コンカツ~ありふれた、けれど現実的じゃない物語~

音無威人

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戯れ

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 僕は憂鬱な気分を携えて大学の門を通過した。
 今日もいつもと変わらず、一人きりだった。でもいずれその生活も変わるかもしれない。
 ――彼女との訓練によって。
 僕は少しだけ楽しみなのだ。ゲームの中だけでも誰かと繋がりをもてるのだから。
 彼女と会う時間が待ち遠しい。


『遅いですよ。一体いつまで待たせるつもりですか。あまりに遅いので、知能がなさすぎて昨日のことすら忘れているのかとあきれ果てるところでした』
 遅いも何もいつ会うかの話はしていないはず。怒られる筋合いはない。
 僕はそんな思いを込めて、一曲踊った。もちろんアバターで。
『なぜ急に踊りだすのか意味不明なのですが。本当にあなた暗い性格の持ち主なんですか? 昨日のやりとりと今の行動を見る限り、とてもそうとは思えないのですが?』
 ネットと現実は違う。これは仮想向けの人格であり、本来の僕の人格ではない。どちらにしてもコミュニケーション能力のなさは変わらないが。
『ネットと現実は違う。僕は現実ではとても暗くいつも一人きり。だからゲームで恋人を探そうと努力している。そのためには多少なりとも明るい性格であることが重要と、幾多の振られた経験から悟ったのだ。ゆえに僕は無理矢理にでも明るさを発揮しようと頑張っているのだ。分かったか、女』
 僕にしては頑張ったほうではないか。とても褒めてやりたい気分だ。
『私のほうを向いて話してくれたら良かったのですが。コミュニケーション能力がないというのは本当なんですね。ゲームでも面と向かって会話できないとは。これでは先が思いやられます。本当にあなたお見合い成功させる気あるんですか。それではいつまで経っても恋人できませんよ?』
 そういえば今まで告白した時も面と向かったことはないな。それも振られる要因であったのかもしれない。面と向かって話せるようにならなければ。
『とりあえずこっち向いてください。これではいつまで経っても上達しませんよ?』
 仕方ない。僕は彼女の正面にアバターを動かし配置した。
『向きましたね。それではまず、私に面と向かって悪口を言えるようになることから始めましょうか』
 悪口だと? いきなり難易度が高い。
『なぜ? 悪口を』
『私と本音で語り合えるようになれば、会話力も上がるはずです。その第一歩として悪口を言えれば、後は何でも言えるでしょう。まぁ、もっとも私は優しくて美しく文武両道で才色兼備な女性なので、悪口など見当たらないかもしれませんが』
 彼女は胸を張り、堂々とそんなことを口にした。
 確かに言いたいことを言い合える間柄になれば、僕のコミュニケーション能力も上達するかもしれない。
 しかし初っ端からそれはとても難しい。なぜそのレベルから始めるのだ?
『この鬼、悪魔。最初からそれは難易度が高すぎる。僕のコミュニケーション能力のなさ舐めるな! それぐらい理解しろ。頭湧いてるのかこのクソ女。それに何が美しいって? それはアバターの見た目だけじゃないのか? 実際は醜いんじゃないか? だから無駄に自分を美しいと連呼するんじゃないか? 自分が美しくないと理解しているからこそ、仮想の世界で美しいと言っているだけじゃないのか? 仮想の世界であるなら誰も自分の本当の姿なんて分かるわけがない。だからそんな嘘っぱちを言えるのだ。僕なんて僕なんてなぁ! 普通すぎて誰の記憶にも残らない容姿なんだぞ。そんな人間の前でよくも自分のことを美しいと言えるな! 僕に喧嘩でも売っているのかこのヤロー!』
 僕はあらん限りの声で叫んだ気持ちになっている。実際はアバターに喋らせているのだから叫んだもなにもないし。
 それにしても案外言えるものだな悪口。僕って実はコミュニケーション能力高いんじゃないか? 自分でそのことに気付かなかっただけで。
 このことに気付けたのも彼女のおかげだ、感謝せねば。
 多分僕は今、ゲームや漫画でいうところの覚醒状態に入っているに違いない。つまりここから僕のモテ期が始まるはず。僕の時代……いい響きだ。
『…………第一段階クリアといったところでしょうか? おめでとうございます』
 彼女はパチパチと拍手して、褒め称えてくれた。何だ思ってたよりも良いやつじゃないか。
 まぁ、それもそうか。特に親しいわけでもないのに、コミュニケーション能力を上げる訓練に付き合ってくれているわけだし、良いやつであることは間違いない。
 僕は運が良い。こんな女性に出会えるなんて、とてもついてる。
『ありがとう、君のおかげだ。今僕は自分の可能性に気付けた。僕は実はコミュニケーション能力が高いのかもしれない。悪口がスラスラと当たり前のように口をついてでてきたのだから。僕はこれから変わる。必ず恋人を作ってみせる。その暁には君を僕の愛人にしてあげてもいい』
 彼女は下を向きながらプルプルと震えている。嬉しくて声もでないのだろう。感謝されて怒る人間はいない。
 僕も嬉しい。自分の言葉が人に喜びを与えたという事実がとても。
『……確かに言いました。悪口を言えと。ですが……ですが』
 なにかおかしい。彼女の様子が。これは嬉しいというより……怒っている?
 なぜ? 何か怒らすようなことし……たな。悪口を言いまくった。それに加え、愛人にしてやるというセリフ。
 僕はもしかしたらバカなのかもしれない。当たり前の事実に気付かずに少し調子に乗ってしまった。それがより彼女の怒りに拍車をかけたのだろう。
『あなたは言いすぎです! それに誰が愛人になりますか! この低脳がぁ!』
 彼女は僕のアバターの下あごにアッパーをかまし、吹き飛ばした。アバターは天を舞いゆっくりと落下した。
 彼女はそのままログアウトした。
 あとには静寂だけが残った。
 僕もログアウトし、とりあえず神様の名を書いた藁人形に釘を打ち付けた。



