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救世主ステイホーマー
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20XX年、人類は未知のウイルスに蝕まれた。始まりはなんてないことだった。一人の考古学者が遺跡から矢と杖を持ち帰った。その矢を解析していた考古学者はひょんなことから指先を切ってしまう。その瞬間、考古学者は怪人レキシニナノコシタインに変貌を遂げ、ライバル学者に次々と襲い掛かる。
怪人の出現に人々はパニックに陥った。自衛隊が出動する事態になり、警察の協力のもと、怪人は退治される。だが怪人はただでは死ななかった。死に際の爆発で、体内に蓄積された未知のウイルスをばらまいたのだ。
この事件以降、怪人が出現するようになった。
すべてのきっかけを作ることになった矢。学者たちの研究によって、その正体はギリシャ神話のアポローンが疫病をばらまく際に使ったという矢であることが判明した。このことから未知のウイルスは『アポロンウイルス』と名付けられた。
「うぃー、飲め飲め―」
「踊れ踊れー」
「ぎゃはははは」
路上で騒ぐ三人組の男がいた。彼ら酔っ払いは皆酒片手にぺちゃくちゃと大声で喋っている。通行人たちが迷惑そうな目で見ていることに全く気付いていない。酒を飲みたいという欲求にしか目が向いていないのだ。
「おい君たち、路上飲みは止めなさい。迷惑だろ」
通りがかりのサラリーマンが騒いでいる男たちを注意した。ぴたりと男たちは騒ぐのを止める。彼らはゆらりと立ち上がり、その目を光らせた。
「ま、まさか」
サラリーマンは腰を抜かした。恐怖、絶望、混乱、動揺の感情が顔中に広がる。
『ウルセエエエンダヨォオオオオ!』
叫び声と共に男たちの姿が変化する。酒瓶に両手足が生えた姿、それはまさに怪人。
『ヒャッハー』
酒瓶の怪人がサラリーマンに手を伸ばす。サラリーマンは逃げようとするが時すでに遅く、捕まった。
「い、いやだー!」
じたばたともがいても怪人の手から逃れることはできない。
「うわ、うわ、うわああ……」
悲鳴が止まった。
『……サイコウニキモチイイィイイイイ!』
サラリーマンもまた瓶ビールの怪人に変わった。彼もまた感染してしまったのだ。『アポロンウイルス』に。
感染力の高いこのウイルス最大の特徴は人間を怪人に変えることにある。怪人になった者は人々に迷惑をかけるモンスターと化し、傍若無人に暴れまわるのだ。
「きゃああああ! 怪人よー!」
怪人の存在に気づいた通行人が声を上げる。瓶ビール姿の怪人ロジョウノミーたちは人々に襲い掛かった。捕まった者たちもまた次々と怪人に姿を変えていく。
「お母さーん。うえええん」
母親を怪人にされて泣いている女の子。
「たっくーん!」
彼氏が怪人になり、打ちひしがれる女性。
「あ、あなたー!」
「お、お前―!」
互いに手を伸ばしながら徐々に怪人化していく夫婦。あたり一帯は地獄絵図と化した。
『ミンナノモウゼ~』
下品な笑い声を上げながら、ロジョウノミーたちは暴れまくる。逃げ場のない状況に誰もが涙した。
と、そこへ一人の青年が近づいてくる。
「酒飲んで暴れるたぁ迷惑な野郎だな」
青年はけだるそうにつぶやき、背中に背負っていたカバンから杖を取り出した。
「――Stay Home」
杖が光り輝き、白銀の胸当てとグローブ、ブーツが空中に現れ、がしゃんがしゃんと体を包み込む。最後に蛇をあしらったデザインのヘルメットが頭部に装着され、変身が完了する。
「救世主ステイホーマー!」
その叫びと共に青年ことステイホーマーは杖を掲げる。アポローンの子にして医療の神アスクレピオスが使ったという『アスクレピオスの杖』を改造したもので、長さは優に二メートルを超え、装飾として蛇がぐるりと巻かれている。杖というよりは槍に近い。
ステイホーマーはディスタンスの杖と名付けられた武器を構え、ぐるぐると回転を始めた。まるで嵐のような回転は周囲にいるロジョウノミーらをいとも簡単に吹き飛ばす。
『エンカイヲジャマスンナァアアア!』
立ち上がったロジョウノミーたちは怒りに身を任せ、一斉に飛び掛かった。ステイホーマーはディスタンスの杖で距離を取る。この杖は武器であると同時に、感染しないための距離を測る物差しでもあった。
