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にい
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馬車乗り場で待ち合わせのはずだったが、診療所を出てすぐのところで堂ヶ島右京は待ち構えていた。私を見るなり顔を顰めてしまった。
ざまあみろ。男に従う女ばかりじゃないのよ。
と少しだけスッキリした。
「いこう」
そう一言喋ってスタスタと歩いて行ってしまった。
足の長さが違うので私はどんどん遅れる。これでは一人で観劇をしに来た乙女だわ。あら?ちょうどいいじゃない。そう思うと自然と笑顔が溢れた。
しかし、ほっといてもらえればいいのに少し歩いては振り返る。私が追いつくまでじっと待って、合流するとまた歩き出す。不器用だなと少し面白くなってしまった。
それ以上に、手を繋いだり、エスコートしたりはしてはくれなかった。気負わずにいられていいじゃないかと少し安心した。
そう思ったのに用意された席はペア席で、二人掛けのソファだった。二人で座ると膝と膝が触れ合うくらいの狭めのソファ。その状態で半分ほど観劇すると、ちょうど休憩時間になった。ふと、隣を見ると彼は私の方をじっと見つめていた。
不意に視線があって、心臓がドクンと跳ねた。急に恥ずかしくなり、心を落ち着けたくてお手洗いに向かうと、当たり前のように私の悪口が聞こえてきたわ。
「ねね、みた?右京様が傷者を連れてたわよ?」
「やっぱり、あの話本当なんだ!」
「あの話?」
「蘭様と右京様、お付き合いしてるんですって、でもほら、右京様って孤児でしょ?将軍閣下が許さなくて、右京様を結婚させようとしてるって」
「えーー?!あの女と?!私が結婚したいわよ!」
「やめときなさいよ、蘭様の愛人になるために結婚するんだから」
「え?そうなの?じゃあ、蘭様と右京様は心で結ばれるってこと?美男美女の叶わぬ恋の物語みたいで素敵ね!!」
「お互い愛さない相手と結婚して勤めを果たした上で、心と体で秘密の愛を育むのよ!すてきー!」
これが乙女の会話かと思うと頭が痛くなってくるわ。
なるほど、と私はひとりごちた私を隠れ蓑にして、愛する人と結ばれようとしていたってことね。私が、堂ヶ島右京に好意を寄せていた事を利用しようとしたわけだ。
危うくだまされるところだったわ。
落ち着くどころか余計に心かき乱された私は元々手入れされていない髪をかき上げ後ろで一つに結ぶ。
席に戻ると、堂ヶ島右京と私が座るはずのソファに、ピンクの可愛らしいワンピースを身に纏った蘭様が着座していた。
「右京様、うまくやらなきゃダメですよ?わたくしがせっかく選んだ空色のワンピースはちゃんと送ったんですか?なぜ違う服を着ているの?」
「俺は送りました。彼女は気に入らなかったのでしょう」
「もう!!しっかりしなさいよ!喧嘩は強いくせに、こう言うことはとんと弱いんだから!!」
「うっ…しかし…どうしたらいいかわからなくなってしまうんです。」
「簡単よ!!惚れさせればいいのですから、好きとか、愛してるとか、言えばいいのです」
「そんなこと、言えません!!!」
よくもまあ、ベラベラと喋る。私の前では一語文が精一杯の彼は、愛するものの前ではしっかり話せるのではないですか。言葉を知らない猿かと思いましたわ。いえ、愛嬌のあるお猿さんの方が何倍もお利口さんね。
「そんな言葉言っていただかなくて結構です」
あぁ、劇見たかったな。終わるまで我慢しようと思ったけどここまで馬鹿にされて私は耐えられなかった。
二人は私がいることに気が付かなかったようで、全く同時に、慌てて振り返った。
「先生!!これは違いますのよ!!」
「…!」
「隊長、傷者の哀れな女に少しの間結婚という夢を見させてくださりありがとうございます。今後、お会いすることはありませんが、一生の思い出にさせていただきます。どうぞ、お二人末長くお幸せに」
ありったけの皮肉を込めて、最高の笑顔を向ける。泣くもんか。負けるもんか!