 翌日、僕は大学から家に帰るとすぐにコンカツにログインして、彼女を待っていた。
 昨日は彼女を怒らせてしまった。彼女が来たらすぐに謝らなければ。
 僕はその決意を胸に彼女の到着を待っていた。
 待っていた。
 ……待っていた。
 …………待っていた。
 …………僕は神様の藁人形を跡形もなく引き裂いた。

『すいません。昨日は用事があって来れませんでした。ですがご安心ください。昨日の分もきっちりと訓練しますので』
 彼女は少し申し訳そうにしながら、微笑んだ。
 僕は器が大きいのでその程度のことは許してやるという意味を込めて、一曲歌った。熱唱だった。
 カラオケ採点機があれば九十点は取れたであろうぐらいのうまさだった。
『なぜ急に歌ったのですか? 意味が分からないことはしないでください。対処に困りますので。そのぐらいのことは配慮してもらわないと困りますよ?』
 対処に困る。確かにその通りだ。僕も急に歌われたら反応に困る。
 善処しよう。
『それでは今日の課題を発表します。拍手』
 わーパチパチパチ。
 一人分の拍手のなんと虚しいことか。
 盛り上がらない、まったく。
『今日は私の名前を呼ぶ訓練です。名前といってもアバターネームですので、そのくらいはあなたでも簡単でしょう?』
 名前か。ふっ、僕にはとても難しい課題だ。人の名前を呼んだことなど一度もない。
 それなのに簡単でしょうとは。何て女だ。
『やはり君は悪魔だな、クラリ』
 あれ? 案外あっさりと呼べた。
 僕って実はすごい人間じゃなかろうか?
 さすが僕。とても褒めてやりたい。
『なぜ悪魔といわれなければいけないのですか?』
 表情は笑っているように見える。
 しかし目が笑っていない。アバターだから当たり前か。
 しまった。また怒らせてしまった。
 僕はもしかしたら人を怒らせる天才なのかもしれない。
 意外な才能を発掘できたことを喜ぶべきか悲しむべきか、判断に迷うな。
『それはあれだ。君はとても美しい。その美しさは人間の比ではない。人を魅了し惑わせる……そういう美しさを持つのは悪魔だ。天使はただ美しいだけ。そこには何の魅力もない。けれど悪魔は妖しげで近づきがたい魅力を放っている。いつの世も他者を手玉に取るのは悪魔なんだ。僕は君の魅力に心を奪われている。だから君は悪魔みたいだと言ったんだ』
 これでどうだ。許してくれるだろうか。
 いや、こんなのはただの詭弁だ。許してくれるはずもない。
 僕は本当のことなど一つも言っていない。
 僕はクラリに心を奪われていない。ただの嘘だ。
 彼女がそれを見抜けないとは思えない。
 これはより怒りを増大させるだけかもしれない。
『そこまでいうなら仕方ありません。許してあげましょう。……別に美しいといわれて嬉しかったわけじゃありませんからね。……フフッ』
 許してもらえた。
 しかも上機嫌。僕の言葉は効果抜群。
 今度怒らせたらまた美しいと言おう。すぐに許してもらえるはずだ。
『それで今日の訓練はこれで終わりなのかクラリ?』
『いえ、会話能力を上げるにはコミュニケーションを取るのが一番。なので楽しくおしゃべりしましょう。……アントライト君』
 彼女は楽しそうに面白そうに笑った。
 その笑顔はとてもきれいだった。アバターだけど。
 ……どうしよう。ほんの少しだけ心を奪われたかもしれない
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