『ハァアアアー』
ロジョウノミーたちはアルコールとウイルスが混じった息を吐く。迫りつつある臭くて恐ろしい息、ステイホーマーはディスタンスの杖をくるくると回転させ、風を巻き起こす。その風に息は跳ね返された。
「きゃー」
跳ね返された息は逃げ遅れた人々へと向かう。人々は互いを押しのけ合い、我先に逃げようとする。
「ちっ」
舌打ちしたステイホーマーは息を追いかけ、杖を振る。蛇の口がガバッと大きく開いた。
「ショウドクスプラッシュ」
蛇の口から大量の液体が飛び出る。それは『アポロンウイルス』特化型の消毒液で、アスクレピオスの力を行使できるステイホーマーだからこそ作り出せたものだった。
消毒液は息にかかり、ウイルスを無力化。無害と化した息が人々の体を撫でた。息が触れたことで、人々は感染したかもしれないと恐怖におののく。
表情から怯えを見て取ったステイホーマーは、ショウドクスプラッシュを人々に向かって噴射した。感染および怪人化を防ぐには『アポロンウイルス』を無力化することが一番の鍵となる。そのためには消毒液でウイルスを除菌するしかない。無論完全に感染を防げるわけではないが、何もしないよりはマシというものだ。
「あとでワクチンも打ってやっからその辺の建物にでも隠れてろ」
「は、はい、ありがとうございます」
「いいからさっさと行け」
ステイホーマーの威圧感のある声に人々はコクコクと頷き、近くの建物へ向かって一目散に走りだした。
『ニゲルナヨォオオオ!』
ステイホーマーには目もくれず、ロジョウノミーの群れが人々を追いかける。その間に割って入ったステイホーマーはディスタンスの杖を振り回す。二メートル超の杖に阻まれ、ロジョウノミーらは近づけない。
『ハッ!』
ロジョウノミーたちは頭の蓋を外し、酒を勢いよく噴射する。
「うお」
その勢いに押されそうになったステイホーマーは両腕をクロスし、防御態勢を取る。腰を低く落とし、足に力を入れ、勢いに負けないように踏ん張った。
酒の噴射攻撃の勢いは止まらない。じりじりとステイホーマーの体が下がる。アルコールの匂いが充満し、頭がくらくらとしてきたステイホーマーは地面スレスレにまで体を低くし、ディスタンスの杖を横なぎに振るった。
足を払われ、ロジョウノミーの一人が倒れる。そのまま酒の噴射の勢いでぐるぐると回転し、他のロジョウノミーらを一斉に巻き込んだ。
『グアァア』
呻くロジョウノミーらを見下ろし、ステイホーマーは金色に輝く矢を取り出し、ディスタンスの杖の先に取り付ける。その矢は『アポロンの矢』だった。
「サウザンドディスタンス乱れ突き」
杖の先端に取り付けた矢を槍の穂先に見立て、ステイホーマーは超高速の突きを繰り出す。立ち上がりかけたロジョウノミーらに容赦なく降り注ぐ槍の雨。突きが当たるたび、ロジョウノミーらの体が人間の姿に戻り始めた。この変化は『アポロンの矢』の力によるものだ。
実は『アポロンの矢』には二つの使い道がある。一つは人類に疫病をもたらすこと。もう一つは人類を疫病から救うことだ。矢本来の所有者である神アポローンは疫病神としての顔の他、医療神の一面も持っていたという。ゆえに『アポロンの矢』を使えば、『アポロンウイルス』を排除し、怪人を人間の姿に戻すことが可能なのだ。
が、欠点もある。それは……。
「キャー!」
建物の陰に隠れて、戦いの行方を見守っていた人々が悲鳴を上げた。彼らの視線の先には横たわる死体の数々が。矢の欠点、それは男を射抜いた場合のみ、死を与えるというもの。
怪人ロジョウノミーから人間の姿に戻った者たちはぴくりとも動く気配がない。否、何人かは動いていた。女性だけが死を免れていたのだ。
「蘇れ」
ステイホーマーは死体の山々にディスタンスの杖をかざす。蛇の口から赤い液体が流れ出た。赤い液体は死体の口に入り、奥へ奥へと入っていく。次の瞬間、死んだはずの人間たちが目を覚ました。
医療の神アスクレピオスは死者を蘇生させることができた。その力がステイホーマーにも宿っている。死者蘇生の力、それによって死んだはずの人間が蘇ったのだ。
「あ、ああ、俺たちはなんてことを……」
正気を取り戻した男たちは呆然としている。彼らには怪人として暴れていた時の記憶がしっかりと残っていた。
