老龍と騎士

麻黄緑推

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 森の中を一人の騎士が足を引き摺りながら歩いている。鎧に刻まれた白百合の家紋も、既に掠れて消えかけていた。番いも外れかけ、凹み、歪み、隙間からは血が滴っている。何処から見ても瀕死である事は明白だった。果たして騎士は洞穴に辿り着き、そこで倒れ伏す様に横になった。少しでも休憩しようと言う魂胆ではあったが、このまま起き上がれず死んでいくだろう事は彼自身何となく自覚していた。
「誰ぞ。」
 洞穴の奥から響いたその声は、弱々しいながらも少しばかりの怒りを帯びていた。
「ここは儂の住処。無断で入ってきた輩をおいそれと帰す訳には行かぬ。」
 声は少しづつ騎士に近づいてくる。次第に見えてきた声の主は、ひどく老いた、しかし大きな龍であった。
「すまない、貴殿の住処であるとは知らなかったのだ。」
 騎士は謝罪でもって老龍に応答した。
「その上・・・見ての通り、私はもう動けんだろう。無礼を働いた詫びだ。私の事は好きにしてくれ。」
 応答を聴き、老龍は数刻考える様な素振りをみせた。そして、「貴様話はまだ出来るな?」と問い掛けた。
「儂は見ての通り永く生きた・・・正直貴様をどうにかするのも億劫な程に老いておるのよ。」
「・・・つまりこの非礼は話し相手になる事で償えと?」
「そう言う事だ。」
 老龍はニヤリと笑った。
「詫びになるほどの話が出来るか分からんが、好きにしろと言ったのは私だ。約束は果たす・・・。」
「そもそもだ、貴様何故そんな格好になっている?」
 そう切り出したのは老龍に、「つまらん理由だ。」と前置きしながら騎士は話し始めた。
「奇襲を受けたのさ。敵国の連中、思い切って前線を上げてきたのだよ。」
 ここまで話すと、騎士は苦痛に身悶え、息を荒くし始めた。
「すまない、どうやら・・・話し相手にもなれないらしいよ・・・」
「案ずるな、これを飲め。」
 瀕死の騎士に、老龍は何かを飲ませた。
「!痛みが引く、が・・・これは・・・」
「儂の血よ。」
 騎士の家に伝わる伝承では、龍の血には万物を癒す力が有るとされていた。
「とは言え所詮朽ちかけた老龍の血液では、少しばかり死期を遠ざける程度であろうがな。」
「・・・なぜ、ここまで?」
 血のお陰で回復した騎士は、身体を起こして問いかける。
「貴様と同じ様にな、儂も死期が近いのよ。貴様を逃せば、もう誰と話す事も出来んだろう。」
「孤独の辛さは人だけの物では無いのだな。」
「そう言う事だ。貴様には儂が死ぬまでの暇潰しに付き合って貰うぞ。」
「・・・どうせ死ぬから血も惜しく無いと?」
「貴様とて自らを捧げたであろう?」
そこまで言うと、互いに何やら可笑しくなって、共に笑いあった。
「・・・龍も人も、死に際は変わらんものだな。」
「その様だな、では続きを申せ。」
「ああ、退けはしたが奇襲によって隊は全滅、私もこのザマさ。」
「貴様が来たのはクルエラ平野の辺りだったな。あそこまで攻められておるなら、国はもう駄目だろうな。」
 そう言う老龍に「いや、まだ望みはあった。」と悔いる様に騎士は言う。
「奴等の拠点は奇襲の際にある程度把握出来たし、まだ数も少ない。本国に伝えられれば幾らでも対策は出来たろう・・・」
「だが伝令は出来ぬというわけか。」
「そうだ。奴等に一泡吹かせてやりたかったが・・・」
「そうさな、次は儂の昔話でも聴くが良い。」
「?あ、ああ・・・」
「かつて、まだ儂がもう少し動けた頃の話よ。白百合の紋を持つ騎士がな、戦場で捕らえられた儂を救ってくれたのよ。」
「白百合の、騎士?」
「そいつに恩を感じた儂は、奴に血を分けてやったのよ。」
「まさか、我が家に伝わる伝承の龍は・・・」
「国までは、歩いて行けるな?」
「何を考えている!?」
 騎士の言葉を遮る様に、龍は自らの首を爪で切り裂いた。傷口と口からは多量の血が溢れ出している。
「・・・飲め。これだけの量であれば国へ帰る事は容易であろう。」
「しかし、貴殿は・・・」
「龍は・・・義を果たす生き物よ。かつての恩人への返礼よ。どうせ死ぬ身。惜しくは無いわ。」
「・・・有り難く、頂戴する。」

 騎士の情報により、敵国の奇襲は完全に成功する事はなく、国は守られた。奇襲に兵力を注ぎ過ぎた敵国はこれにより失速。後の両国和平交渉に繋がってゆく。騎士はその後、あの洞穴で墓守として余生を過ごしたという。
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