、お嬢様はその方達をお茶会に誘い事情を聞いた。どうやら魅了魔法を使っているらしい。
ワタシにも使っていると聞いて驚いた。

何度も被害者と面会し、その婚約者にも会い被害者達が本来の心を取り戻せるようにと手を尽くした。
その過程でランプール様の心も取り戻したらしい。

しかし、ワタシの心の中はなぜか釈然としなかった。クレア様は守るべき存在で…愛しいはずなのに「アマリリスさんは…もしかしてそのつもりがないのでは…」と話し合いを聞いていて一度だけ発言をしたことがあった。クレア様は「無意識にやってしまっているのよ…だからかわいそうなのよ…」と言った。

よく観察すれば、彼女はランプール様を避けているようにも見える…ちくりと頭が痛くなった。

そして、ついに断罪の時。

ワタシはお嬢様の隣にはいなかった。何故か、アマリリスさんを責めることができなくなっていた。


確信が持てなかったのだ。彼女が悪女であり、罰せられて当たり前だと。

ぐだぐだ悩んでいるうちに、突然会場が金色に光り輝いた。


金の光を浴びて、ワタシの心にあるはずのない記憶が蘇った。



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