おとなしあたー

音無威人

文字の大きさ
上 下
21 / 44

Uとの戦い

しおりを挟む
「――お兄ちゃん。早く出てきなよ。遅刻しちゃうよ」
 扉が激しく叩かれた。びっくりした。
「妹よ。俺はまだ戦いの真っ最中だ」
 男の戦いを邪魔するとはなんて無礼な女だ。我が妹ながら、悲しく思うぞ。
「でもお兄ちゃん、今日、日直でしょ」
 そういえばそうだった。すっかり忘れていた。だが俺には関係ない。日直なんて気にしている暇は俺にはない。
「すまんな妹よ、男には避けて通れぬ戦いがあるんだ」
「……お兄ちゃん」
「先に行け。お前まで遅刻するぞ」
「いや! お兄ちゃんと一緒に行きたい!」
「わがままを言うな!」
「で、でも」
「みなまで言うな。後で追いつく。必ずな。だから行くんだ。早く。俺の決意が鈍らぬうちにな」
 妹の気配が静まった。あぁ、手に取るように分かるぞ。俺を心配している顔が目に浮かぶ。我が妹ながら、なんて可愛い奴だ。悲しませるわけには行かない。
「……うん、分かったお兄ちゃん」
「分かってくれたか」
「お兄ちゃん、これだけは言わせて。幸運を祈ってる。――グッドラック」
「あぁ、お前もな。グッドラック」
 どたどたと走る音が聞こえる。すまんな妹よ。
「ぐっ」
 腹部にキリキリとした痛みが走る。汗が止まらない。今度の相手はなかなかに手ごわい。
 妹よ、どうやらお前との約束、守れそうにない。だが――。
「俺は負けない。絶対に」



 戦いは終わった。そのはずだ。なぜ俺はまだここにいる。
 奴は本当にいなくなったのか。奴はまだいるんじゃないのか。
 孤独さがよりいっそう不安を掻き立てる。まだだ。まだ終わっちゃいない。奴はまだここにいる。
 力を振り絞れ。お前ならできる。
「ぬああああああ!」
 来た。奴だ。やはり戦いは終わっていなかった。決着をつけよう。



「うるさい」
 怒号と共に扉が開いた。仁王立ちの鬼がいた。人間とは思えない形相をしている。
「あんたね、いつまでやってんの」
 鬼、もとい姉さんは呆れたような表情でトイレに入ってきた。
「ね、姉さん、なぜ入ってくる?」
「うるさい。さっさと終わらせるわよ」
 姉さんは足を振り上げた。嫌な、とてつもなく嫌な予感がする。逃げたい、ものすごく逃げたい。だが姉さんは許してくれないだろう。鬼と化した姉さんを止める術はどこにもないのだから。
「歯ァ、食いしばんな」
「きゃあああー!」
「げりっ!」
 姉さんの強烈なキックが俺の腹部と――。脳漿がトイレの壁に散る。
 ついでに俺の尻からも何かが飛び散った。ヤダ、恥ずかしい。姉さんに見られてしまった。
「……げりって、ぷぷっ。あんた、シャレのつもり。全然笑えないわよ」
 姉さんは腹を抱えて、笑い転げている。我が姉ながら、弟の不幸を喜ぶとはなんて野郎だ。
「花子さんと戦ってたから出てこないと思ってたけど。まさかお腹の調子、崩してたなんて。薬、上げようか?」
 姉さんはニヤニヤしている。楽しそうだ。他人の不幸は蜜の味、姉さんにとって俺の苦しみは極上の楽しみ。まさに鬼よ。というか……。
「早く出てけ」
 いつまでトイレにいるつもりだ。俺は今、下半身丸出し状態なんだぞ。
「ってかあんた。花子さんと戦いながら、下半身丸出しって、ただの変態じゃない」
「ぐはっ」
 た、確かに。花子さんも最初、嫌そうな顔してたもんな。うげって言ってたもんな。
「ちっちゃ」
「う、うるさい」
「ってか早く隠しなさいよ。姉に見せるなんて、変態の極みね」
「うう」
 俺は光すら超越するであろう速さで尻を拭くことに成功した。ズボンを素早く上げる。嫌な記憶は水に流そう。
「さっさと学校、行きなさいよ」
 姉さんは俺が出た後、すぐにトイレに立てこもった。ホワイ?
「姉さん、花子さんはもういないぞ」
「分かってるわよ。私は今から大をします」
 あぁ、目に浮かぶ。ブイサインを掲げ、ドヤ顔をしている姉さんの姿が。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

怖いお話。短編集

赤羽こうじ
ホラー
 今まで投稿した、ホラー系のお話をまとめてみました。  初めて投稿したホラー『遠き日のかくれんぼ』や、サイコ的な『初めての男』等、色々な『怖い』の短編集です。  その他、『動画投稿』『神社』(仮)等も順次投稿していきます。  全て一万字前後から二万字前後で完結する短編となります。 ※2023年11月末にて遠き日のかくれんぼは非公開とさせて頂き、同年12月より『あの日のかくれんぼ』としてリメイク作品として公開させて頂きます。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【僕は。シリーズ短編集】僕は〇〇です。

音無威人
ミステリー
「僕は――〇〇ですか?」  自覚的狂人と無自覚狂人が対峙する短編集。  さて、狂っているのは誰でしょう……  僕でしょうか? あなたでしょうか? それとも…… ※小説家になろう、ノベルアッププラスにも掲載しています ※規約変更に伴い『僕は。シリーズ』を一つにまとめました。

恐怖夜語り

たじ
ホラー
ホラー短編を書いていきます。

処理中です...