5 / 14
3呪いで暴かれる恋しい人の本心
しおりを挟むそれはなんの変哲もない午後だった。
始まりと呼ぶには平和な、日常にまぎれた異変。
「あら、おじいちゃん。こんなところで寝ちゃったの?」
ポカポカと温かい日。
村の老人は、庭のよく見える部屋で昼寝をしているようだった。早寝早起きを信条としている老人が、昼間から睡眠を取ることはなかった。
家事をしていた嫁は珍しいこともあるものだと思いながらも、そう気にかけることはなかった。
だが、彼が起きることはなかった。
その日を境に、村人が突如深い睡眠に陥り、目を覚まさないというできごとが立て続けに起きた。
性別、年齢は関係ない。
小さいが平和だった村は、混乱に陥った。
「隣の村では、衰弱してそのまま還らぬひとになったとか……」
「王都では、もっとひどいことが起きているとか。なんでも、突然心臓が止まったらしい」
「何が起きているの」
「呪いだ。これは、きっと」
「北の魔女だわ。きっと、そうなのよ」
人々は口々に噂をした。
北にいるという悪い魔女の噂を。
実際にいるかどうかはわからないが、悪いことが起きると彼女のせいだと言った。
はるか昔、神にツバを吐きかけた愚かな女。
神から見放された女は、時から取り残された。
彼女は永遠を生きるかわりに、すべてを憎むようになった。
憎しみは呪いとなって、気まぐれのように災いを起こす。
魔女の呪いに打ち勝てるのは、聖なる乙女の祈り。
もしくは、その魔女自身を倒すことができなければならない。
ルビーは走っていた。お使い先で耳にした、信じられない事態。
村の中で、二十人目の犠牲者が出た。
しかし、その人物が問題だったのだ。
「姉さま!」
屋敷まで転がるようにして走った。
息が切れる。急ぐあまりに途中で一度転んでしまった。
(嘘よ! そんな……!)
買い物に出ていたルビーを、使用人が慌てて呼びにきたのは半刻ほど前のことだ。
サファイアが、意識を失い倒れてしまった――と。
ルビーの胸に、次々と倒れる村人たちの姿がよぎる。原因不明の眠りの病。
他の村では死者すら出ていると言われる、この奇怪な病で最悪の被害がまだ出ていないのは、この村に祈りの乙女がいるおかげだと言われている。
病が流行り始めた日から、サファイアは祈り続けた。
そのサファイアが……まさか、村人たちと同じ呪いにかかるだなんて、そんなことがあるはずはない。
あの素晴らしい姉が、覚めることのない眠りにつくなんて、そんなことがあるわけがない。
(姉さま……!)
一生懸命呼吸を整えながら、屋敷内の階段をのぼる。個々にある姉の部屋と自室は、二階にあった。階段をあがり、部屋の近くまで行くと姉の部屋のドアがわずかに開いていることに気づいた。入ろうとして、ためらう。中に入るのが、怖い。
姉が呪いにかかっているのだと思うだけで、涙が溢れてくる。
下を向き、口元を押さえる。床に、水滴が落ちた。
だが、中に先客がいることに気づきハッと顔を上げた。
おそらく、先に入った人物もルビーと同じように大慌てしていたのだろう。
ドアをノックしようとした手が、中から聞こえてきた声で止まった。
一つは、弱々しいが間違いなくサファイアの声だった。
よかった。
完全に、眠りについているわけではないようだ。
「神様……!」
ルビーは胸の前で手の指を組み合わせ、心の底から姉が完全な眠りについていないことを、神へと感謝を捧げた。
けれど、もう一つの声にルビーの表情が固まる。
「衰弱、してるみたいだな」
ギルバートだ。
先客は、彼だったのだ。
ギルバートにとってサファイアは特別なひとだ。誰よりも早く、彼女のもとへ駆けつけたのだろう。
そんな場合ではないとわかっているのに、胸が痛んだ。同時に、自己嫌悪に陥る。
大好きな姉が大きな不幸に見舞われているというのに、自分はなんと浅ましい。
(私は、醜い)
容姿だけではなく、心も。
ギルバートが姉の見舞いに来るのは当然だとわかっているのに、それでも嫉妬してしまうなんて、なんて愚かなのだろう。
姉を心配して流れた涙が、嫉妬の涙にかわった気がして、死にたくなる。
そんなことを思いたくないのに、どうして私はこんなにも醜いのだろうと、また一つ、自分のことを嫌いになる。
「……俺が、なんとかする。だから、しんどいだろうが踏ん張れ」
いつもよりトーンを落としたギルバートの声に、姉の弱い声が反応を示す。小さすぎて、こちらまでは聞こえてこない。
さすが神力を持っている乙女だ。他の村人たち意識喪失しているというのに、かろうじてだが、意識を保っているらしい。
中に入りたい。
姉の容態を知りたい。
でも、今自分は入るべきではないとも思った。
ふたりの仲を、壊してはいけない。幸せになるべきふたりの間に。
自分などが、割り入ってはいけないのだ。
何よりも、こんなにも醜い自分には、サファイアの容体を確認する権利はないと思った。今、姉に必要なのは自分ではなく、ギルバートだ。
ギルバートにとって、一番必要な人が姉であるように。
そっとドアを閉めようとしたルビーの小さな胸を貫いたのは。
「――指輪を、用意したんだ」
決意を込めた、ギルバートの言葉だった。
0
お気に入りに追加
288
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】少年の懺悔、少女の願い
干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。
そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい――
なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。
後悔しても、もう遅いのだ。
※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。
※長編のスピンオフですが、単体で読めます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。
藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。
何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。
同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。
もうやめる。
カイン様との婚約は解消する。
でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。
愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません!
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
拝啓、大切なあなたへ
茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。
差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。
そこには、衝撃的な事実が書かれていて───
手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。
これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。
※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
真実の愛は、誰のもの?
ふまさ
恋愛
「……悪いと思っているのなら、く、口付け、してください」
妹のコーリーばかり優先する婚約者のエディに、ミアは震える声で、思い切って願いを口に出してみた。顔を赤くし、目をぎゅっと閉じる。
だが、温かいそれがそっと触れたのは、ミアの額だった。
ミアがまぶたを開け、自分の額に触れた。しゅんと肩を落とし「……また、額」と、ぼやいた。エディはそんなミアの頭を撫でながら、柔やかに笑った。
「はじめての口付けは、もっと、ロマンチックなところでしたいんだ」
「……ロマンチック、ですか……?」
「そう。二人ともに、想い出に残るような」
それは、二人が婚約してから、六年が経とうとしていたときのことだった。
【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね
江崎美彩
恋愛
王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。
幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。
「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」
ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう……
〜登場人物〜
ミンディ・ハーミング
元気が取り柄の伯爵令嬢。
幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。
ブライアン・ケイリー
ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。
天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。
ベリンダ・ケイリー
ブライアンの年子の妹。
ミンディとブライアンの良き理解者。
王太子殿下
婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。
『小説家になろう』にも投稿しています
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる