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だって、俺はこれからまだまだ
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浮き立つ気持ちを抑えられず声を弾ませそう言うと、カーティスがくすりと笑った。
特段おもしろいことを言った言ったつもりのないダリルは首を傾げた。
「俺、何か変なこと言いました?」
「いや、別に。ただ、ダリル君が自分のことを『俺』と言うようになったのが嬉しくて」
「え?」
きょとんとなるダリルにカーティスは目を細めて、その後頭部を包み込むようにして撫でた。
「君にとっては深い意味はないのかもしれないが、素の自分を見せてくれてるようで嬉しいんだ。もちろん、出会った時、君は使用人だったから、私に対して自分のことを『私』と言うのも敬語のままなのも仕方ないとは思っていた。だから無理に変えさせるつもりはなかったし、特に気にもしていなかった。……でも、やっぱり気を許してもらえたようで嬉しいんだ」
淡くはにかんで本当に嬉しそうに言うので、ダリルは慌てた。
「別にカーティス様に気を許してなかったというわけじゃないですよ! ただ、タイミングを逸していたというか……」
しかし、自称が変わったのは単にタイミングだけの問題ではなかった。
――でも、私、いや、俺、決めたんです。何があっても絶対に傍にいるって。聖女様にも、呪いにも、絶対に負けません。
レイラに決意の言葉を放ったあの時、何か自分を縛るものから解放された気持ちになったのをよく覚えている。
これまでのダリルは与えられた役目を演じてきたところがあった。
ある時は悪役令息として、ある時はカイルの母親として、そしてある時はカーティスの契約上の伴侶として……――。
しかし、もうこれからは違う。役目も役割もない、自分自身として、生きていくのだ。
その決意の表れが自称の変化として無意識に現れたのだろう。
そんなダリルさえ自覚していなかった変化に、カーティスが気づいてくれたことが嬉しかった。
「……ふふっ、まぁ、心境の変化というやつです」
詳しくは話さずはにかんで答えるダリルに、カーティスも無粋な追及はせず微笑を深めた。
「それじゃあ、私も君にならって一歩前に進もうかな」
そう言うと、カーティスはスッとダリルの耳元に唇を寄せた。そして、
「愛してるよ、――ダリル」
「……っ!」
鼓膜がとろけるような低く甘い声で、呼び捨てで囁かれ、全身に熱が駆け巡った。
嬉しさと恥ずかしさで頭の中は沸騰寸前で、半ば混乱状態だった。
「ふ、不意打ちすぎますっ!」
顔を真赤にし、潤んだ瞳で睨むようにして言うダリルに、カーティスは愛おしげに目を細めた。
「それはすまない。でもずっと、こう呼びたかったんだ。だから、これからは呼ばせてくれ。ダリル」
そう言って、カーティスが唇を重ねる。
ただ呼び捨てになっただけなのに、どうしてこうも痛いほどに心臓が脈打つのか。自分ばかりがドキドキして悔しいくらいだ。
いつか自分も「カーティス」と呼んで驚かせてやろう。そんな甘い企みを胸に秘めつつも、「ダリル」と嬉しそうに耳元で呼ばれるたびに頬を熱くして動揺してしまう自分には、まだ到底無理そうだ。
(……まぁ、急がなくてもいいか。だって、俺はこれからまだまだずっとこの人と一緒にいるんだから――)
甘やかな心地で、幸せを噛みしめるように胸の中で呟くと、ダリルはカーティスの首に手を回し、口づけを一層甘く深めた。
―了―
特段おもしろいことを言った言ったつもりのないダリルは首を傾げた。
「俺、何か変なこと言いました?」
「いや、別に。ただ、ダリル君が自分のことを『俺』と言うようになったのが嬉しくて」
「え?」
きょとんとなるダリルにカーティスは目を細めて、その後頭部を包み込むようにして撫でた。
「君にとっては深い意味はないのかもしれないが、素の自分を見せてくれてるようで嬉しいんだ。もちろん、出会った時、君は使用人だったから、私に対して自分のことを『私』と言うのも敬語のままなのも仕方ないとは思っていた。だから無理に変えさせるつもりはなかったし、特に気にもしていなかった。……でも、やっぱり気を許してもらえたようで嬉しいんだ」
淡くはにかんで本当に嬉しそうに言うので、ダリルは慌てた。
「別にカーティス様に気を許してなかったというわけじゃないですよ! ただ、タイミングを逸していたというか……」
しかし、自称が変わったのは単にタイミングだけの問題ではなかった。
――でも、私、いや、俺、決めたんです。何があっても絶対に傍にいるって。聖女様にも、呪いにも、絶対に負けません。
レイラに決意の言葉を放ったあの時、何か自分を縛るものから解放された気持ちになったのをよく覚えている。
これまでのダリルは与えられた役目を演じてきたところがあった。
ある時は悪役令息として、ある時はカイルの母親として、そしてある時はカーティスの契約上の伴侶として……――。
しかし、もうこれからは違う。役目も役割もない、自分自身として、生きていくのだ。
その決意の表れが自称の変化として無意識に現れたのだろう。
そんなダリルさえ自覚していなかった変化に、カーティスが気づいてくれたことが嬉しかった。
「……ふふっ、まぁ、心境の変化というやつです」
詳しくは話さずはにかんで答えるダリルに、カーティスも無粋な追及はせず微笑を深めた。
「それじゃあ、私も君にならって一歩前に進もうかな」
そう言うと、カーティスはスッとダリルの耳元に唇を寄せた。そして、
「愛してるよ、――ダリル」
「……っ!」
鼓膜がとろけるような低く甘い声で、呼び捨てで囁かれ、全身に熱が駆け巡った。
嬉しさと恥ずかしさで頭の中は沸騰寸前で、半ば混乱状態だった。
「ふ、不意打ちすぎますっ!」
顔を真赤にし、潤んだ瞳で睨むようにして言うダリルに、カーティスは愛おしげに目を細めた。
「それはすまない。でもずっと、こう呼びたかったんだ。だから、これからは呼ばせてくれ。ダリル」
そう言って、カーティスが唇を重ねる。
ただ呼び捨てになっただけなのに、どうしてこうも痛いほどに心臓が脈打つのか。自分ばかりがドキドキして悔しいくらいだ。
いつか自分も「カーティス」と呼んで驚かせてやろう。そんな甘い企みを胸に秘めつつも、「ダリル」と嬉しそうに耳元で呼ばれるたびに頬を熱くして動揺してしまう自分には、まだ到底無理そうだ。
(……まぁ、急がなくてもいいか。だって、俺はこれからまだまだずっとこの人と一緒にいるんだから――)
甘やかな心地で、幸せを噛みしめるように胸の中で呟くと、ダリルはカーティスの首に手を回し、口づけを一層甘く深めた。
―了―
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いえいえ、全然大丈夫ですよ😊
ご丁寧にありがとうございました。
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表紙のイラストのカーティス様、だいぶイメージが変わられたような…。前の髪長めの麗しいカーティス様好きでした。今は短髪で寡黙な騎士様っぽいです。個人的な感想ですが、どちらもかっこいいのに変わりはないですね。
もし載せられるなら番外編として下の方にでも過去のキャライラストを載せていただけると喜びます。
ついでに番外編もあるとすごく喜びます(*'▽'*)
みるく様
お祝いのお言葉ありがとうございます!✨
前のカーティスも気に入っていただいていたようで嬉しい限りです😊
どちらもかっこよくて素敵ですよね♡
書籍にカーティス視点の番外編も書き下ろしで収録していますのでお楽しみいただけたら幸いです!
今後ともどうぞよろしくお願いします!