星に願っても叶わないから自分で叶えることにしました

空橋彩

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19・アリーナとヴィクトール

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「オリヴィア様、本当に申し訳ありません。」

広間を出たところで執事が深々と頭をさげる。

「貴方が謝ることではないのよ、気にしないで。むしろ、良かったわ。早く部屋に帰れるから。」

ポンと落ちた肩に手を当てると執事が首を横にふる。

「坊ちゃんはあんな横暴な人間ではなかった。もっと、正義感のある。まぁ、少し強引でしたが、男気のある人間でした。黒炎竜を討伐してから人が変わってしまわれたのです。」

部屋に帰りながら、執事がポツポツとツーデンに起こった異変を語る。つい、坊ちゃんとこの館の主人を呼んでしまうほどには戸惑っているようだ。

「貴方は長くここにいるの?今更だけど名前を聞いても良いかしら?」

「もちろんでございます。わたくしはアルフレッドと申します。どうぞ、アルフとお呼びください。」

「ありがとうアルフ、素敵なお名前ね」

「執事らしい名前でしょう?代々ツーデンの家に使える一族ですから、執事らしい名前をと両親がつけてくれましてな。その両親からこの屋敷の執事長の命を受け継いだと言うわけです。」

「そうでしたの。ヴィクトール卿は何故頑なに私を否定するのかしら…」

ため息混じりに独り言のように呟くと、アルフが申し訳なさそうにお辞儀をして一歩下がる。

「坊ちゃんがアリーナ様と一緒にこの館に帰ってきたのが一ヶ月と少しほど前でした。傷が癒えてないと心配だからついてきた、と。火炎竜の討伐に出たはずなのに黒炎竜がでて、大怪我を負った坊ちゃんは、1日ほど寝込まれたのですが、その間甲斐甲斐しくアリーナ様は看病し、回復魔法をかけていたそうです。」

「…傷はなかったはずよ?」

と聞くと、やはり、と言うような面持ちで頷く。

「精神的な疲れなのか、起き上がれなかったのです。意識はあり、アリーナ様にそれは感謝して結婚を申し込まれました。」

「アリーナとの結婚の許しを皇帝に得るために確認書をだしたら、私がきてしまったと。」

「真実、傷を癒やされたのはオリヴィア様であると、同行した誰もが証言したからだと思います。ですが、頑なに坊ちゃんはアリーナ様こそが癒し手だと言い張るのです。」

うーん。と頭を悩ませる。そんなに短期間に結婚の許可が降りるのもおかしい。
元々ヴィクトール卿の結婚相手として私の名が上がっていたとしか考えられない。だとするとこの結婚を無かったことにして欲しいと皇帝に頼んでもダメかもしれない。

「アリーナのことはよくわからないけど…」

くるりと向きを変えてアルフと向き合う。右肩に手を当てて「ラ・クーペロ」と強めに回復魔法をかける。柔らかな光がスーッとアルフの肩の辺りへ沈んでいく。

「私は確かに回復魔法は使えるわ。」

「…10年来の肩の怪我が一瞬で…」

「アルフがどう考えるかわからないけど、私は嘘はついていない。ただそれだけはわかって欲しいわ。さて、部屋に着いたわね。ありがとう。」

「オリヴィア様が、アリーナ様がおっしゃるような人間でないことはお会いしてお話しした時にわかりました。ですが、坊ちゃんの態度を変えることができず、不便をかけます。すみません。」