「す、すみませんでしたー」
今回の騒ぎを引き起こした元凶たる三人組の男は真っ青な顔で土下座した。酔いはすでに覚めている。
「俺に謝ってどうする」
ステイホーマーは物陰に隠れていた人々を指さした。男たちは人々に向かって頭を下げる。彼らのせいで怪人と化した者たちは愛する者のもとへと駆けていった。
「はっ!」
無事助かって喜び合う人々には目もくれず、ステイホーマーは空高く飛んだ。
「ショウドクスプラッシュフルパワー!」
空中で超高速回転し、辺り一帯に消毒液を撒き散らす。戦いの余波によって、飛び散ったであろう『アポロンウイルス』を除菌するために。人や建物などその場にあるものをあらかた除菌し終え、地面に降り立った。
「お次はワクチンだ」
ステイホーマーはディスタンスの杖の先端を持ち、蛇の口の部分を人々に向ける。蛇の口からは液体が流れ出ていた。
「じっとしてろよ。――ワクチン乱れ突き」
一瞬のことだった。人々が反応する間もなく、高速の突きが放たれる。蛇の口の牙が人々の首筋に刺さり、液体が体の中に入っていった。
「ワクチンは打った。怪人化の心配はねぇ。安心して家に帰りな」
怪人化は強烈な怒りをトリガーに発動する。逆に言えば『アポロンウイルス』に感染していても強烈な怒りを抱かなければ怪人に変身することはない。が、これはあくまで飛沫感染した場合のこと。
接触感染の場合はすぐに怪人化が発生する。矢で傷つけられた場合も同様だ。だが接触や矢による感染でも怪人化は防ぐことができる。そうワクチンを使えば。このワクチンもまたアスクレピオスの力で生み出されたものだ。
「ありがとうございます」
助けられた人々はぺこりと頭を下げる。ステイホーマーは頭をぽりぽりとかき、照れ臭そうに顔を背けた。
「俺はやるべきことをやっただけだ。礼を言われるほどのことはしてねえよ」
そう言ってステイホーマーは変身を解除し、ひらひらと手を振りながらその場を去る。その後ろ姿を見た人々は疫病を鎮めたというアスクレピオスの話を思い出した。
「アスクレピオスの再来だ」
と誰ともなく呟いた。
「ちっ」
コンビニに立ち寄った青年は舌打ちをこぼす。その手には新聞が握られている。一面にはでかでかと『安保路太陽は歴史上最悪の考古学者か?』との見出しが。
「汚名は晴らしてやるからな……オヤジ」
青年――安保路療は新聞をぐしゃぐしゃに握りつぶした。
怪人の出現に人々はパニックに陥った。自衛隊が出動する事態になり、警察の協力のもと、怪人は退治される。だが怪人はただでは死ななかった。死に際の爆発で、体内に蓄積された未知のウイルスをばらまいたのだ。
この事件以降、怪人が出現するようになった。
すべてのきっかけを作ることになった矢。学者たちの研究によって、その正体はギリシャ神話のアポローンが疫病をばらまく際に使ったという矢であることが判明した。このことから未知のウイルスは『アポロンウイルス』と名付けられた。
「うぃー、飲め飲め―」
「踊れ踊れー」
「ぎゃはははは」
路上で騒ぐ三人組の男がいた。彼ら酔っ払いは皆酒片手にぺちゃくちゃと大声で喋っている。通行人たちが迷惑そうな目で見ていることに全く気付いていない。酒を飲みたいという欲求にしか目が向いていないのだ。
「おい君たち、路上飲みは止めなさい。迷惑だろ」
通りがかりのサラリーマンが騒いでいる男たちを注意した。ぴたりと男たちは騒ぐのを止める。彼らはゆらりと立ち上がり、その目を光らせた。
「ま、まさか」
サラリーマンは腰を抜かした。恐怖、絶望、混乱、動揺の感情が顔中に広がる。
『ウルセエエエンダヨォオオオオ!』
叫び声と共に男たちの姿が変化する。酒瓶に両手足が生えた姿、それはまさに怪人。
『ヒャッハー』
酒瓶の怪人がサラリーマンに手を伸ばす。サラリーマンは逃げようとするが時すでに遅く、捕まった。
「い、いやだー!」
じたばたともがいても怪人の手から逃れることはできない。
「うわ、うわ、うわああ……」
悲鳴が止まった。
『……サイコウニキモチイイィイイイイ!』
サラリーマンもまた瓶ビールの怪人に変わった。彼もまた感染してしまったのだ。『アポロンウイルス』に。
感染力の高いこのウイルス最大の特徴は人間を怪人に変えることにある。怪人になった者は人々に迷惑をかけるモンスターと化し、傍若無人に暴れまわるのだ。