スカートの両端をつまんで片足のつま先を少し後ろに引いて、トンと床を踏む。
「先生!!まって!困ります」
蘭様が慌てて手を伸ばすが構わず踵を返して劇場を後にする。堂ヶ島右京は恥知らずなことに、あらやだ、本音が。憐れみ深いことに、入り口までついてきてくださったわ。
「待ってくれ、話を…」
そう言って私の右手を乱暴に掴んだ。反射的にパン!とその手を振り払ってしまった。何故か、彼は傷ついたような顔をしてその場で固まってしまった。
「やっと二語文を話しましたね。でも話は聞きません。私、人の人生のために使われる趣味はありませんの。馬鹿げた劇に出演するのはお断りです」
「馬鹿げた劇?」
「ええ、主演は貴方と蘭様でございましょう?私は、出演致しません。」
「俺を馬鹿にしたような話し方をして、楽しいか?」
元々鋭い顔つきの彼は、さらに顔を強張らせて私を睨みつける。相当怒ってるのね、うまくいかなかったから。
その姿が滑稽でつい笑みが溢れてしまう。
「ふふ、楽しんだのは貴方でしょう?私を盾に愛する者を守れなくて残念でしたね。楽しかったですか?秘密の恋。私は楽しくありませんでした」
「何を言ってるんだ?!」
「馬鹿にするなって言ってんのよ!!!」
グズグズ私を引き止めようとするこの、男につい、カッとなって本音がそのままストレートに口から飛び出してしまいました。突然の怒りを向けられて、百戦錬磨の隊長も驚いたのか、顔色がサッと変わってしまいました。
私に送りつけた空色のワンピースのように。
「傷者を、晒し者にして楽しかったかって聞いてんの。あんたたちが愛し合うために私の人生使おうとしないで。私は私のためにしか生きない。二度と会いたくないわ。さよなら」
観劇に来ていた老若男女、大注目のなかたまりにたまった鬱憤を叫び散らしてしまったわ。何人もの人たちが、私を勘違い女と罵っていた。
私が…何をしたのよ。子供を守って傷を負って…それの何が悪いの?こんなに傷つけられなきゃいけないほど悪い事をしたの?
今まで我慢していた涙が次々と溢れ出してきた。
外にいた貸し馬に跨ってがむしゃらに治療院まで帰った。ボロボロの私を見てお父様は「ごめんな」と一緒に泣いてくれた。
ざまあみろ。男に従う女ばかりじゃないのよ。
と少しだけスッキリした。
「いこう」
そう一言喋ってスタスタと歩いて行ってしまった。
足の長さが違うので私はどんどん遅れる。これでは一人で観劇をしに来た乙女だわ。あら?ちょうどいいじゃない。そう思うと自然と笑顔が溢れた。
しかし、ほっといてもらえればいいのに少し歩いては振り返る。私が追いつくまでじっと待って、合流するとまた歩き出す。不器用だなと少し面白くなってしまった。
それ以上に、手を繋いだり、エスコートしたりはしてはくれなかった。気負わずにいられていいじゃないかと少し安心した。
そう思ったのに用意された席はペア席で、二人掛けのソファだった。二人で座ると膝と膝が触れ合うくらいの狭めのソファ。その状態で半分ほど観劇すると、ちょうど休憩時間になった。ふと、隣を見ると彼は私の方をじっと見つめていた。
不意に視線があって、心臓がドクンと跳ねた。急に恥ずかしくなり、心を落ち着けたくてお手洗いに向かうと、当たり前のように私の悪口が聞こえてきたわ。
「ねね、みた?右京様が傷者を連れてたわよ?」
「やっぱり、あの話本当なんだ!」
「あの話?」
「蘭様と右京様、お付き合いしてるんですって、でもほら、右京様って孤児でしょ?将軍閣下が許さなくて、右京様を結婚させようとしてるって」
「えーー?!あの女と?!私が結婚したいわよ!」
「やめときなさいよ、蘭様の愛人になるために結婚するんだから」
「え?そうなの?じゃあ、蘭様と右京様は心で結ばれるってこと?美男美女の叶わぬ恋の物語みたいで素敵ね!!」
「お互い愛さない相手と結婚して勤めを果たした上で、心と体で秘密の愛を育むのよ!すてきー!」
これが乙女の会話かと思うと頭が痛くなってくるわ。
なるほど、と私はひとりごちた私を隠れ蓑にして、愛する人と結ばれようとしていたってことね。私が、堂ヶ島右京に好意を寄せていた事を利用しようとしたわけだ。