「いいのよ。気にしないで。」

好かれても困るもの。私はコンラッドの元に帰りたい。
そんな願望を胸にしまったまま、また扉を閉めメイド服に着替える。

『腕は熱くない?』

ルビィがメイド服のリボンを縛りながら腕輪のあたりをさすってくれる。

「大丈夫よ!守ってくれてありがとう。助かったわ」

あのままだったら取られていたかもしれない。かと言って外していくのも嫌だったから本当に助かった。

『私の加護が加わったから何かあればそのブレスレットがある程度は防いでくれるわよ』

「な…なんかイフリータの加護とか凄そうな…」

『そう?12年くらい前にも一回加護を与えたことがあるから結構珍しくもないわよ?』

「えーっと基準がわかりにくいんだけど、とにかく、大切にするわ、ありがとう」

身支度も整い、最後に髪をキュッと結い上げてもらう。今日は黒いリボンをカチューシャの様に頭に巻き髪を極力隠す。

オリヴィア2号に身代わりをお願いして窓から抜け出す。夜なのであまり人がいない。

厨房に行くと、後片付けをしている使用人の手伝いを頼まれたので皿を片付ける。

夕食の賄いを2人分もらってノウンのところへ行くと、とても喜んで迎え入れてくれた。
焚き火を囲んで一緒に食事を済ませる。

ルビィがオリヴィア2号にお風呂の用意ができたわよ、と話しかけてくれたので先に入ってくれと頼み、ヴィクトール卿の部屋へ向かう。

耳を澄ませ、中に人がいないことを確認すると、そっと扉を開けて侵入する。
壁には細身の剣が飾られている。
あらゆる戦いで敵を切り伏せてきた剣だ。ヴィクトール卿は魔獣の討伐で華々しい程の戦果をあげている。
一振りで大きな熊の魔獣を両断するそうだ。
魔法の属性は雷。
長身だが細身で、細かな剣技が得意だと聞いている。

机の上の書類や、本棚の日記など気になるものに目を通すが特に変わったことは書かれていない。
ふと、机の上にオレンジに輝く丸い石がついたネックレスを見つける。じっと見ていると少しずつ気が遠くなっていく気がする…

ほんの数秒だと思うが、集中力が切れた時にガチャと扉の取っ手が回される。気づいた時には遅く、ヴィクトール卿が部屋へ入ってきてしまった。

「え?リヴ?だよね?何故ここに?」

ゆるいガウン姿で髪が水に濡れている様子を見ると湯浴をしていたようだ。慌てて怪しまれるのも良くないと思い、なんとか冷静に答える。

「旦那様が湯浴みから出られたと聞いて、お茶を入れにきましたがいらっしゃらず、窓が開いたままでしたので閉めていました。夜風は冷たいですから」

「そうか、ありがとう。早速お茶を入れてもらっても良いかな?」

「え…えぇ、もちろんです」

念の為茶器を持ってきていてよかったと、一人安心しながら紅茶をいれる。つい、癖で温めたティースプーンに角砂糖をのせ、ブランデーをたらしマッチで火をつける。お姉様やお兄様がこの砂糖を紅茶に入れて飲むのが好きで、毎晩こうしてお茶を淹れていた。ふわっと良い香りが立ち上がり、ヴィクトール卿がこちらをみる。

「良い香りだ、ブランデー?」

「あ、はい。苦手でしたか?すみません!」

ジリジリと燃える角砂糖の火が少しずつ弱まる。
砂糖を下げようとスプーンに手を触れると、優しく微笑んだヴィクトール卿がいいよ、と答える。

「リヴのオススメでいただこうかな?ありがとう」

「甘さは控えめにします」

「うん、お願い」

少し濡れた派手な金の髪とまつ毛がキラキラと光っている。優しく細められた目はとても色っぽく、つい頬を赤らめてしまうほどである。
いつもはキチンと真ん中で分けられている前髪がラフに揺れて年相応の青年の顔つきになっている。

熱めの紅茶に先ほどの砂糖を入れて机の上にそっと差し出す。ヴィクトール卿の石鹸の香りがして、少しドキッとしてしまう。

「美味しい!初めてこんな風に飲んだ」

目を少し見開いて驚くヴィクトール卿は満面の笑みをこちらに向けてきた。

「良かったですわ。紅茶が好きで色々アレンジして飲んでいるんです」

「他にもあるの?是非また入れに来てくれるかな?」

「えぇ、担当になった時には、、」

その時、チラッとはだけだバスローブから胸元の傷が目に入った。明らかにそこだけ色が黒く変色していた。傷の端の方はひび割れているように見えるが、細かな星が無数に集まっている様だ。

あの時の傷か…やはり最後に魔力が足りず、完治させられなかった様だ。治療する者として申し訳なさが湧き出てきてしまった。目線を上げると、金色の瞳と目が合う。
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