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Uとの戦い
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「――お兄ちゃん。早く出てきなよ。遅刻しちゃうよ」
扉が激しく叩かれた。びっくりした。
「妹よ。俺はまだ戦いの真っ最中だ」
男の戦いを邪魔するとはなんて無礼な女だ。我が妹ながら、悲しく思うぞ。
「でもお兄ちゃん、今日、日直でしょ」
そういえばそうだった。すっかり忘れていた。だが俺には関係ない。日直なんて気にしている暇は俺にはない。
「すまんな妹よ、男には避けて通れぬ戦いがあるんだ」
「……お兄ちゃん」
「先に行け。お前まで遅刻するぞ」
「いや! お兄ちゃんと一緒に行きたい!」
「わがままを言うな!」
「で、でも」
「みなまで言うな。後で追いつく。必ずな。だから行くんだ。早く。俺の決意が鈍らぬうちにな」
妹の気配が静まった。あぁ、手に取るように分かるぞ。俺を心配している顔が目に浮かぶ。我が妹ながら、なんて可愛い奴だ。悲しませるわけには行かない。
「……うん、分かったお兄ちゃん」
「分かってくれたか」
「お兄ちゃん、これだけは言わせて。幸運を祈ってる。――グッドラック」
「あぁ、お前もな。グッドラック」
どたどたと走る音が聞こえる。すまんな妹よ。
「ぐっ」
腹部にキリキリとした痛みが走る。汗が止まらない。今度の相手はなかなかに手ごわい。
妹よ、どうやらお前との約束、守れそうにない。だが――。
「俺は負けない。絶対に」
戦いは終わった。そのはずだ。なぜ俺はまだここにいる。
奴は本当にいなくなったのか。奴はまだいるんじゃないのか。
孤独さがよりいっそう不安を掻き立てる。まだだ。まだ終わっちゃいない。奴はまだここにいる。
力を振り絞れ。お前ならできる。
「ぬああああああ!」
来た。奴だ。やはり戦いは終わっていなかった。決着をつけよう。
「うるさい」
怒号と共に扉が開いた。仁王立ちの鬼がいた。人間とは思えない形相をしている。
「あんたね、いつまでやってんの」
鬼、もとい姉さんは呆れたような表情でトイレに入ってきた。
「ね、姉さん、なぜ入ってくる?」
「うるさい。さっさと終わらせるわよ」
姉さんは足を振り上げた。嫌な、とてつもなく嫌な予感がする。逃げたい、ものすごく逃げたい。だが姉さんは許してくれないだろう。鬼と化した姉さんを止める術はどこにもないのだから。
「歯ァ、食いしばんな」
「きゃあああー!」
「げりっ!」
姉さんの強烈なキックが俺の腹部と――花子さんの脳天をぶち抜いた。脳漿がトイレの壁に散る。
ついでに俺の尻からも何かが飛び散った。ヤダ、恥ずかしい。姉さんに見られてしまった。
「……げりって、ぷぷっ。あんた、シャレのつもり。全然笑えないわよ」
姉さんは腹を抱えて、笑い転げている。我が姉ながら、弟の不幸を喜ぶとはなんて野郎だ。
「花子さんと戦ってたから出てこないと思ってたけど。まさかお腹の調子、崩してたなんて。薬、上げようか?」
姉さんはニヤニヤしている。楽しそうだ。他人の不幸は蜜の味、姉さんにとって俺の苦しみは極上の楽しみ。まさに鬼よ。というか……。
「早く出てけ」
いつまでトイレにいるつもりだ。俺は今、下半身丸出し状態なんだぞ。
「ってかあんた。花子さんと戦いながら、下半身丸出しって、ただの変態じゃない」
「ぐはっ」
た、確かに。花子さんも最初、嫌そうな顔してたもんな。うげって言ってたもんな。
「ちっちゃ」
「う、うるさい」
「ってか早く隠しなさいよ。姉に見せるなんて、変態の極みね」
「うう」
俺は光すら超越するであろう速さで尻を拭くことに成功した。ズボンを素早く上げる。嫌な記憶は水に流そう。
「さっさと学校、行きなさいよ」
姉さんは俺が出た後、すぐにトイレに立てこもった。ホワイ?