「きゃああああ! 怪人よー!」
怪人の存在に気づいた通行人が声を上げる。瓶ビール姿の怪人ロジョウノミーたちは人々に襲い掛かった。捕まった者たちもまた次々と怪人に姿を変えていく。
「お母さーん。うえええん」
母親を怪人にされて泣いている女の子。
「たっくーん!」
彼氏が怪人になり、打ちひしがれる女性。
「あ、あなたー!」
「お、お前―!」
互いに手を伸ばしながら徐々に怪人化していく夫婦。あたり一帯は地獄絵図と化した。
『ミンナノモウゼ~』
下品な笑い声を上げながら、ロジョウノミーたちは暴れまくる。逃げ場のない状況に誰もが涙した。
と、そこへ一人の青年が近づいてくる。
「酒飲んで暴れるたぁ迷惑な野郎だな」
青年はけだるそうにつぶやき、背中に背負っていたカバンから杖を取り出した。
「――Stay Home」
杖が光り輝き、白銀の胸当てとグローブ、ブーツが空中に現れ、がしゃんがしゃんと体を包み込む。最後に蛇をあしらったデザインのヘルメットが頭部に装着され、変身が完了する。
「救世主ステイホーマー!」
その叫びと共に青年ことステイホーマーは杖を掲げる。アポローンの子にして医療の神アスクレピオスが使ったという『アスクレピオスの杖』を改造したもので、長さは優に二メートルを超え、装飾として蛇がぐるりと巻かれている。杖というよりは槍に近い。
ステイホーマーはディスタンスの杖と名付けられた武器を構え、ぐるぐると回転を始めた。まるで嵐のような回転は周囲にいるロジョウノミーらをいとも簡単に吹き飛ばす。
『エンカイヲジャマスンナァアアア!』
立ち上がったロジョウノミーたちは怒りに身を任せ、一斉に飛び掛かった。ステイホーマーはディスタンスの杖で距離を取る。この杖は武器であると同時に、感染しないための距離を測る物差しでもあった。
『ハァアアアー』
ロジョウノミーたちはアルコールとウイルスが混じった息を吐く。迫りつつある臭くて恐ろしい息、ステイホーマーはディスタンスの杖をくるくると回転させ、風を巻き起こす。その風に息は跳ね返された。
「きゃー」
跳ね返された息は逃げ遅れた人々へと向かう。人々は互いを押しのけ合い、我先に逃げようとする。
「ちっ」
舌打ちしたステイホーマーは息を追いかけ、杖を振る。蛇の口がガバッと大きく開いた。
「ショウドクスプラッシュ」
蛇の口から大量の液体が飛び出る。それは『アポロンウイルス』特化型の消毒液で、アスクレピオスの力を行使できるステイホーマーだからこそ作り出せたものだった。
消毒液は息にかかり、ウイルスを無力化。無害と化した息が人々の体を撫でた。息が触れたことで、人々は感染したかもしれないと恐怖におののく。
表情から怯えを見て取ったステイホーマーは、ショウドクスプラッシュを人々に向かって噴射した。感染および怪人化を防ぐには『アポロンウイルス』を無力化することが一番の鍵となる。そのためには消毒液でウイルスを除菌するしかない。無論完全に感染を防げるわけではないが、何もしないよりはマシというものだ。
「あとでワクチンも打ってやっからその辺の建物にでも隠れてろ」
「は、はい、ありがとうございます」
「いいからさっさと行け」
ステイホーマーの威圧感のある声に人々はコクコクと頷き、近くの建物へ向かって一目散に走りだした。
『ニゲルナヨォオオオ!』
ステイホーマーには目もくれず、ロジョウノミーの群れが人々を追いかける。その間に割って入ったステイホーマーはディスタンスの杖を振り回す。二メートル超の杖に阻まれ、ロジョウノミーらは近づけない。
『ハッ!』
ロジョウノミーたちは頭の蓋を外し、酒を勢いよく噴射する。
「うお」
その勢いに押されそうになったステイホーマーは両腕をクロスし、防御態勢を取る。腰を低く落とし、足に力を入れ、勢いに負けないように踏ん張った。
酒の噴射攻撃の勢いは止まらない。じりじりとステイホーマーの体が下がる。アルコールの匂いが充満し、頭がくらくらとしてきたステイホーマーは地面スレスレにまで体を低くし、ディスタンスの杖を横なぎに振るった。
足を払われ、ロジョウノミーの一人が倒れる。そのまま酒の噴射の勢いでぐるぐると回転し、他のロジョウノミーらを一斉に巻き込んだ。
『グアァア』
