おとなしあたー

音無威人

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出産岩

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 雪だるまのように積み重なった岩。下の岩は前方に大きく膨らんでいる。誰かが言った――妊婦みたいだと。
 子宝に恵まれそうね、と女性が岩に触れる。二ヵ月後に妊娠が判明した。噂が噂を呼び、岩はいつしか出産岩と呼ばれるようになった。


 ――二年後。
「一体何が起こってるんだ?」
 男は夢であってほしいと願った。悪い夢なら早く覚めてくれと。彼は必死で走る。足をもつれさせながら、あてどもなく逃げ回る。
「ぎゃっ」
 男は転んだ。何かに躓いたのだ。
「何だ、いった……うわあああ!」
 彼の目に飛び込んできたのは、見るも無残な男性の死体だった。胴体が真っ二つに千切れている。上半身は原型が分からないほどに潰されていた。
「あっ、ああ」
 がくがくと震えが止まらない。男は恐怖のあまり失禁した。腰も抜けて立つことができない。それでも彼は必死で体を引きずった。前へ前へと。
「ひぃひぃ」
 前方へと伸ばした手が滑る。ぐにゅっとした感触。彼の前にまた死体が現れた。
「あぁ」
 男は絶望した。道路を埋め尽くすほどの屍に。眼前に聳え立つに。
『ゴアアアア!』
 人型の岩石の手首には、花柄のスカーフが巻かれている。その模様には見覚えがあった。
「まさか、ユミ……なのか?」
 愛する娘にプレゼントしたはずのスカーフ。男は確信した。目の前に立つ岩石は、娘のユミであると。
 岩石の巨大な手が道路に振り下ろされる。
『ゴアア』
 お父さんと呼ばれた気がした。
「ユミ、愛してるよ」
 男は潰された。手の間から夥しい量の血が流れる。岩石は手をぐりぐりと動かし、人々をすり潰した。何度も何度も手を動かす。そのたびにぐしゃりぐしゃりと音が聞こえる。
 やがて岩石は満足したのか、その場から去っていった。生命の気配はない。


 岩石の群れは人々を蹂躙しながら歩いていた。蹂躙された人々の血は大地に飲まれる。岩石の足音が響くたび、大地が悲鳴を上げる。
 岩石は元は人間だった。小さな小さな赤ちゃんだった。あるとき突然、赤ちゃんたちは巨大な怪物に姿を変えた。日本中はパニックに陥った。
 なぜ赤ちゃんたちは岩石の怪物になったのか、国から依頼を受けた学者たちが調査を始めた。その結果、岩石になった赤ちゃんたちの親は皆、出産岩の恩恵を受けていることが分かった。
 分かったときには学者は一人だけになっていた。取り残された学者は復讐を誓った。誓いを力に変え、彼は怪物たちを殺す研究を始めた。
 一人、また一人と人が減っていく。地上からは明かりが消え、深い闇がすべてを飲み込みつつあった。
 地下に一人隠れながら、彼は研究を急いだ。残された時間は少ない。もうすでに日本は壊滅状態だ。同志の命を無駄にしないため、彼は今日も孤独な戦いを続けている。



 一方その頃、出産岩の元には日本各国から岩石たちが集まっていた。岩石の群れは百体を優に超えている。一体の岩石が母なる岩を掴み、天高く放り投げた。
 出産岩は空の彼方へと消えていった。子供たちはじっと空を見つめている。ガサリと音がした。
「遅かったか」
 一人の男が姿を現す。彼の手には機関銃が握られていた。岩石の視線は男に集中している。
「哀れな子供たちよ。遅くなって済まない。君たちの手は随分と汚れてしまった。親を殺すのは辛かったろう。せめて安らかに眠ってくれ」
 祈るように男はつぶやく。機関銃から放たれたのはただの銃弾ではなかった。その銃弾には文字が刻まれている――退治と。

 岩石の怪物。誰もが思い浮かべるのはゴーレムだろう。ヘブライ語で胎児を意味する怪物。赤子が変身した岩石の群れを表すのにうってつけの言葉だ。
 ゴーレムは土人形に「emeth(心理)」と書いた紙を貼り付けることで誕生する。倒すのは簡単だ。「emeth」から「e」を消して「meth(死んだ)」に書き換えれば良い。
 男は彼らをゴーレムだと仮定し、研究を進めた。彼らは出産岩に触れた女性から誕生している。紙を貼り付けて生まれたわけではない。書き換えることはできない。
 だから上書きする。彼らの魂に刻み付ける。胎児を退治に変えて倒す。それこそが男が選んだ方法だった。あらゆるオカルト関連の本を読み漁り、彼はついに完成させた。魂に文字を刻む銃。成功するかどうか分からない賭け。願掛けの意味も込めて「魂銃(こんがん)」と名づけた。

 銃弾が岩石を貫く。岩石は叫び声を上げた。もがき苦しんでいる。ボロボロと体が崩れていく。まるで最初から何もなかったかのように数十体の岩石の怪物の姿が消え去った。
「成功だ」
 男はガトリング砲を振り回し、岩石の群れを次々と倒していく。逃げ回る怪物、後を追う男。この場を支配しているのは一人の人間だった。人々を恐怖に追いやった怪物も男の前では赤子同然。
「敵は取ったぜ」
 岩石の群れはいなくなった。男は出産岩があった場所に腰掛ける。ポケットから取り出したタバコに火をつけた。
「俺たちは勝ったんだ。見てるかお前ら。科学の勝利だ」
 同志への手向けとして、男は火のついたタバコを置いた。ほんの数分前まで出産岩があった場所へと。
「さてと、お次は出産岩の破壊だな。確かあっちの方向に分投げてたな。やれやれ、海に落ちてくれると助かるんだが」
 新たな犠牲者を増やさないために、男は出産岩へ向けて歩き出す。すべてに決着をつけるまで、彼の戦いは終わらないだろう。
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