「姉さん、花子さんはもういないぞ」
「分かってるわよ。私は今から大をします」
あぁ、目に浮かぶ。ブイサインを掲げ、ドヤ顔をしている姉さんの姿が。
扉が激しく叩かれた。びっくりした。
「妹よ。俺はまだ戦いの真っ最中だ」
男の戦いを邪魔するとはなんて無礼な女だ。我が妹ながら、悲しく思うぞ。
「でもお兄ちゃん、今日、日直でしょ」
そういえばそうだった。すっかり忘れていた。だが俺には関係ない。日直なんて気にしている暇は俺にはない。
「すまんな妹よ、男には避けて通れぬ戦いがあるんだ」
「……お兄ちゃん」
「先に行け。お前まで遅刻するぞ」
「いや! お兄ちゃんと一緒に行きたい!」
「わがままを言うな!」
「で、でも」
「みなまで言うな。後で追いつく。必ずな。だから行くんだ。早く。俺の決意が鈍らぬうちにな」
妹の気配が静まった。あぁ、手に取るように分かるぞ。俺を心配している顔が目に浮かぶ。我が妹ながら、なんて可愛い奴だ。悲しませるわけには行かない。
「……うん、分かったお兄ちゃん」
「分かってくれたか」
「お兄ちゃん、これだけは言わせて。幸運を祈ってる。――グッドラック」
「あぁ、お前もな。グッドラック」
どたどたと走る音が聞こえる。すまんな妹よ。
「ぐっ」
腹部にキリキリとした痛みが走る。汗が止まらない。今度の相手はなかなかに手ごわい。
妹よ、どうやらお前との約束、守れそうにない。だが――。
「俺は負けない。絶対に」
戦いは終わった。そのはずだ。なぜ俺はまだここにいる。
奴は本当にいなくなったのか。奴はまだいるんじゃないのか。
孤独さがよりいっそう不安を掻き立てる。まだだ。まだ終わっちゃいない。奴はまだここにいる。
力を振り絞れ。お前ならできる。
「ぬああああああ!」
来た。奴だ。やはり戦いは終わっていなかった。決着をつけよう。
「うるさい」
怒号と共に扉が開いた。仁王立ちの鬼がいた。人間とは思えない形相をしている。
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鬼、もとい姉さんは呆れたような表情でトイレに入ってきた。
「ね、姉さん、なぜ入ってくる?」
「うるさい。さっさと終わらせるわよ」
姉さんは足を振り上げた。嫌な、とてつもなく嫌な予感がする。逃げたい、ものすごく逃げたい。だが姉さんは許してくれないだろう。鬼と化した姉さんを止める術はどこにもないのだから。
「歯ァ、食いしばんな」
「きゃあああー!」
「げりっ!」
姉さんの強烈なキックが俺の腹部と――花子さんの脳天をぶち抜いた。脳漿がトイレの壁に散る。
ついでに俺の尻からも何かが飛び散った。ヤダ、恥ずかしい。姉さんに見られてしまった。
「……げりって、ぷぷっ。あんた、シャレのつもり。全然笑えないわよ」
姉さんは腹を抱えて、笑い転げている。我が姉ながら、弟の不幸を喜ぶとはなんて野郎だ。
「花子さんと戦ってたから出てこないと思ってたけど。まさかお腹の調子、崩してたなんて。薬、上げようか?」
姉さんはニヤニヤしている。楽しそうだ。他人の不幸は蜜の味、姉さんにとって俺の苦しみは極上の楽しみ。まさに鬼よ。というか……。
「早く出てけ」
いつまでトイレにいるつもりだ。俺は今、下半身丸出し状態なんだぞ。
「ってかあんた。花子さんと戦いながら、下半身丸出しって、ただの変態じゃない」
「ぐはっ」
た、確かに。花子さんも最初、嫌そうな顔してたもんな。うげって言ってたもんな。
「ちっちゃ」
「う、うるさい」
「ってか早く隠しなさいよ。姉に見せるなんて、変態の極みね」
「うう」
俺は光すら超越するであろう速さで尻を拭くことに成功した。ズボンを素早く上げる。嫌な記憶は水に流そう。
「さっさと学校、行きなさいよ」
姉さんは俺が出た後、すぐにトイレに立てこもった。ホワイ?
「姉さん、花子さんはもういないぞ」
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