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5不可思議な力に導かれて
しおりを挟む不思議な力に誘われるように、ルビーの足が動く。
抗おうと思えば抗えると思える程度の、弱い支配だった。
それでもルビーは素直に、力へと身を委ねた。
きっと、この声の主は洞窟に住んでいる妖精か何かなのだ。
大事な花を、守っている。
おそらく拒否したところで、この力には逆らえない。
今は弱い支配だけれども、拒絶した途端に、恐ろしい力を発してくる……そう思えた。
ランプに照らされた道を歩いている間、声は絶えず話しかけてきた。
どうしてここまできたのかと問われて、素直に村の現状を話した。無論、姉についても。
花が必要なのだという旨を伝えると、返ってきたのは予想外の反応だった。
「ふぅん。それはよかったね。よかったね」
よかったねと、意味不明な言葉を向けられて、ルビーは「え?」と聞き返した。
「そのひとがいなくなれば、君はただのルビーになれるんだよ。なれるんだよ。いい子すぎるお姉さんなんて、いない方が幸せだよ。誰にも比べられないもの」
柔らかい声が刃となって、心に衝撃を与える。
その言葉は、ギクリと身をすくませるほどにルビーを動揺させた。
「ルビーの好きなひとも、お姉さんがいなくなれば、ルビーを好きになってくれるかもよ。かもよ」
ヒュッと息を飲む。
支配された足は動くが、それがなかったら歩みをとめていたことだろう。考えなかったことではない。
姉さえいなければ、自分はもっと楽に生きられたのではないかと。ギルバートが、自分を見てくれることがあったかもしれないと。
優秀で非凡な姉と、つまらない自分。誰にでも愛されているサファイアが羨ましかった。
いつでも多くの人々に囲まれて、太陽のように光り輝く姉は美しかった。
姉が大好きだった。自慢だった。女性として、憧れていた。
でも、その一方で。心の弱さが生み出した、嫉妬という感情。
(姉さまが、いなければ)
胸の奥で生まれる、小さな小さな黒いもやもや。
このまま姉が意識を失い、目を開けなくなってしまえば…――。
「ダ…メ……」
ふるふると、首を横にふる。
そう、姉が目を開けなくなってしまえば、多くの村人が哀しむのだ。
大好きなあのひとも、きっと笑わなくなってしまう。
大好きな姉。羨ましい姉。何もかもを持っている、恵まれた姉。
「姉さまを助けたいの……」
嫉妬することもあったけれど、姉は誰よりも優しかった。自分を愛してくれた。
だから、自分も心の底から愛した。
愛したいと、思った。
好きで好きで、失うには辛すぎる。
想い人であるギルバートも、姉ならば仕方がないと諦めることができると、思った。
「幸せに、なってほしいの……」
姉にもギルバートにも、ハッピーエンド以外は似合わない。
幸せな笑顔以外、見たくはない。
「ルビーはいい子だね。いい子だね」
声は歌うように言う。そっと、耳元で天使のように。
「だけど、自虐的だ。自分を愛してない。愛して欲しいって言っている心を、愛してない」
今度は遠くから響いてくる。子供をあやすような声音だった。
「きみはきみ自身を愛してあげなきゃダメだよ。ダメだよ。だってそうじゃなきゃ、心は痛いって泣いたままだもの。痛いのは嫌だもの」
声が、近い。
ふんわりと、見えない何かが後ろから身体を抱きしめているような感覚を覚える。
それはほんの一秒足らずだったけれども、胸が熱くなった。
「幸せは、誰のもとへも訪れる」
頬に、何かがふれた感触があった。
それは一瞬。まるで、キスをされたようだった。
唐突に、足が止まった。
止まった先は、とても広い空間だった。今まで歩いていたところとは比べものにならないほどに。天井がとても高い位置にあるのが、わかる。
唇が乾いていた。喉が渇いていた。
相かわらず空気はひんやりと湿っているというのに。
水が欲しいと、思った。
「ぼくが案内してあげるのはここまで。あとはきみが、がんばるしかないよ。がんばるしかないよ。でもきみは花乙女じゃないから、咲かせるのはきっと無理だ」
そんなことは言われなくともわかっている。
花乙女どころか、神力自体がないのだ。
自分が花乙女なのだと思ったことは一度もない。
花乙女と呼ばれるに相応しいのは、自分の姉だ。だからこそ、花を持っていく。
彼女ならば、咲かせることができると信じているから。
彼女たちは助かると、信じていたいから。
「いいかい。花を手に入れることができたら、すぐに帰るんだよ。帰るんだよ。何も考えずに、走るんだ。走るんだ。わかったね。ね?」
声の忠告に、ルビーは首をたてにふる。
「あ、あの……」
どこにいるかもわからない相手に、ルビーはそっと告げる。
想いをこめて。
「………ありがとう………」
喉が乾燥しているせいで、声がかすれる。
もしも、もっと気の利けた言葉を扱えたのならば、自分がどれだけ感謝しているか、相手に伝えることができたのに。
そう思っても、普段から意思を伝えることを苦手としているルビーには、どう言葉にすればいいかわからなかった。だからこそ、短い言葉を選ぶ。相手に届くであろう言葉を選択する。精一杯の気持ちをこめて。
あの声が、「どういたしまして」と笑ったような気がした。
ランプをかざして、花を探す。
右、左。下、それから上へと。
「あ」
見上げなければならないような、かなり高い位置に何かが見える。
おそらく、花ではない。どちらかと言えば、草と表現した方が正しいように思えた。けれども、この洞窟の中に他の植物はない。
きっと、アレなのだ。自分が求めていたものは。
しかし、困った。位置が高すぎて、届きそうにない。ルビーでは登っていけそうな場所でもない。キョロキョロと、何かいいものはないかと探すけれども、見つからない。
ルビーは咳をした。ケホケホと、軽いものを。
喉が、カラカラに渇いている。つい先ほどまで湿度の高い空間だと思っていたのに、今では土ぼこりが舞っているかのように、乾燥しきった空間になっていた。
どういう原理はわからない。
ただ、この洞窟が普通ではないことだけはわかる。
クラリと目まいにも似た感覚がルビーを襲う。今になって、急激な疲労がやってきた。
不思議な力に導かれてここまできたので、さほど距離を感じてはいなかったけれども、実際はかなりの道のりを歩いてきたのかもしれない。
(どうしよう)
あまり長居ができる状況ではないようだ。この場にい続けるには肉体が持ちそうにない。
それに早く持って帰らないと、姉たちの容態も気になる。今ごろ、みんな哀しみで泣いているかもしれない。
早く、みんなを安心させてあげないと。
乙女は歌に祈りを乗せることで、神の力を借りることができる。
ならば、歌によって花をどうにかすることができるかもしれない。
けれど…――――。
(私に、できるかしら…)
神力すらない自分などに。あの奇跡の花を、この手に掴むことができるだろうか。
しかし、悩んでいる暇はない。自分は決意をしてここまできたのだ。ダメで元々だとわかっていても、祈りを捧げるしかない。
(お願い…神さま……ッ)
ランプを足元に置いて、顔を上へと向ける。
か細い歌声が、ルビーの唇から漏れた。静寂に少女の奏でる旋律が響く。
喉は乾燥しきって、ひどく傷ついていた。
水分不足と疲労のせいで、声を出すこと自体が、ひどく億劫になる。
それでも、ルビーは唇を動かす。
乾いて切れた唇には、じっとりと血がにじみ始めていた。
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