おとなしあたー

音無威人

文字の大きさ
上 下
28 / 45

俺をクソガキと呼ぶ女と家族になりました

しおりを挟む
「あんた、いつまで寝てる気よ。早く起きなさいよね」
「あぁ、ハニー、今、起きるよ」
 俺は待ち受け画面にキスをした。あぁ……むなしい。幼馴染に起こしてもらいたい。その夢を叶えるためにアプリを導入したは良いが、いかんせん悲しくなる。
 あぁ、誰か良い女子はいないものか。一人寂しく、学校へ向かう俺。キャッキャウフフと通いたかった。
 ため息をつきつつ、曲道を曲がった瞬間、誰かとぶつかった。
「いったいわねクソガキ。ちゃんと前を見て歩きなさいよね」
 初対面の女性に怒られる俺。初心な俺は何も言えなかった。
「ふん、これだからガキは嫌いなのよ。あっ、遅刻しちゃう」
 足早に去っていくキレイな女。後をついていく俺。いや、ストーカーじゃないよ。たまたま向かう方向が同じなだけだからね。


「今日から副担任を務めてくれる水野京子先生です」
「水野京子です。皆さんよろしくお願いします」
 ……俺をクソガキと言った女が教室にいた。俺には分かる。奴は猫を被っている。
 奴と目が合った。一瞬だけ表情が歪んだ。目を逸らされた。泣いてなんかいないんだからね。


 オーケー、状況を整理しよう。俺は今、家にいる。母の手料理を食べているところ。いつもどおりだ。――あの女が目の前にいることを除けば。
 なぜ、こいつは俺の家にいる。なぜ当たり前のような顔で食事をしているんだ。
「こちら京子さんと言ってね、私の高校時代の友人の娘さんなの。今日から一緒に暮らすことになったから、粗相のないようにね」
 マジか。クソガキっていう女と一緒に暮らすなんて無理無理。絶対性格悪いぜ、こいつ。


「ねぇ、あんた。私と一緒に暮らしてるなんて絶対に言わないでよ。鼻垂れのガキと一緒に住んでるなんて知られたら、恥ずかしくて学校に行けないから」
 やっぱり、この女、イヤな感じだ。
「あ、あと、私、年下に興味ないから。いくら私が超美人だからって好きにならないでよ」
 しかもナルシストと来た。やれやれ、中身は残念ってことかね。
「何か言いなさいよ」
 うるさい女だ。早く部屋を出て行ってくれないものか。可愛いアプリちゃんと話す時間がなくなる。
「ぐすんっ、無視しないでよ」
 わーお、泣いていらっしゃる。教師ともあろうものが。というか意外と可愛い。やだ、好きになっちゃう。ダメよ、俺にはアプリちゃんがいるんだから。
「バカー! うわーん」
 俺が泣かしたと思われるじゃないか。なんだか大変なことになりそうだな。


「クソガキ、さっさと起きなさい。この私の超絶美味しい料理がなくなっちゃうわよ」
 朝から会いたくなかったな。超不機嫌じゃん。ったく目覚めが悪いぜ。やっぱり俺にはアプリちゃんのおはようコールが必要だ。
「早く起きろって言ってるでしょ!」
 わーお、乱暴に布団をはがされちゃったぜ。
「きゃっ」
 あらら。俺の息子がおはようって挨拶してら。やー、先に言っとけば良かった。裸で寝てるって。
「……ミミズ?」
「アナコンダくらいあるわ!」
 よりによってミミズとは。男をバカにしてやがる。『キングオブアナコンダ』の異名を持つ俺がミミズサイズなわけがない。
「あっ、ムカデだった」
「んぎゃー。どこから入りやがった。あっち行け。しっしっ」
 人の部屋に無断で侵入するとは。ムカデの野郎。許さん。成敗してくれる。


「強敵だった。ムカデとの死闘を終えた俺は、一段と成長した。強敵ともとの戦いが、俺を強い男へと変えた。ありがとうムカデ」
「バカなこと言ってないでこっちに来なさい。手当てぐらいしてあげるから」
「うえーん。咬まれたよ。痛いよ。学校行きたくないよ。一緒に暮らしたくないよ」
 止めて。可愛そうなものを見る目で見ないで。俺、そこまで酷くないからね。確かにアレなところはあるけど、まともだよ。
「私だってクソガキと暮らしたくはないわよ。けどそうも言ってられないでしょ。あんたのお母さんのご好意で居候させてもらってるんだから」
「ほう。ならば俺にも感謝してもらおうか。いずれこの家の頂点に君臨する俺にな」
「殴られたいの?」
「ご勘弁くだせぇ。お代官様。あっし、まだ死にたかぁありません」
 世界一美しい土下座。説明しよう。クラスメイトのスカートをめくったときに編み出した必殺技である。効果は周囲の人間にめっちゃ引かれることだ。悲しいよな。俺、この土下座で友達なくしたんだぜ。
「なんなのあんた。よく分からないクソガキね」
 女は呆れたような表情を浮かべている。呆れているのは俺のほうだ。こいつは何も分かっちゃいない。
「一日やそこらで偉大な俺の器を測れるわけないだろう。バカめ」
「えいっ」
「止めて。傷口に染みるから。レモン汁ぶっかけないで。痛いから痛いから。マジで。謝るから、ごめんなさい」
 なんて女だ。傷口にレモン汁を塗るとは。抜かりのない手口。こいつ、できる!