呻くロジョウノミーらを見下ろし、ステイホーマーは金色に輝く矢を取り出し、ディスタンスの杖の先に取り付ける。その矢は『アポロンの矢』だった。
「サウザンドディスタンス乱れ突き」
杖の先端に取り付けた矢を槍の穂先に見立て、ステイホーマーは超高速の突きを繰り出す。立ち上がりかけたロジョウノミーらに容赦なく降り注ぐ槍の雨。突きが当たるたび、ロジョウノミーらの体が人間の姿に戻り始めた。この変化は『アポロンの矢』の力によるものだ。
実は『アポロンの矢』には二つの使い道がある。一つは人類に疫病をもたらすこと。もう一つは人類を疫病から救うことだ。矢本来の所有者である神アポローンは疫病神としての顔の他、医療神の一面も持っていたという。ゆえに『アポロンの矢』を使えば、『アポロンウイルス』を排除し、怪人を人間の姿に戻すことが可能なのだ。
が、欠点もある。それは……。
「キャー!」
建物の陰に隠れて、戦いの行方を見守っていた人々が悲鳴を上げた。彼らの視線の先には横たわる死体の数々が。矢の欠点、それは男を射抜いた場合のみ、死を与えるというもの。
怪人ロジョウノミーから人間の姿に戻った者たちはぴくりとも動く気配がない。否、何人かは動いていた。女性だけが死を免れていたのだ。
「蘇れ」
ステイホーマーは死体の山々にディスタンスの杖をかざす。蛇の口から赤い液体が流れ出た。赤い液体は死体の口に入り、奥へ奥へと入っていく。次の瞬間、死んだはずの人間たちが目を覚ました。
医療の神アスクレピオスは死者を蘇生させることができた。その力がステイホーマーにも宿っている。死者蘇生の力、それによって死んだはずの人間が蘇ったのだ。
「あ、ああ、俺たちはなんてことを……」
正気を取り戻した男たちは呆然としている。彼らには怪人として暴れていた時の記憶がしっかりと残っていた。
「す、すみませんでしたー」
今回の騒ぎを引き起こした元凶たる三人組の男は真っ青な顔で土下座した。酔いはすでに覚めている。
「俺に謝ってどうする」
ステイホーマーは物陰に隠れていた人々を指さした。男たちは人々に向かって頭を下げる。彼らのせいで怪人と化した者たちは愛する者のもとへと駆けていった。
「はっ!」
無事助かって喜び合う人々には目もくれず、ステイホーマーは空高く飛んだ。
「ショウドクスプラッシュフルパワー!」
空中で超高速回転し、辺り一帯に消毒液を撒き散らす。戦いの余波によって、飛び散ったであろう『アポロンウイルス』を除菌するために。人や建物などその場にあるものをあらかた除菌し終え、地面に降り立った。
「お次はワクチンだ」
ステイホーマーはディスタンスの杖の先端を持ち、蛇の口の部分を人々に向ける。蛇の口からは液体が流れ出ていた。
「じっとしてろよ。――ワクチン乱れ突き」
一瞬のことだった。人々が反応する間もなく、高速の突きが放たれる。蛇の口の牙が人々の首筋に刺さり、液体が体の中に入っていった。
「ワクチンは打った。怪人化の心配はねぇ。安心して家に帰りな」
怪人化は強烈な怒りをトリガーに発動する。逆に言えば『アポロンウイルス』に感染していても強烈な怒りを抱かなければ怪人に変身することはない。が、これはあくまで飛沫感染した場合のこと。
接触感染の場合はすぐに怪人化が発生する。矢で傷つけられた場合も同様だ。だが接触や矢による感染でも怪人化は防ぐことができる。そうワクチンを使えば。このワクチンもまたアスクレピオスの力で生み出されたものだ。
「ありがとうございます」
助けられた人々はぺこりと頭を下げる。ステイホーマーは頭をぽりぽりとかき、照れ臭そうに顔を背けた。
「俺はやるべきことをやっただけだ。礼を言われるほどのことはしてねえよ」
そう言ってステイホーマーは変身を解除し、ひらひらと手を振りながらその場を去る。その後ろ姿を見た人々は疫病を鎮めたというアスクレピオスの話を思い出した。
「アスクレピオスの再来だ」
と誰ともなく呟いた。
「ちっ」
コンビニに立ち寄った青年は舌打ちをこぼす。その手には新聞が握られている。一面にはでかでかと『安保路太陽は歴史上最悪の考古学者か?』との見出しが。
「汚名は晴らしてやるからな……オヤジ」
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