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戯れのディストピア
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「あなたは幸せですか?」
黒のシルクハットに銀縁のモノクルをかけた男は、隣にいた少年に向かって楽しげにそう声をかけた。
「いいえ、そんなことはありません」
ボサボサ髪の少年は生気のない淡々とした言葉で返す。
「奇遇ですね。僕も幸せではありません」
男は答える。――何もかもが楽しくて仕方ないという表情で。
少年は胡散臭そうに男を見返し、訪ねた。
「幸せって何だと思いますか?」
問われた男は一瞬黙り込み、数秒後満面の笑みで少年にそっくりそのまま質問をぶつけた。
「幸せって何でしょう?」
「不愉快な世界です」
少年は吐き捨てるように口にした。
「そして理不尽で不平等で愚かでくだらない無価値な世界でもあります」
男は少年の言葉に付け足すように自論を展開する。
「こんな無意味な世界に生まれた意味って何だと思いますか?」
少年は男に質問する。答えが欲しい訳ではない。ただ何かを言わなければ自分が壊れそうな気がしたのだ。
「人は無意味に生まれて無意味に死んでいく生き物です。つまり意味なんてないんですよ」
男は薄く微笑み、少年が求めているであろう答えをそう口にする。
「未来に希望を見出せない答えですね」
少年はため息をついた。
「すみません」
男は形だけでも謝っておこうと謝罪の言葉をはいた。
「いいえ、分かっていたことなので。それこそ物心ついたときからずっと」
「受け入れるつもりですかこんな世界を?」
男は少し驚いた。
「いいえ、ただ幸せでないことが当然だと思わないとやっていけないだけです」
少年は全てを諦めた表情で男の言葉を否定した。
「それもそうですね。自分だけ違うということほど恐ろしいものはありません。世界とはそういうものであると思わなければ、生きていくことなど難しい話ですよ」
男は納得したようにスラスラと喋った。
「狂った世界で生きていくためには自分もその色に染まらなければならない。甚だ不愉快な話です」
少年は憂鬱そうにそう言ってため息をつく。
「調和することこそ、平穏を手に入れられる唯一の手段ですからね。周りと同化するというのは案外真理をついた選択だと僕は思います」
男はまったくその通りだとでも言いたげに少年の言葉に同意する。
「頭では理解していても心と体は染まることを拒否している。だからこそ幸せになれないのかも知れません」
「そういった考え方もあるんですね。肝に銘じておきます。僕もあなたと同じ側の人間なので覚えておいて損はないでしょう」
「覚えておいて意味があるのですか? こんな状況なのに」
少年は現状を見ろと男の顔を見返した。
「それもそうですね。では最後の思い出として覚えておくということで」
男は今思い出したようだった。
「そうですね。……ではさようなら」
「えぇ、さようなら」
その日、二人の"魔女"が死んだ。彼らが本当に魔女だったのか、それを知る者はどこにもいない。
黒のシルクハットに銀縁のモノクルをかけた男は、隣にいた少年に向かって楽しげにそう声をかけた。
「いいえ、そんなことはありません」
ボサボサ髪の少年は生気のない淡々とした言葉で返す。
「奇遇ですね。僕も幸せではありません」
男は答える。――何もかもが楽しくて仕方ないという表情で。
少年は胡散臭そうに男を見返し、訪ねた。
「幸せって何だと思いますか?」
問われた男は一瞬黙り込み、数秒後満面の笑みで少年にそっくりそのまま質問をぶつけた。
「幸せって何でしょう?」
「不愉快な世界です」
少年は吐き捨てるように口にした。
「そして理不尽で不平等で愚かでくだらない無価値な世界でもあります」
男は少年の言葉に付け足すように自論を展開する。
「こんな無意味な世界に生まれた意味って何だと思いますか?」
少年は男に質問する。答えが欲しい訳ではない。ただ何かを言わなければ自分が壊れそうな気がしたのだ。
「人は無意味に生まれて無意味に死んでいく生き物です。つまり意味なんてないんですよ」
男は薄く微笑み、少年が求めているであろう答えをそう口にする。
「未来に希望を見出せない答えですね」
少年はため息をついた。
「すみません」
男は形だけでも謝っておこうと謝罪の言葉をはいた。
「いいえ、分かっていたことなので。それこそ物心ついたときからずっと」
「受け入れるつもりですかこんな世界を?」
男は少し驚いた。
「いいえ、ただ幸せでないことが当然だと思わないとやっていけないだけです」
少年は全てを諦めた表情で男の言葉を否定した。
「それもそうですね。自分だけ違うということほど恐ろしいものはありません。世界とはそういうものであると思わなければ、生きていくことなど難しい話ですよ」
男は納得したようにスラスラと喋った。
「狂った世界で生きていくためには自分もその色に染まらなければならない。甚だ不愉快な話です」
少年は憂鬱そうにそう言ってため息をつく。
「調和することこそ、平穏を手に入れられる唯一の手段ですからね。周りと同化するというのは案外真理をついた選択だと僕は思います」
男はまったくその通りだとでも言いたげに少年の言葉に同意する。
「頭では理解していても心と体は染まることを拒否している。だからこそ幸せになれないのかも知れません」
「そういった考え方もあるんですね。肝に銘じておきます。僕もあなたと同じ側の人間なので覚えておいて損はないでしょう」
「覚えておいて意味があるのですか? こんな状況なのに」
少年は現状を見ろと男の顔を見返した。
「それもそうですね。では最後の思い出として覚えておくということで」
男は今思い出したようだった。
「そうですね。……ではさようなら」
「えぇ、さようなら」
その日、二人の"魔女"が死んだ。彼らが本当に魔女だったのか、それを知る者はどこにもいない。
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