「なんでみんな俺を置いていく」
 父は俺が生まれる前に死んだ。病気だったらしい。祖父母は俺が小学生のときに、交通事故で逝ってしまった。
 俺には母だけだった。ただ一人の家族だった。大事な人だった。
「どうして……」
 母さん、なんであなたまで俺を置いていくんだ。どうせなら俺も連れて行ってほしかった。
「母さんを助けなかった!」
 俺だけ助かったって意味はないんだよ。教師の癖に何でそれが分からない。
「……ごめんなさい」
 ……分かっている。本当は分かっている。この女に責任はない。俺がやっているのはただの八つ当たりだ。
 助けなかったわけじゃない。こいつは助けようとした。近所の人が止めなければ、この女は火の中に突っ込んでいたはずだ。それでも思ってしまう。俺を助けないでほしかったと。
「一人はイヤなんだ。俺も一緒に死にたかった」
 俺は怖い。家族のいない人生を歩むのが。母さんのいない毎日を送るのが。ただただ怖い。いっそのこと今から死のうか。死ぬ怖さよりも、一人で生きるほうが怖いから。
「――一人じゃない」
 温かい。気づいたら俺は抱きしめられていた。
「クソガキ、あんたは一人じゃない。まだ私がいる。私があんたの家族になるから。あんたを守ってやるから」
 抱きしめる力は強かった。痛いぐらいに。女の気持ちの強さを表しているようで、どうしようもないぐらい嬉しかった。
 俺にはまだこいつがいる。女には分からないだろう。一人じゃない。それがどれほど心強いことなのか。何度も家族を亡くしている俺だからこそ、誰かを失うのはイヤだった。
 いまさら気づかされた。俺は女を想っている。教師としてではなく、同居人としてでもなく、ただ一人の女性として。
「……お願いだから死んだりしないでよ。あんたのいない人生なんかごめんだから」
 俺が死んだら、俺が味わった絶望感を彼女も知るのだろうか。死ねない。死ぬわけにはいかない。置いていかれる辛さは誰よりも知っている。
「俺を一人にしないで」
「一緒に生きよう」
 二人ならきっと絶望は超えられる。


「家族になるって、こういう意味で言ったんじゃないんだけど」
 彼女は口を尖らせている。多分、照れ隠しだ。俺には分かる。
「イヤか、俺の家族になるのは」
「ううん、嬉しい」
「俺もだよ」
 ウエディングドレスがよく似合っていた。タキシード姿が恥ずかしい。
「お母さんにも見せたかった」
 彼女は空を眺めている。その表情はどこか悲しそうだ。俺は彼女の肩をそっと抱いた。
「見てるさ。きっと」
 母さんの笑い声が聞こえた気がした。


 ――ドッキング!
「おぎゃあー」


「クソ旦那。何、泣いてんのよ」
「俺を一人にしないって、一緒に生きようって約束したじゃないか」
「仕方ないでしょ。私はあんたより年上なんだから」
 あぁ、そうだ。彼女は年上だ。俺よりも先に死ぬ。そんなの当たり前だ。だけど悲しい。辛い。寂しい。苦しい。痛い。彼女のいない人生なんて真っ平ごめんだ。
「俺はもう一人はイヤだ」
「何を言ってるの? あんたには私だけじゃない。子供も孫だっているじゃない。一人にはならないよ」
 子供も孫も俺にとって大切な家族だ。彼らが死んだら悲しい。けど……。
「俺はもうお前がいなきゃ笑えないよ」
 楽しかった。彼女といる日々が。幸せだった。彼女が隣で笑っている日々が。幸福だった。すべてが。
「お願いだから笑って。最期に見る顔が、泣き顔なんてイヤ。笑顔で見送って。悲しいあんたを見るのは辛いの。あの世に行くなら、幸せな思い出を持っていきたいのよ」
 彼女は俺をよく分かっている。彼女が辛いなら、俺も辛い。悲しいけど笑わなきゃ。泣くのは後でできる。今は彼女のために笑おう。
「大好きだ。ハニー」
「私もよ。ダーリン」
 彼女は最期まで美しかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

代償

とろろ
ホラー
山下一郎は、どこにでもいる平凡な工員だった。 彼の唯一の趣味は、古い骨董品店の中を見て回ること。 ある日、彼は謎の本をその店で手に入れる。 それは、望むものなら何でも手に入れることができる本だった。 その本が、導く先にあるものとは...!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【完結済】ダークサイドストーリー〜4つの物語〜

野花マリオ
ホラー
この4つの物語は4つの連なる視点があるホラーストーリーです。 内容は不条理モノですがオムニバス形式でありどの物語から読んでも大丈夫です。この物語が読むと読者が取り憑かれて繰り返し読んでいる恐怖を導かれるように……

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

処理中です...