おとなしあたー

音無威人

文字の大きさ
上 下
29 / 45

彼女は怖い

しおりを挟む
「ユースケ、これは何?」
 ケイコはテーブルの上にあった袋を手に取った。入っていたのは一枚のDVD。タイトルを見た瞬間、ケイコの顔は引きつった。
 ユースケはニヤニヤしながら、DVDをプレーヤーにセットした。
 我に返ったケイコは慌ててユースケを止める。
「ちょっと待ってよ、ユースケ。まさか今から見るつもりじゃないでしょうね」
「早く見たくてしょうがねえんだよ」
 ケイコは絶望した。彼女は見たくなかったのだ。――ホラー映画なんて。
「喫茶南野に週一で通ってたらよ、仲良くなった蘭堂さんから今話題の映画だって貸してもらったんだ。『ようこそ鞍馬さん』だってよ。名前からして面白そうじゃねえか」
「い、今見なくてもいいじゃない」
「思い立ったが吉日って言うだろ。今見なくていつ見るんだよ」
「見たいなら自分の家で見なさいよ」
「一人で見るのはつまんねぇ」
 ケイコはユースケを家に帰そうとしたがムリだった。彼女は知っている。彼は一度決めたらてこでも動かない男だと。
 もはやケイコにはホラー映画を見る選択しか残されていない。彼女の心はすでに悲鳴を上げていた。


「ひえー!」
 ケイコの声はかすれていた。もう何度叫んだか分からない。数分どころか、数秒おきに叫んでいるような気さえする。
「ははははっ」
 ユースケは楽しそうに笑っていた。映画を見てではない。ケイコの怯えっぷりに大笑いしているのだ。
「ひえっ」
 画面いっぱいに鞍馬さんの顔が浮かんだ。
「うー、くわばらくわばら」
 ケイコは耳をふさいだ。目もぎゅっと閉じた。何も聞きたくないし、何も見たくなかった。
 鞍馬さんのキツネ顔が、ぼんやりと頭の中に浮かぶ。頭を振って、映像を振り払う。
「もうムリ! なんで私が怖い目に遭わないといけないのよ」
 ケイコは切れた。恐怖がマックスに達し、限界を超えたのだ。
 机の上のリモコンに手を伸ばす。ケイコは停止ボタンを押した。
「あっ、何するんだよ! せっかくいいところだったのに」
 ユースケはケイコからリモコンを奪い、再生ボタンを押した。
「うわーん。ユースケーのバカー」
 ケイコは泣いた。めちゃくちゃ泣いた。怖くて怖くて仕方がなかった。
「お、落ち着けよ。泣くなって。俺が悪かった。ほら、テレビも消したぞ。泣き止めって」
 ユースケはいたずらをして怒られた子供のような顔をして、ケイコに手を差し伸べた。
「許さないんだから」
 ケイコはユースケの手を取った。力を込めて握る。人肌が恐怖を和らげる。
「どうすれば許してくれる?」
 困ったように笑うユースケにぎゅっと抱きつき、ケイコは罰を口にした。
「明日、私の愛妻弁当をクラスのみんなに見せびらかしたら許してあげる」
「あ、愛妻って……」
 ユースケは頭をポリポリとかき、照れている。ケイコの頬も熱かった。


「ケイコのヤロー!」
 ユースケは叫んだ。――トイレの中で。
 今朝、ケイコが作った弁当。それは愛妻弁当と言う名の仕返し弁当だった。
「は、腹が痛ぇ」
 ユースケはクラスのみんなに冷やかされる中、ケイコの仕掛けた下剤に見事にハマり、トイレから出られなくなっていた。
「許さねぇ」
 ユースケはとぐろを巻いた糞を見下ろしつつ、次は『忍は潜水中に死んだ』を借りようと固く決意した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

兵頭さん

大秦頼太
ホラー
 鉄道忘れ物市で見かけた古い本皮のバッグを手に入れてから奇妙なことが起こり始める。乗る電車を間違えたり、知らず知らずのうちに廃墟のような元ニュータウンに立っていたりと。そんなある日、ニュータウンの元住人と出会いそのバッグが兵頭さんの物だったと知る。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

扉の向こうは黒い影

小野 夜
ホラー
古い校舎の3階、突き当たりの隅にある扉。それは「開かずの扉」と呼ばれ、生徒たちの間で恐れられていた。扉の向こう側には、かつて理科室として使われていた部屋があるはずだったが、今は誰も足を踏み入れない禁断の場所となっていた。 夏休みのある日、ユキは友達のケンジとタケシを誘って、学校に忍び込む。目的は、開かずの扉を開けること。好奇心と恐怖心が入り混じる中、3人はついに扉を開ける。

悪魔の家

光子
ホラー
バス事件に巻き込まれた乗客達が、生きて戻れないと噂される悪魔の森で、悲惨な事件に巻き込まれていくーー。  16歳の少女あかりは、無事にこの森から、生きて脱出出来るのかーー。  辛い悲しい人間模様が複雑に絡み合うダークな物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【失言ホラー 二言目】励ましたつもりだったのに【なずみのホラー便 第162弾】

なずみ智子
ホラー
本作は「カクヨム」「アルファポリス」「エブリスタ」の3サイトで公開中です。 【なずみのホラー便】のネタバレ倉庫も用意しています。 ⇒ https://www.alphapolis.co.jp/novel/599153088/606224994 ★リアルタイムでのネタバレ反映ではなく、ちまちま更新予定です。

もしもし、あのね。

ナカハラ
ホラー
「もしもし、あのね。」 舌足らずな言葉で一生懸命話をしてくるのは、名前も知らない女の子。 一方的に掛かってきた電話の向こうで語られる内容は、本当かどうかも分からない話だ。 それでも不思議と、電話を切ることが出来ない。 本当は着信なんて拒否してしまいたい。 しかし、何故か、この電話を切ってはいけない……と…… ただ、そんな気がするだけだ。

処理中です...