危うくだまされるところだったわ。
落ち着くどころか余計に心かき乱された私は元々手入れされていない髪をかき上げ後ろで一つに結ぶ。
席に戻ると、堂ヶ島右京と私が座るはずのソファに、ピンクの可愛らしいワンピースを身に纏った蘭様が着座していた。
「右京様、うまくやらなきゃダメですよ?わたくしがせっかく選んだ空色のワンピースはちゃんと送ったんですか?なぜ違う服を着ているの?」
「俺は送りました。彼女は気に入らなかったのでしょう」
「もう!!しっかりしなさいよ!喧嘩は強いくせに、こう言うことはとんと弱いんだから!!」
「うっ…しかし…どうしたらいいかわからなくなってしまうんです。」
「簡単よ!!惚れさせればいいのですから、好きとか、愛してるとか、言えばいいのです」
「そんなこと、言えません!!!」
よくもまあ、ベラベラと喋る。私の前では一語文が精一杯の彼は、愛するものの前ではしっかり話せるのではないですか。言葉を知らない猿かと思いましたわ。いえ、愛嬌のあるお猿さんの方が何倍もお利口さんね。
「そんな言葉言っていただかなくて結構です」
あぁ、劇見たかったな。終わるまで我慢しようと思ったけどここまで馬鹿にされて私は耐えられなかった。
二人は私がいることに気が付かなかったようで、全く同時に、慌てて振り返った。
「先生!!これは違いますのよ!!」
「…!」
「隊長、傷者の哀れな女に少しの間結婚という夢を見させてくださりありがとうございます。今後、お会いすることはありませんが、一生の思い出にさせていただきます。どうぞ、お二人末長くお幸せに」
ありったけの皮肉を込めて、最高の笑顔を向ける。泣くもんか。負けるもんか!
スカートの両端をつまんで片足のつま先を少し後ろに引いて、トンと床を踏む。
「先生!!まって!困ります」
蘭様が慌てて手を伸ばすが構わず踵を返して劇場を後にする。堂ヶ島右京は恥知らずなことに、あらやだ、本音が。憐れみ深いことに、入り口までついてきてくださったわ。
「待ってくれ、話を…」
そう言って私の右手を乱暴に掴んだ。反射的にパン!とその手を振り払ってしまった。何故か、彼は傷ついたような顔をしてその場で固まってしまった。
「やっと二語文を話しましたね。でも話は聞きません。私、人の人生のために使われる趣味はありませんの。馬鹿げた劇に出演するのはお断りです」
「馬鹿げた劇?」
「ええ、主演は貴方と蘭様でございましょう?私は、出演致しません。」
「俺を馬鹿にしたような話し方をして、楽しいか?」
元々鋭い顔つきの彼は、さらに顔を強張らせて私を睨みつける。相当怒ってるのね、うまくいかなかったから。
その姿が滑稽でつい笑みが溢れてしまう。
「ふふ、楽しんだのは貴方でしょう?私を盾に愛する者を守れなくて残念でしたね。楽しかったですか?秘密の恋。私は楽しくありませんでした」
「何を言ってるんだ?!」
「馬鹿にするなって言ってんのよ!!!」
グズグズ私を引き止めようとするこの、男につい、カッとなって本音がそのままストレートに口から飛び出してしまいました。突然の怒りを向けられて、百戦錬磨の隊長も驚いたのか、顔色がサッと変わってしまいました。
私に送りつけた空色のワンピースのように。
「傷者を、晒し者にして楽しかったかって聞いてんの。あんたたちが愛し合うために私の人生使おうとしないで。私は私のためにしか生きない。二度と会いたくないわ。さよなら」
観劇に来ていた老若男女、大注目のなかたまりにたまった鬱憤を叫び散らしてしまったわ。何人もの人たちが、私を勘違い女と罵っていた。
私が…何をしたのよ。子供を守って傷を負って…それの何が悪いの?こんなに傷つけられなきゃいけないほど悪い事をしたの?
今まで我慢していた涙が次々と溢れ出してきた。
外にいた貸し馬に跨ってがむしゃらに治療院まで帰った。ボロボロの私を見てお父様は「ごめんな」と一緒に泣いてくれた。
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